お点前 〜タキリ視点〜
(タキリ視点)
皆が席に着き落ち着いたところで、静かに茶道口が開けられ、一人の女性が高杯に載せたお菓子を運んでくる。
綺麗な所作だ。
服装や年齢から考えて、アメリアちゃんのお母様ということはないだろう。
公爵邸に滞在してから顔を合わせるのは初めてだけど、多分ここの侍女頭といったところか……。
その隙のない動きは、侍女のヤタカを思わせる。
そういえば、ここの警備はうちの密偵が入り込めない程厳しいと言っていた。
この屋敷の使用人の雰囲気は、うちに似ているなぁって思ってたけど、この人が教育しているなら納得だ。
もしかして、この人が情報源かなぁ……。
私とは別に、ルドラさんとアディさんにもお菓子が出され、女性は下がっていく。
お菓子は、美味しかった!
よく国外で出される、これでもかって砂糖を練り込んだ倭菓子もどきではない。
程好い甘さの上品な味だ。
ここには間違いなく、倭国の倭菓子の味を知っている者がいる。
倭国の職人が作った物とは違う気がするけど、目指している味の感じが倭菓子のそれだ。
これは、倭国の生菓子を食べ慣れた者にしか分からない。
つまり、この屋敷には倭国出身の者がいるということだろう。
それも、倭国でも高価な生菓子を、当たり前に食べていたことのある、上流階級の人間がだ。
可能性としては、先程の女性か……。
年齢的に考えても、倭国に行ったことがあるとは思えないアメリアちゃんの可能性はないと思う。
そこまで考えたところで再び茶道口が開き、アメリアちゃんが一礼して入ってくる。
そこで一礼はしないのよと、一瞬考えるも、アメリアちゃんが手に持つのは貴人台で……。
嘘でしょう!?
貴人点のお点前なんて、倭国の高官でもできる者は少ないのに。
平点前と、他幾つかのお点前については指南書も出回っており、他国にも広く伝わっている。
でも、それ以外のお点前については、倭国皇家に仕える茶頭役からしか習えないはずだ。
それなのに、なぜ?
先程の女性が倭国の茶頭役だった?
いや、それはない。
茶頭役は代々男のみのはずだ。
なら、一体アメリアちゃんはどこで習った??
私は、アメリアちゃんのお点前をじっと観察する。
………………微妙に、私が習ったものと違う?
その所作は洗練されていて、お点前に慣れているってほどでもないんだけど、細かな所作が計算され尽くされている感じだ。
お点前自体の完成度が高い?
ここをこう気をつければ、もっと所作が綺麗に見えますよっていう教えを、しっかりと守っている感じ……。
アメリアちゃんのお点前自体は、子供としてはかなり上手だけど、うちの茶頭役などと比べちゃうと、はっきり言って見劣りする。
でも、アメリアちゃんがやっている元のお点前の所作は、私が習ったものよりも、うちの茶頭役がするお点前よりも、更に洗練されている気がする……。
これは、倭国の茶道ではない!?
イィの御技を源流としない、もう一つの似て非なる茶道。
それは、つまり……更なる源流から分かれるもう一つの流れ!?
その考えに辿り着いた瞬間、丁度練り上がったお茶が、半東として控えていたあの侍女によって運ばれてくる。
私は、頭をよぎった考えを一旦横に退け、目の前のお茶に集中することにした。
決められた所作で貴人台から茶碗を取り、茶碗に口をつける。
よく練られた濃茶が喉元を過ぎ、胃を満たしていく。
(落ち着く〜)
ちょっとだけ、冷静になれた。
まだ結論を出すのは早い。
私は飲み終えた茶碗を拝見する。
これは、ラクニュウかな。
ラクニュウ家は倭国皇家お抱えの陶芸の家で、イィ様の陶芸の弟子が始祖になる。
この印は先代の物か。
本家当主の作品はほとんど売られることがないため、特に国外での所蔵は限られるはずだけど……。
そういえば、この国に以前親善使節団を送った時に用意した贈り物の中に、先代の茶碗もあったような……。
ということは、これは魔法王国の王家から下賜されたってことか……。
王様なのか王妃様なのかは分からないけど、少なくとも、王家秘蔵の茶碗を貰えるくらいの繋がりはあると……。
で、その茶碗を倭国の皇族と分かっている私に使うってことは、まぁ、そういうことか。
公にはできないけど、私が非公式に滞在する分には問題なさそうだね。
そうこうしているうちに、次茶碗を持ち出してきたアメリアちゃんが、ルドラさんとアディさんの分のお茶を出してくれた。
貴人点でもすごいのに、まさか、貴人清次とはねぇ……。
私は、ルドラさん達がお茶を頂いている間に、先程のお菓子について確認をする。
「あのような倭菓子を倭国以外で頂いたのは初めてで、正直驚きました。
どなたか倭国の菓子職人がいらっしゃるのですか?」
「いえ、あれは私と、そこに控える侍女長のサマンサで色々考えて、うちの料理人に作らせたものです。
倭国の方に褒めていただけて、とてもうれしいです」
笑顔のアメリアちゃんには悪いけど、私はあまり笑えない。
この屋敷に倭国の菓子職人はいないと言う。
それは、この本来倭国でしか味わえないはずの味を、アメリアちゃんかサマンサさんのどちらか、もしくは、両方が知っているということ。
「あの、もしかして、サマンサさんは倭国のご出身の方ですか?」
私は、アメリアちゃんに尋ねてみる。
「すみません。サマンサは父の側近ということしか知らなくて……。
サマンサ、聞いてもいいかしら?」
アメリアちゃんの問に、サマンサさんが答えてくれた。
「はい、構いません。
タキリ様の滞在が長引けば、いずれヤタカには気づかれるでしょうし……」
そう言うと、サマンサさんは私に向かって驚きの答えを返してくる。
「私は倭国を捨て、今現在アメリア様にお仕えしておりますが、元はメイの一族の者でございます。
国にいた頃は、キンウと呼ばれておりました」
メイの一族……。
それは、倭国皇家の懐刀と呼ばれる武門の一族。
今回連れて来た船員達の半数以上がメイの一族の者だし、私の侍女でもあり、彼らのリーダーでもあるヤタカは、イィの武術を伝えるメイ本家の当主候補でもある。
そして、キンウという名も、当主一族に与えられる名だったはずだ。
確か、現当主を決める時に、姉弟での当主争いを避けるために、姉の方が家名を捨てて国を出たと聞いたような……。
跡目争いで、キンウを次期当主にと画策する者から弟を守るために、自ら当主の座を辞退して国を出たそうだけど……。
実力では現当主ギョクトを上回る天才だったと聞いている。
これは、全ての情報源はキンウ……サマンサさんで決定かな。
どこまで倭国の情報が流出しているのかは気になるけど、まずは無難な落としどころというべきだろう。
「一応申しておきますが、私がアメリア様にお教えしたのは、戦闘術の基本だけでございます。
それも、メイ家の秘匿技術ではなく、広く倭国や上級冒険者の間では知られている一般的なものばかりです。
今回の倭菓子についても、精々が味見役程度の協力です。
実際、今までにアメリア様に私が倭国と関係のある者だと話したことはございませんし、たとえ国を捨てた身とはいえ、以前お仕えした主の情報を伝えるような不義理な真似は、イィ様の名に誓って決していたしません」
早速、サマンサさんが私の中でまとまった結論をひっくり返してくれる。
さて、困った……。
それが本当なら、いよいよ私の予想が無視できないものになってしまう。
「では、あの倭菓子はアメリア様が?
失礼ですけど、アメリア様はどこで倭国の菓子の味を知ったのですか?」
その質問に、アメリアちゃんが一瞬しまった、という表情を浮かべた。
「えぇと、夢の中で食べたお菓子が、こんな味ではなかったかなぁと……」
?!!!!
夢の中!?
それって、イィ様と同じ!?
そういえば、昨日ヤタカが集めてきたアメリアちゃんについての噂の中に、“女神の愛弟子”というのがあったような……。
夢の中で女神から教わった知識で、セーバの街を急速に発展させたとか……。
その女神様って、神殿が伝える神々のことではなくて、ヒノモトに住む神仙のこと!?
いや、慌てるな、私!
まだ、確定ではない。
仮にもキンウが付いているんだ。
直接伝えないにしても、倭国の情報を間接的に集めさせることは十分に可能だ。
アメリアちゃんが知っているのが不自然なだけで、全く集められない情報というわけではない!
何かないか?
何か……?