貴族の社交3 〜サラ王女視点〜
(サラ王女視点)
「ユーグ侯爵、こちらは私の従姉妹のアメリア公爵です」
「ディビッド、アリッサの娘のアメリアと申します。
この度、陛下より公爵の爵位を賜り、領都セーバの統治を任されました。
若輩者ではございますが、今後ともよろしくお願いいたします」
「ああ、こちらこそよろしく」
今回も無視はされなかった。
お祖父様に対しては、お母様から何か事前の根回しがあったみたいだけど、ユーグ侯爵とお母様には個人的な付き合いはない。
それに、ユーグ侯爵は昨日王都入りしたばかりだと聞いている。
お祖父様の時のような事前の根回しはないだろう。
それでも無視されたりしなかったのは、先程のお祖父様の対応を考えてだと思う。
仮にもボストク侯爵が“公爵”と認めたアメリア様を貴族とは認めないと無視するのは、お祖父様の判断にケチをつけるのと同じだ。
王家に続きボストク侯爵家まで認めたとなると、流石にあからさまな拒否はできないだろう。
王家だけでは納得してもらえないところが不甲斐ないのだけど……。
「ところで、ユーグ侯爵様。
早速で申し訳ないのですけど、一つご相談したいことがございまして」
一応の挨拶は済ませたので、このまま立ち去るつもりだった私は、突然のアメリア様の言葉に面食らう。
「んッ?」
それはユーグ侯爵も同じだったようで、突然の話に驚いている。
アメリア様、何を話すつもり?
いくら7歳になれば一人前の貴族と認められるといっても、それはあくまでも形式的な話で、所詮は大人と子供だから、まともな話し合いなんてできるわけがない。
昨年のお兄様の挨拶の時だって、大人の貴族がお兄様の社交の練習相手になってあげるというもので、決まりきった表面的な会話しかしていなかった。
「実は最近、私が統治するセーバの街の人口が増えてまいりまして。
今は領内で収穫される食糧だけで賄っていけるのですけど、いずれは他所からの食糧調達も考えねばと思っているのです。
セーバ領は、ユーグ侯爵様のところと違って、気候的に作物が育ちにくいものですから」
ユーグ侯爵はアメリア様の言葉を咀嚼するようにしばらく考えると、アメリア様に体を向ける。
「それは、我が領の作物を購入したいという意味ですかな?
それとも、我が領にいる豊穣魔法の使える魔術師をご所望か?」
「作物の購入の方を考えております。
実は、我が領にも豊穣魔法の使える魔術師は何人かおりまして、今のところはそれで足りております。
ただ、いくら豊穣魔法を使いましても、気候的に育つのが厳しい作物に関しては、どうしても不足ぎみになってしまうものですから」
その言葉に、ユーグ侯爵は大きく目を見張った。
「豊穣魔法の使い手が、セーバ領にいると?
あの魔法は、我が国でもユーグ領の神殿にしか存在しないはずだが……。
まさか、セーバ領にもあると?」
驚くユーグ侯爵に、アメリア様は事もなげに答える。
「いえ、セーバ領にはございません。
ただ、我が領にも必要な魔法だとは思いましたので、幾人かの者に勉強させました。
神殿の石板は、誰でも自由に見ることが許されておりますから」
「わざわざユーグ領まで人を派遣したのか?」
その問に、にこりと笑って見せるアメリア様。
アメリア様は、先日お父様よりセーバの町の統治を正式に任されたばかりのはず。
もう、実際の領地運営に関わっているの?
勉強ではなく?
「そうですか……。
以前から優秀だという噂は伺っておりましたが、本当にただの噂というわけではなかったようだ。
その歳で、本当に領地の行く末を考えていらっしゃるとは……」
ユーグ侯爵は、改めてアメリア様の瞳をじっと見つめると、再び話し始める。
「……どうやら、アメリア様は真面目に民のために領地の運営を考えているご様子。
ならば、私も少しアドバイスをいたしましょう。
アメリア様はこの話を私のところに持ってきましたが、それは間違いです。
我が領地とセーバ領では距離がある。
仮にアメリア様が我が領の農作物を購入するにしても、それは王都かザパドを経由しての話となるでしょう。
買った作物は輸送せねばなりませんからな。
間に輸送を担う王都やザパドの商人が入れば、いくら私が安く作物を提供したところで、その分は商人共の儲けにされてしまうでしょう。
うちがセーバにたくさん売れるからとたくさんの作物を作っても、間に入る商人がたくさんあるのだからと値を下げてくれば、結局は変わりません。
こちらが直接セーバに作物を輸送できない以上、作物はセーバに運ぶ商人に売るしかないわけですからな。
もしかして、アメリア様は将来的に私のところから作物を買う話をすれば、私が喜ぶと考えたのかもしれませんが……。
物を他所から購入する時には、その商品の価格だけではなく、輸送費用や中間業者の手数料等も考えなければなりません。
まだアメリア様の歳ではそういった話は理解できないかもしれませんが、今後も真面目に勉強すれば、将来は良い領主となれるでしょう」
???
やはり、大人の仕事の話は難し過ぎます。
商売についての知識も国を運営するためには必要だと、社会学の先生には言われましたけど、正直私にはピンときませんでした。
王族や貴族は魔法で国や民を守るもので、商売のことなど商人に任せておけばいいと考えていました。
でも、ユーグ侯爵とアメリア様の会話を聞いていると、どうもそれだけでは駄目なような気がしてきました。
ユーグ侯爵の話を黙って聞いているアメリア様は、本当に侯爵の話を理解できているのでしょうか……?
「ご忠告、ありがとうございます。
参考にさせていただきます。
ところで、ユーグ侯爵様。
侯爵様はトッピークという町をご存知ですか?」
「ん? ああ、もちろん。
我が領の町ですからな。
町の規模はそれ程でもありませんが、漁港はそれなりの規模がありますよ。
我が領にとっては、海産物の捕れる唯一の漁港ですからな。
……それが何か?」
怪訝そうな顔で尋ねるユーグ侯爵に、アメリア様はまた微笑んで答える。
「いえ、どの程度の船が入れる港町なのか興味があったもので。
セーバの街にも港があるのですよ。
最近、大型船も停泊できるように整えましたので、少し他所の港町にも興味が湧きまして」
その言葉に、ユーグ侯爵の表情が変わる。
先程までの、大人が子供に教え諭すような目ではない。
あれは、執務室にいる時のお父様やお母様の目と同じだ。
「それは、海」
何かを言いかけるユーグ侯爵を、アメリア様が軽く首を振って遮る。
「まだ、しばらくは先の話です」
小さくそう囁くと、少し大きめの声で、周囲にも聞こえるようにお礼と退席の挨拶をする。
「ユーグ侯爵様、本日は色々と教えていただき、ありがとうございました。
領に帰りましたら、もっと勉強いたします。
また、いつか色々と教えてくださいませ」
「ええ。ぜひ、また」
その場を少し離れたところで、アメリア様が少し大きめの声で私に言い訳をしてきます。
「やはり子供の浅知恵など、大人には通用しませんね。
何も分かっていないと、叱られてしまいました……」
自分の失敗を笑って誤魔化す素振りに、先程まで感じていた視線が緩むのを感じる。
ユーグ侯爵は、別にアメリア様を叱ってなどいなかった。
確かに最初は何も分かっていない子供を諭す風だったけど、最後は決してそうではなかった。
きっと、ユーグ侯爵を納得させる何某かがあったんだと思う。
私は王族として恥ずかしくないよう、一生懸命勉強しているつもりだ。
魔法はともかく、勉強ではお兄様よりも先を行っているし、王宮の教師たちも同年代のどの貴族よりも優秀だと言ってくれる。
でも、私にはアメリア様の先程の会話がほとんど理解できなかった……。
私は、魔力操作でも勉強面でも、全くアメリア様に及ばない……。