貴族の社交2 〜サラ王女視点〜
(サラ王女視点)
勢い込んで始めたアメリアの案内は、最初に予想したような問題もなく順調に?進んでいる。
特に嫌味を言ったり脅したりする貴族はいない。
というか、誰もまともにアメリアの相手をしようとしないのだ。
「これはこれは、サラ王女殿下。
ご無沙汰しております」
「バイス伯爵もお変わりないようで何よりです。
えぇと、バイス伯爵。
こちらはアメリア公爵。私の従姉妹になります」
「ディビッド、アリッサの娘、アメリアです。
この度、国王陛下より公爵の地位を賜りました。
よろしくお願いいたします」
「……ああ、そうでした!
知人に呼ばれているのをすっかり忘れておりました。
サラ王女殿下、申し訳ありませんが御前を失礼させていただきます」
慌てたようにそう言うと、足早に私達から離れて行ってしまうバイス伯爵。
これで何人目でしょう……。
会場内にいるめぼしい貴族に声をかけるも、全てこの調子で……。
ろくにアメリアと目を合わせることなく、むしろ目を合わせないように逃げていってしまいます。
これでは、お母様に頼まれたアメリアを主だった貴族に紹介するという仕事が果たせません。
焦る私に、アメリアが小声で話しかけてきました。
「おそらく、皆対応に困っているのでしょう。
陛下が認められた以上、あからさまに私を貴族とは認めないとも言えませんし……。
だからといって、私の挨拶を受けてしまえば、私を貴族と認めたことになりますから。
王女殿下は気になさらないで下さい。
想定の範囲内ですから。
“挨拶をしようとした”、という事実が残ればよいのですよ」
笑ってそう言うアメリアの表情は、どこか執務をしている時のお母様に似ていて、とても頼もしく見えてしまいました。
(いけない! 私の方がアメリアを守っているのだから、逆に慰められてどうするの!)
「そうは言っても、これ以上はあまり状況も変わらないでしょうし……。
後は、三侯の方々にご挨拶すれば十分ですよね。
サラ王女殿下、恐れ入りますが、三侯の方々にご紹介をお願いできますか?」
三侯というのは、この王国の南の地を治める3つの侯爵家。
お母様の出身領地であり、我が国の軍事を司るボストク侯爵領。
魔法王国の食糧庫たる、農業の盛んなユーグ侯爵領。
そして、この国の通商を束ねるザパド侯爵領。
この3つの領地と、王家が直接管理する王家の直轄地。
それに、ディビッド伯父様のセーバ公爵領で、モーシェブニ魔法王国は構成されている。
三侯というのは、直轄地とセーバ領を除く3つの侯爵領を其々治める侯爵達のことで、たとえ王家といえども迂闊には手を出せない存在だ。
この子、分かってるのかしら?
せっかくこちらが気を遣って、社交に少しでも慣れてからと紹介を遅らせていたのに……。
ともあれ、今のままでは大した社交の経験を積めないのも確かで……。
本人が構わないというのなら、もう私は知らない。
「では、行きましょうか」
私は会場をざっと見渡し、まず丁度挨拶の流れが途切れていたお祖父様、ボストク侯爵のところに向かう。
私だって、相手が三侯ともなれば緊張するのだ。
お祖父様ならちゃんと面識もあるし、ひどいことにはならないだろう。
そう考えて、素早く、でも、慌てた風には見えないように気を遣いながら、お祖父様のところに向かった。
「お祖父様、いえボストク侯爵、ご機嫌よう」
私が挨拶をすると、お祖父様が私の方を向いて優しく微笑む。
「おお、これはサラ様。
ご機嫌よう。
また少し大きくなられましたかな?」
「はい、お陰様で。
ボストク侯爵、実は、新しく貴族となった私の従姉妹を紹介したいのですけど。
新たにセーバ領の領都を治めることになったアメリア公爵です」
「ディビッド、アリッサの娘のアメリアと申します。
この度、陛下より公爵の爵位を賜り、領都セーバの統治を任されました。
若輩者ではございますが、今後ともよろしくお願いいたします」
私の挨拶に続いて、アメリアが挨拶をする。
今までだと、ここで相手は何某かの理由をつけて逃げていってしまったけど……。
お祖父様、いえ、ボストク侯爵は、逃げることなくアメリアに向き直った。
「「「………………」」」
3人の間に沈黙が流れる。
「ッ!」
一瞬、私の横、アメリアの方からの強い魔力の波動を感じた。
慌ててアメリアの方を見ると、アメリアとボストク侯爵が睨み合っていた。
アメリアは笑顔で、ボストク侯爵は何かを見極めるような目で……。
すると、突然ボストク侯爵は表情を和らげて、アメリアに話しかけた。
「いや、失礼した、アメリア公爵。
まさか、私の“威圧”を平然と受け流されるとは思わなかった。
おまけに、受け流した魔力がサラ様の方に行かないよう、魔力を受け流す方向まで操作されるとは……。
アリッサ公爵の魔力操作を初めて見た時にも驚いたが、まさかその歳でそれ以上の魔力操作を見せられるとは……。
ベラが気に入るのもよく分かる」
「恐れ入ります」
えっ? えっ?
“威圧”されたの?
じゃあ、さっき一瞬感じた強烈な魔力の波動は、お祖父様の“威圧”のせい?
あんな強力な波動、私だってまともに受けたらはね返せない。
それを、どうやって……?
て、さっきお祖父様が“受け流した”って……。
それって、前に私の魔法の先生が言っていた魔力操作の高等技法のこと?
少ない魔力の者が、自分より魔力の多い者の“威圧”を受けた時に使う対抗手段。
極めれば、下級貴族程度の魔力でも上級貴族の威圧に耐えられるようになるけど、とても難しい技術だって……。
王族の私より高い魔力の者など滅多にいないのだから、無理に覚える必要はないと言っていた。
“極めれば、下級貴族でも耐えられる”……。
では、目の前でこの子がやったのは、何?
上級貴族のお祖父様の“威圧”を、下級貴族ですらない魔力がほとんどゼロの子が、笑顔で受け流すって……。
もし、そんなことが可能なら、本当にお父様やお母様が言うように、魔力量の多少の違いなど大した問題ではないのかもしれない。
「だが、惜しいな。
これだけの魔力操作の才に、もしディビッド様の魔力を受け継いでいれば、この国の守護者ともなれるほどの魔法の使い手になれたであろうに……。
いくら魔力操作が巧みでも、実際に攻撃魔法が撃てなければ敵は排除できない。
アメリア公爵は先程、領都セーバの統治を陛下より任されたとおっしゃったが、では問いたい。
領都の民が盗賊や魔獣、他国よりの侵略を受けた際、アメリア公爵はどのように民を守るおつもりですかな?」
そうだ。
確かに魔力操作の技術で、“威圧”程度なら受け流せるのかもしれない。
でも、それがただの“威圧”ではなく、攻撃魔法だったら?
それに、ただこちらが守っているだけでは、敵は引いてくれない。
攻撃魔法が撃てなければ、結局最後にはやられてしまうに決まっている。
「もちろん、魔法で。
私の民に仇なす者は、何者であれ殲滅します」
えっ?
だって、あなた、魔法なんて使えないでしょ!?
つい口から出そうになった言葉を慌てて飲み込む。
本当にこの子は、何を言っているのか……。
「おもしろい。
ベラからアメリア公爵の話を聞いた時には、俄には信じられなかったが……。
先程の魔力操作を見る限り、ベラの言うことも単なる妄想ではないようだ。
先程の非礼は詫びよう。
アメリア公爵よりの貴族位拝命のご挨拶、確かに承りました。
こちらこそ、よろしくお願いいたします」
その瞬間、会場の空気がざわめいた。
皆、なるべく関わらないよう距離を置きながらも、気になってはいたのだろう。
アメリア……様は、そんな場の空気など気付かない様子で、ボストク侯爵と別れの挨拶を交わし、「次はユーグ侯爵にご挨拶したいのですが」と、私を急かしていく。
私は訳がわからないまま、アメリア様の言うままに、ユーグ侯爵のところに案内するのだった。