殿下のお宅訪問(回想)〜アリッサ視点〜
「今度、君のお宅にお邪魔してもよいだろうか?」
「…………はぁ?」
休み時間でざわめく一般科の教室に突然現れたディビッド王太子殿下に、教室のざわめきは静寂へと変わり、次の瞬間王太子殿下が発した言葉で一気に膨れ上がった。
一般科、貴族科と明確な線引きはあるものの、2つの科に全く交流がないわけではない。
一般科の平民はここで貴族との接し方を学び、貴族科の貴族は平民のものの考え方を知る。
このモーシェブニ魔法学院では、建前としてはお互いの交流は推奨されているし、学院内で貴族が身分を盾に平民の生徒に対して理不尽な態度をとることは校則で禁じられている。
一部の貴族の中にはこの機会に平民の実情を知ろうと積極的に平民に関わろうとする者もいるし、そういった中で平民と貴族の生徒の間で友情が芽生える場合もある。
また、カッコいい男の子、かわいい女の子に惹かれるのは貴族も平民も同じで、そういった一部の生徒は身分に関係なく広い交友関係を築いていたりもする。
アリッサはその容姿と大賢者の娘という生い立ちから、本人無自覚ながらそういった一部の生徒に分類されており、故に積極的に関わってくる貴族も少なくないのだが……。
それでも、その相手が王太子であれば、話は別である。
「いや、一度君の父君に魔法についてのお話を伺いたいと思ってだな」
ナンパという訳ではないと分かり、ひとまずは終息を見せる教室。
なまじアリッサが学院内でも有名な美少女なだけに、“もしかして”という可能性を考えてしまったが、そこは貴族の更に上に君臨する王族と、大賢者の娘とはいえ所詮平民である。
まあ、あり得ないだろう。
あり得ないに決まっている。
王太子の魔法オタク、失礼、魔法好きは有名なので、魔法大全の著者である大賢者と話がしてみたいというのは、ひどく納得のいく理由だった。
平民の家を王族が訪問するというのは非常識だが、ディビッド王太子殿下は普段から貴族平民分け隔てなく接していらっしゃるし、平民の教師に対しても常に礼節を重んじる方だから、王宮に一方的に呼び出して教えを乞うことに抵抗があるのかもしれない。
一時はパニックに近い混乱を巻き起こした王太子の発言も、そうした好意的な解釈(認知的不協和の解消ともいう)によって事なきを得た。
「光栄にございます、ディビッド王太子殿下」
恭しい態度で頭を下げるアリッサ。
そして、王太子殿下の来訪が決定された。
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(アリッサ視点)
それはもちろん、OKしたわよ。
だって、断れる訳ないじゃない。
どんなに非常識であろうと、王太子のお願いに拒否なんて無理でしょう。
まあ、幸いなことに王太子殿下に横柄なところは全く見られなくて、平民であるこちらの事情にも何かと気を回してくれていたしね。
初めは緊張していたお父さんも、最後の方ではお互いの魔法の解釈で意気投合していたし。
何はともあれ、ディビッド王太子殿下の来訪も無事に乗り切ることができた。
やれやれ、これでまた私の平和な学院生活が戻ってくる……。
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「……どうして、ディビッド王太子殿下が我が家に?」
「いや、昨日大賢者殿とお話させていただいた時にな、『いつでも遊びに来なさい』と言っていただいたので、お言葉に甘えさせてもらった」
「…………」
真に受けるな!
世の中には社交辞令ってものがあるでしょ。
王族なんだから、その辺察しようよ。
お父さんも迂闊に言質取られるようなこと言わない!
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「…………であるからして、この世界の者はみな魔法というものを神聖視し過ぎると思うのだよ」
「しかし、先生、帝国で起きた石板消失事件の…………云々」
「…………魔法というのは、もっと論理的なもので…………云々」
またやってる。
王太子って暇なのかなぁ。
そろそろ帰ってもらわないと、また迎えとか言って兵士が大勢で押し掛けて来ても困るんだけど……。
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「で、何でディビッド王太子殿下が我が家で夕食を召し上がっておられるのでしょう?」
「いや、今から帰っても父上達も食事を済ませてしまっているだろうし、先生の厚意に甘えさせていただいた」
「…………」
そして気がつけば、うちのお父さんとディビッド王太子殿下は、「殿下」、「先生」なんて呼び合う仲になっていて。
今日も私は突然訪れたディビッド王太子殿下のために、3人分の食事を殿下の専属侍女サマンサさん監視の元作らされるのだった。