第3話 ヒエラルキー
洞窟を抜けると青の風景が広がっている。
『元の世界に戻れ・・・たのか・・・。』
心はそうつぶやくと気を失った・・・。
心が目覚めたときベッドの上だった。
『やっと目が覚めたのね。ずいぶん眠っていたのよ。私はエミリア。あなたの名前は?』
髪は金色、目は青く、エミリアという美しい女性は微笑みながら心に話しかけた。
『俺は御剣心。突然空の光と地の闇がぶつかり俺は闇に飲まれて、目覚めたら化け物に遭遇した。
ここは人間の住む世界か?』
心は起き上がろうとしたが、痛みに顔をゆがめた。
『まだ動いちゃだめよ。当分寝てなくちゃ。ミツル・・ギ・・シン。これからシンね。残念ながら人間界と違うわ。ここはさっきと同じ世界よ。』
ごめんねと言わんばかりの表情でエミリアは話を続ける。
『この世界は人間界でいうと、魔界とか地獄とか言われる世界よ。
私も中世と言われる時代に生きていた人間よ。
死んで気が付いたらこの場所で目覚めて、それ以来一人でずっとここにいるわ。
この場所は私とシン以外誰も知らないわ。
青い空、青い海、白い砂、暖かな気候がずっと続いているから、私はパラダイスと名付けているわ。
近くに夢のような街と言われるヒトが作ったドリームという街もあるわ。』
『そうか・・・。やっぱり俺は地獄に落ちて死んだのか・・・。』
シンは落胆した表情だ。
『地獄というか魔界に来たのは事実だけど、あなたは人間のままよ。
看病してて私もびっくりしたわ。だからオークが『ヒトか?』と疑問を持ったのね。
魔界では死んだ人間が落ちて魂だけの存在になり肉体はないわ。
人間のときにように生活をしているけど、子供が産まれたり病気で死んだりすることもないわ。
この世界ではヒトと呼ばれていてヒエラルキーでいうと一番下の存在で食べられたりする存在。
この世界で殺されるとその魂は消滅してしまうの・・・。
生きたままこの世界に来たのはシンが初めてだと思うわ。』
エミリアはシンが知りたいであろう情報を一通り説明した。
『ありがとうエミリア。正直、混乱しているよ。しかし、受け入れるしかないな・・・。』
腹をくくったかのような口調で天井を見上げながらシンは答えた。
『強いのね。今はゆっくり休んで・・・。』
どれくらい経っただろうか。シンの体もすっかり回復した。
『エミリア。鍛え直したいけど、どこかで鍛えることはできるかな。』
『シン。なぜオークに負けたのかを分析してからにした方がいいわ。』
エミリアは的確にシンに助言した。
『なるほど。確かにそうだな。』
シンはエミリアに感心しているとエミリアは続けた。
『戦いは武器と技術と経験によるメンタルが重要だわ。
まずシンの剣をよくみて。
ボロボロになっているでしょう。人間界の鉄はこの世界では腐ってしまうのよ。
だからオークの強靭な肉体には傷一つ付けられなかった。
オークが斧振り下ろしたときヒヤッとしたわ。柄で受け止められるはずないのだけれど・・・。
その柄の中に何か入っているかも。』
シンは自分の刀に目をやるとボロボロに朽ちていた。
柄を壊してみると中から青く鈍い光の石が出てきた。
『これね。これで受け止めることができたのね。それは大事に持っておいた方がいいわね。
ちょうど穴が空いているから今度ネックレスにしてあげるわ。
これから戦うためには新しい武器が必要ね。
ドリームにも売っているけど、ここを出るとき私が用意してあげるわ。
次に技術。シンは技術も潜在能力も申し分ないわ。でも、虚を突いて攻撃する技術ではなく確実に相
手を殺す技術を鍛える必要があるわね。
シンが特に鍛える必要があるのは経験によるメンタルね。
シンは実戦で戦って相手を殺したことないでしょう。あなたは戦う相手を一人のみを対象として殺す
ことに躊躇している。
この世界ではオークのように殺すことに何の躊躇もないわ。
戦闘の時はあたり前だと思っているから。
あなたも剣先を向けられたら相手を必ず殺すくらいの覚悟が必要よ。』
エミリアのアドバイスから、彼女が人間界では実戦の中で生き抜いてきたことがわかる。
『エミリア。君は人間界の時どんな生き方を・・・。いや、ごめん。余計なことだったな。』
『いいのよ。私は戦乱の続く世界で、将軍に使える指揮官だった。私は弓と剣術の名手だったわ。
たくさん戦いたくさんの人の命を奪ったわ。そして・・・。』
悲しそうに話すエミリアの言葉をシンはさえぎった。
『ありがとうエミリア。聞いただけでも確実に強くなれる気がするよ。』
笑顔でエミリアに答えた。
『ありがとう。シン。着いてきて。』
砂浜に1軒だけある白い家から眼前に広がる海の浪打際まできた。
エミリアが浪打際で両手を広げたとき、手のひらに海水が集まり両手に2本の水の剣ができた。
1本をシンに渡すと剣先をこちらに向ける。
『さあ、殺し合いをするわよ。』
シンはひるんだ。
『何を言っているんだエミリア。本気で言っているのか。できる訳ないだろ。』
エミリアは軍人のような引き締まった表情で答えた。
『だからあなたは甘いって言っているのよ。さっき言ったばかりでしょ。
剣先向けられたら殺す気持ちで戦えと。
成すべきことも成せず、守るものも守れないまま、またオークの時のように泣くの?
人間界のように慰められて再出発なんてこの世界ではもうできないわよ。
ここではヒトはヒエラルキーの底辺ってこと忘れないで。
それと・・・、私強いわよ。』
『じゃあ、行くわよシン!!』
エミリアの気合一閃、切り込んできた。
俺に精神集中して構える時間を与えない。
それどころか流れるような連続攻撃を剣で受け続けるのが精一杯で、立て直す時間さえも与えてくれない。
『どうしたのシン。
あなたの戦い方で進められるとは限らないわよ。
常に周りを把握しながら戦闘に自分を合わせていきなさい。』
何も考えられない俺は立て直すため苦し紛れに後ろに飛んだ。
俺のバックステップを読んでいたかのように、エミリアも前へ一気に間合いを詰め、鋭い突きを仕掛
けてくる。
ギリギリで顔を右に傾け突きをかわした瞬間、エミリアの蹴り上げた砂が顔を覆い目が見えなくなった。
バシュッッーー。
その瞬間、左の首に冷たい感触が走った。
死んだか・・・・・。
エミリアの水の剣が水に戻り飛び散った。
『シン、びっくりした。
この水の剣、剣同士ははじくのだけど、あなたと私にあたった時は水に戻るようにしていたのよ。
でも、実戦なら死んでたわよ。もっと実戦力を養わないとね。』
ぼうぜんとするシンにエミリアは微笑んだ。
『こんなに簡単に負けるなんて。』
つられ笑いで答えながらも、シンはショックを隠しきれない。
『対峙してあなたが強いのは伝わるわ。でも怖さが全くないのよ。
それに私を女だからと甘く見ていたでしょう。それも伝わったわ。だからいきなり切り込んだのよ。
本当に怖い相手なら簡単に切り込めないわ。不用意な切り込みは返り討ちに合うから。
反対に私は、水の剣の精製中から戦い終わるまであなたを殺す方法を考えていたわ。
その時から戦いは始まっていたのよ。
余裕や情を見せるのは天と地ほどの実力差がある時だけにしなさい。これが経験による差よ。』
『エミリア。もう一本作ってくれ。とことん付き合ってもらうぜ。』
『いいわ。かかってきなさい。』
シンはエミリアと戦いながら剣士としての能力を引き出されていくのだった。