殿下のプロポーズ(回想)〜アリッサ視点〜
(アリッサ視点)
「アリッサ、私の妻になってもらえないだろうか?」
「……………………はぁ?」
いつも通り?の我が家での夕食の後、ディビッド王太子殿下から出た台詞に、我が家の居間は凍りついた。
今、何て言った?
妻?
何それ? おいしいの?
いやいや、そうではなくて、それって私と結婚したいってこと?
この人、こんなところに居るけど、一応王太子よね? 次期国王よね?
それって、私にこの国の王妃になれって言ってる?
「本気?」
「もちろん本気だ。
真剣に我が伴侶にと望んでいる。
誤解のないように言っておくが、側妃や愛人などではない。
正妃として我が王宮に迎えたいと望んでいる」
真剣な様子でこちらを見つめる深い紫水晶の瞳を見返し、私ははっきりとした口調で答える。
「お断りします」
「……えっ?」
誤解の余地のない簡潔な返事に、殿下の表情がみるみる変わっていく。
この様子から判断するに、恐らく断られるなどとは思っていなかったのだろう。
そりゃあ、王子様の周りの貴族のご令嬢方は、この台詞を王子の口から出させようとあの手この手でがんばっているからね。
世の女性はみな王子様からの求婚を夢見ているとでも考えていたのだろう。
訳がわからないといった顔をしている。
「誤解のないようにもう一度言います。
ディビッド王太子殿下と結婚して正妃になるなんて、絶対に嫌です!」
いくらなんでもそんな言い方をしたら不敬罪になるって?
今更でしょ。
この2年近く、頻繁に我が家を訪れる殿下の相手をしてきたのだ。
出会ったばかりの頃の、ただ王太子というだけでビビりまくっていた頃とは違うのだ。
ふっ、あの頃とは違うのだよ!
そして、未だに状況が呑み込めていない様子の殿下に説明する。
「だって、私平民ですよ。
王宮なんかに行ったら、絶対に苛められるじゃないですか。
学院内だけでも平民の癖に王太子殿下をたらし込んでいるって陰口叩かれているんですよ。
これが王宮で、国中の貴族からって、考えるだけでぞっとします」
「なっ! 誰がそんなことを」
「誰でもいいです。
というか、実際に口に出すか出さないかの違いだけで、大半の貴族はおもしろくないと思いますよ。
殿下は私と結婚すれば、今まで通りにお父さんにも頻繁に会えるとか考えているのかもしれませんけど、絶対にそうは問屋が卸しません。
間違いなく、血の雨が降ります。
私も命は惜しいですから、この話はなかったことにして下さい。
私は、何があっても王妃になるつもりはありませんから!」
そこまで言うと、殿下も流石に理解できたのか、それ以上食い下がることもなく、捨てられた子犬のように項垂れながら王宮へと帰っていった。
少しかわいそうな気もするが、これは仕方がない。
私たちももうすぐ学院を卒業するし、そうなればもうお互いに住む世界が違うのだ。
殿下にも早く現実を知ってもらって、さっさと大人になってもらうしかあるまい。
うん、私は悪くない。
良識的な、大人な対応だったはずだ……。
それからしばらくの間、ディビッド王太子殿下の姿を学院で見かけなくなった。
もちろん家にも来ないし、聞いた話ではずっと学院を休まれているらしい。
ショックでぐれた?
寝込んだ?
そんなことを考えていると、ある日、思い出したように殿下が我が家を再び訪れた。
もう来ないと思ってたんだけど、気持ちの整理がついたのかな。
せっかく訪ねてきた殿下を追い返す訳にもいかず、若干気まずいながらも家に招き入れた私は、再度ディビッド王太子殿下の言葉に唖然とさせられることになる。
「私を婿にしてくれないだろうか?」
「…………………………はぁ?」
聞けばディビッド王太子殿下、いやディビッド殿下は正式に王位継承権を放棄。
王太子の位を弟に譲り、自分は学院卒業後、新たに領地を得て公爵として弟である新国王を支えることとなったという。
「これは決定事項であり、父上も周りの者も了承済みだ」
「それってどういう?」
殿下が言うには、名目上領地を得て管理することになるが、新たな領地は元々王家の直轄地で特に利用も管理もされておらず、ただ放置されているだけの土地なので特にすることもない。
私たちは新たに与えられる王都公爵邸に移り住むことになるが、そこは王宮からも離れていて知らない貴族が訪れてきたりするようなことは一切ない。
自分は毎日王宮に通って新国王の補佐をすることになるが、アリッサや先生には何の義務も制約もないから、毎日屋敷でお茶を飲みながら読書を楽しんだり、自由に魔法の研究をしてくれればいい。
正に3食昼寝つき、至れり尽くせりのお気楽生活ということらしい。
既に根回しは済んでいるっぽい……。
「本気?」
「私なりに、どうすればアリッサが私との結婚に納得してくれるのか真剣に考えてみた。
アリッサの言い分も理解できたしな。
その上でお互いがもっとも納得できるかたちを考えてみたのだが……」
「……何て言うか……。こんな無茶、よく国王陛下が納得して下さったわね」
「ダメならアリッサと一緒に国を出ると言ったら、しぶしぶ了承してくれたよ」
「勝手に国を出るとか決めないでほしいんだけど」
「別に私も、本気でアリッサを連れて国を出ようと考えている訳ではない。
無茶な要求を通したければ、より無茶な要求を突きつけて、これに比べればずっとマシだと思わせてやればいい。
ただの駆け引きだよ」
「………………」
呆れてものが言えない。
「で、それでも私が断ったらどうするつもり?」
「……アリッサを連れてこの国を出る」
やっぱりね。
そう言うと思いました。
ちなみに、これは恐らく本気だ。
駆け引きでも何でもなく、本気で今の地位を捨てて、ただの平民になって他国で私とお父さんと楽しく暮らそうとか考えているに違いない。
私にはわかる!
この人は、非常識なことを真面目に考えて実行してしまう人だ。
これは、この辺りで妥協しておいた方が無難かなぁ……。