第2話 洗礼
・・・・・。
・・・ピチャーン。・・・ピチャーン。
頬に水滴が落ちてくるのを感じる。
その感覚で意識を取り戻してきた心は、縁側でうたた寝をして悪夢から目覚めたのかと、ゆっくりと目を開いた。
『おっ、コイツ目を覚ましやがったぜ。』
目の前には人間離れした筋肉隆々の豚がよだれを垂らして覗き込んでいる。
雨かと思ったその雫は豚の化け物のよだれだった。
『うぉーーー。』
心は慌てて立ち上がり大きく後ずさりした。
顔は豚、体は上半身裸で人間離れした筋肉、腹はでっぷりとして腰布をまとい、大きな斧を片手で軽々担いでいる化け物2体が、こちらを興味ありげに見ている。
周りを見渡すと太陽も見えないのに夕暮れのような薄暗い風景が広がっている。
『なんだお前は。俺たちはオーク最強のゴズメズブラザーズだ!お前はヒトか?なんか違うな??まあいいや。男は殺して女はおもちゃだ。お前は男だから殺してやろう。』
ゴズメズブラザーズはブホブホ高笑いしながら斧を前に突き出す。
心は頭をフル回転しても理解できないこの状況に戸惑いながらも、自分が生死のハザマに置かれていることをすばやく理解した。
先ほど手入れした刀を右手でギュッと握る。
『御剣家に伝わるこの星天之御剣で戦うしかない!!』
俺は自分に言い聞かせるように大声で叫びながら構える。
『ほぉ~、やろうってのか。貧弱なヒトの分際で。メズ。俺にやらせてくれ。』
『どうせ弱っちいからいいや。早く済ませてくれよ兄貴。』
ゴズメズは完全に俺をなめている。
恐ろしい姿を前に恐怖を感じていたが、弱者と馬鹿にされると正直ムカつく。
高校生で剣豪と言われた剣士としてのプライドに火がついた。
『あまり俺をなめるなよ。』
俺が習得している御剣流は初太刀に全身全霊を傾ける。
斜に構え右手で鞘を握り、左手で刀の柄を握って息を整え精神を集中させる。
・・・・・・。
ピンと張りつめた空気の中、俺は一機に間合いを詰めゴズの左わき腹から右肩にかけて切りつけた。
『なにぃ、早い。うぎゃ~~。』
殺ったのか。俺の手にはその感覚がある。
『あーあ、かゆーい。』
ゴズは馬鹿にしながら胸をボリボリと掻きながら、即座に俺を殴りつけた。
『ごほっ。』
俺は右腕でガードをしながらも吹き飛ばされた。
激痛がはしる。右腕とアバラが折れたようだ。
それと同時に星天之御剣の刀身が折れて地面に転がる。
力も入らず、口から血が流れる。
一撃で身も心もズタズタになった俺は、こんな訳の分からないところでこんな化け物に殺されるのかと弱気に支配される。
その時、後ろの方から小さく声が聞こえてきた。
『次の攻撃を受けたとき、吹き飛ばされるように後ろに飛んで、ここまできて。』
俺は聞こえてきた声に背を向けてゴズと対峙し直した。
ゴズは斧で手をポンポンと叩きながらゆっくり近寄りながら言う。
『ブヒィヒィー。やっぱりよえーな、お前。この斧で真っ二つにして終わりだな。』
ゴズは斧を振りかぶって、首をめがけて振り下ろした。
ギンッ!
バックステップで衝撃を和らげながら星天之御剣の柄で受け止め、声の聞こえた後ろの藪の中に吹き飛んだ。
『気絶している時間はないわ。こっち。急いで!!』
すぐそばにある小さな洞窟の中に飛び込むように逃げ込んだ。
すると、上から声が聞こえる。
『兄貴。藪から下の方は崖だぜ。死んだな。』
メズの声が聞こえる。
オズが星天之御剣の折れた刀身を拾い上げてベロリと舐めながらしゃべる。
『俺をなめるなぁーってこんな感じかな。ベロ~ンってな。』
ブホブホと心を馬鹿にしながら大笑いしている。
心の強く握りしめた手から血が滴りおちる。
謎の声の主が口に手をやり、静かに着いてこいと洞窟の奥の方を指刺す。
心はダラリとした右腕とアバラの折れたわき腹を左手で押さえながら体を引きずるようについていった。