セーバの街の冒険者 〜アディ視点〜
(アディ視点)
この街と王都への街道についての情報が知りたい?
あぁ、お姉さん、港に泊まっている変わった船で来た連邦の冒険者かい?
なら、戸惑うのも無理ないか……。
いや、実際、俺も毎回この街に来る度に戸惑っている口なんで、大きなことは言えないんだが……。
風呂? この国ではあれが普通なのかって?
いや、いや、いや。あんなの、この街だけだよ。
そもそも、井戸から直接部屋まで水を引いてこれる道具なんて、この街……いや、セーバ領以外にはないから!
普通は浴槽に水魔法で水を溜めて、それを火魔法で温める。
もしくは、何度も井戸と竈と浴槽のある部屋を往復するかだ。
魔力で支払うか使用人の給料で支払うかの違いはあるが、どちらにしても宿で風呂を用意してもらおうとすれば、銀貨2,3枚は取られるだろうな。
平民の一日の稼ぎが、軽く飛んじまうよ。
あぁ、連邦も同じか……。
そう、はっきり言って、この街が異常なだけだ。
もし、この国で冒険者の仕事を考えているなら、この街がこの国の普通だとは思わないことだな。
この街と王都までの街道について、もっと情報が欲しいって?
そうだなぁ、お姉さん美人だし、ビール一杯で手を打つよ。
俺が初めてこの街に来た時、ここはただの辺境の田舎町だった。
ウィスキーの買い付けに行くという商人の護衛の仕事で来たのが最初だったよ。
王都からの道中も、途中町らしい町もなくて、依頼主を魔獣から護衛しつつ野営を繰り返しながら、何とか辿り着いたんだ。
町の真ん中には最近できたばかりだという宿屋が2軒あって、そこで初めて飲んだビールだけが強烈に印象に残ったな。
次に来た時には、護衛の仕事はだいぶ楽になってたよ。
セーバに食糧を運ぶ輸送隊の護衛仕事だったんだが、道中の野営地はきれいに整備されていて、野営地の周りには魔獣避けの柵まで作られていた。
勿論強い魔獣の襲撃まで阻めるような物ではなかったから、警備の必要はあったんだが、弱い魔獣の野営地への侵入を防いでくれるだけで、こちらとしてはかなり助かったよ。
で、街に着いてみて驚いた。
前回はただの空き地だったところが、建物で埋め尽くされてる。
宿屋も増えているし、数は多くないが、食べ物屋や武器屋、道具屋なんかもできていた。
たくさんの人間が通りを行き交い、街が活気に溢れている。
前回来た時にも確かに人は多かったが、それは田舎の寒村にたくさんの商人が押し掛けて混み合っていたって感じだった。
そうではなくて、明らかに街そのものに力があるのが分かったよ。
おまけに、ほんの暇つぶしで入った武器屋の品はどれも一級品で、王都でも滅多に見かけないような業物ばかり。
それが、普通の剣と大して変わらない値段で売ってるんだ。
あの時は、十分な手持ちがなくて、かなり悔しい思いをしたが……。
今のこの街を見ると、あの時に焦って買わなくて良かったと思うよ。
今のこの街なら、もっと俺の予算や好みにあった武器を色々と選べるからな。
ともあれ、それが半年ほど前の話だ。
で、今回も護衛仕事で来たわけだが……。
はっきり言って、快適過ぎる!
この街も前回以上にとんでもない事になってたが、今回はそもそもここまでの街道がおかしい!
なんだ、あの快適な野営地は!
あんなの、もう野営地とは言わん!
下手な街より余程快適だぞ!
……すまん、興奮し過ぎた。
俺も護衛仕事で色々な土地を旅したが、あんなに至れり尽くせりの街道など見たこともない。
さっきも言ったが、一日の徒歩での移動距離を考慮した間隔で作られた野営地には、魔物避けの柵が設置されていて、その辺の魔物は入って来れないようになっている。
そして、其々の野営地には、野営地の管理事務所を兼任した宿屋が建てられていた。
いくらか街の宿屋よりは割高だが、金のある商人や貴族ならそちらに泊まるだろう。
なら、俺達みたいな金のない冒険者や、馬車から離れられない商人や護衛はどうかだが……。
どこの野営地にも井戸が掘られていて、この街と同じように“水道”を自由に使うことができる。
宿屋の事務所では、野営用に薪や馬のための飼い葉、食料等も売られている。
野営用のテントや寝具、調理道具等もわずかな金額で借りることができる。
さらに、宿屋の1階の食堂兼酒場では冷えたビールまで飲むことができるし、風呂まで使えるんだ!
風呂だぞ!
ここ以外の街なら貴族の泊まる高級宿にしかない設備が、安宿の宿泊費程度で利用できるなんて、こんなのもう野営地とは言わんだろ!
はっきり言って、王都〜セーバ間の旅に限定するのなら、正直なんの準備も要らん。
着の身着のままで旅に出ても、問題なく辿り着くだろうな。
俺の知る限り、今の王都からセーバまでの街道は、この国で最も設備の整った通商路だろうよ。
私は宿の食堂で昼間からご機嫌にビールを飲む冒険者にお礼を言って席を立った。
今朝、公爵邸でルドラと分かれた私は、旦那とは別行動で冒険者視点でのこの街の情報を集めている。
昨夜泊まった公爵邸のお風呂には愕然としたけど、あれと同じ設備はこの街の宿の客室にもあるらしい。
て、いうか、野営地でお風呂に入れるって、いったい……?
ともあれ、ルドラが心配していた王都までの通商路については、全く問題ないってことね。
羅針盤とお酒以外にも売り物はたくさんありそうだし、やっぱりルドラが今回の話に乗ったのは正解だったか。
問題は、冒険者としての私の仕事があるかだけど……。
冒険者ギルドはない。
酒場で見かけた冒険者たちは、殆どが王都からの旅人の護衛で来ているか、ここで買い付けた物を王都で転売する行商目的で来ているようだった。
この街を活動拠点にしている冒険者って、全然見かけないのよねぇ……。
『ぐぅあぁ、イテ、イテテテテテッ! 頼む! 悪かった! 勘弁してくれ!』
『ここは、そういったお店ではありません。
そういうことは、他所でやってください!』
『だって、そういう店、この街にはないじゃん!』
『…………何か?』
『ス、スミマセンでした!』
『本当に、今度やったら自警団に突き出しますからね!』
私が酒場を出ようとしたところで、丁度店の奥で騒ぎが起こる。
冒険者の集まる酒場ではよくある風景だが……。
まだ少女と言ってもいいくらいに見える女の子に制圧される、いい歳をした冒険者の男。
周りの男たちは、その様子を苦笑しながら眺めている。
ちょっと聞いた話だと、こういった場面はよく見られるらしい。
他所から初めてこの街にやって来た冒険者が、街の酒場なんかで店の従業員にちょっかいをかけて、返り討ちにあう。
一応、あの不埒な冒険者の名誉?のために言っておくと、別にあの冒険者が弱いわけではない。
強いとも言わないけど、動きから判断するに、あれでも並程度の実力はある冒険者だ。
あれは、相手が悪い。
あの女の子は、恐らく自己流ではない正式な対人戦闘技術を仕込まれている。
力任せの経験則で、自己流に技術を磨いているただの冒険者では、相手にもならないだろう。
この街に何度か来ている冒険者によると、あの女の子に限らず、この街の住民の何割かはあのレベルの戦闘技術を持っているらしい。
この街の学校では、戦闘技術や攻撃魔法の授業もあるんだとか。
それ、軍の訓練校では?
でも、そういう訳ではないらしくて、本当に魔法や学問を教えてくれる普通の?学校らしい。
街の人たちは、皆そう言っていた。
この街の普通って、何なんだろう?
はっきりしているのは、この街の、特にこの街の学校に通っている住民のレベルが高過ぎて、並の冒険者では太刀打ちできないということだ。
魔獣も攻撃魔法で倒せて、暴漢も制圧できる……。
そんな住民に対して、並の冒険者が受けられる仕事など、殆どありはしないのだ。
この街を拠点にして、私にできる冒険者の仕事ってあるのかしら?