クボースト2
「あれが、この国の国境になります」
フェルディさんの指差す先には、馬車が数台は並んで通れそうな広い門が開け放たれていて、その門の内外には商人と思われる人たちの長蛇の列ができていた。
そして、その列の横を、身軽な格好の旅人や冒険者、近隣の村や町から来たと思われる人たちが通り過ぎて行く。
列を作っているのは商人だけだ。
フェルディさんの話では、この国と今現在目立った敵対関係にある国は無いそうで、特に隣国のビャバール商業連邦とは友好関係にあるから、国と国との行き来は自由にできるそうだ。
では、あの列は何かと言うと、全てザパド領内での営業許可の申請や、関税に関する手続きなんだって。
まず、ザパド領内で一定以上の商売をしている商人には、その儲けに合わせて商業税がかかる。
それ以外にも、クボーストやザパドで店を出している商人は、毎年営業許可申請が必要で、そのために少なくない金額を毎年街に納める必要があるらしい。
勿論この営業許可申請は連邦から来た商人も必要で、営業許可を取らずにザパド領内で商取引をすると、罰金や刑罰等が課されるんだって。
名目は街の治安維持や整備で、商人が商売しやすい環境を整えるためらしいけど、一体どう整えているのか疑問に感じてしまう。
街はゴミくず等も多くて、はっきり言って汚い。
スリや旅人相手の詐欺まがいの商売等も多くて治安も悪い。
街の主要な通りは無計画に色々な場所に繋げられていて、初めての者には非常に分かりにくい。
ただ商人の上前を撥ねているだけなのは丸わかりだ。
フェルディさんがクボーストの街に愛想を尽かすのも無理はないかも……。
ただ旅行するだけならこういう街は味があって私好みだけど、統治者目線で見るなら最悪だ。
これがこの国の玄関口って、どうなんだろう……。
更に驚かされたのが、“関税”だ。
この街に入ってくる商品、出ていく商品には一律に関税がかかるらしいんだけど、この関税を決めているのは国ではなく、領主のザパド侯爵とクボーストの代官のボダン伯爵なんだって。
ここ、“国の”玄関口だよね?
“街の”玄関口じゃないよね?
それが本当なら、この国の関税は一領主、一代官が自由に取り決めていることになる。
王様、関税の果たす役割、分かってる?
大体、“一律に関税”って……。
ただ自分が儲けるためだけだよね、その税金って。
関税と言われて私が思い出すのは、私が死ぬ前の記憶。
間接的に私が死ぬ原因となったものだからね。
私は死ぬ直前、ある国に向けてバイクを走らせていた。
そのルートが色々と政情不安定で、危険なのは知っていた。
でも、行くしかなかった。
乗っているバイクを売却するために。
私が前世で最後に訪れた国は、所謂発展途上国で、産業が遅れていた。
そういう国って、特に工業製品なんかに法外な関税をかけてたりするんだよね。
そうしないと、安くて性能のいい外国製品ばかりが売れて、国内で作られた物が全然売れないから。
それでは、いつまで経っても自国の産業が育たない。
それを防ぐのが“関税”だ。
私が死んだ国では、外国から“輸入”されたバイクには、200%の関税がかけられていた。
外国人の旅行者が旅行の乗り物として国内にバイクを持ち込み、それに乗って出国するのならいい。
でも、もし不要だからと国内で売ってしまうと、それは“輸出”になってしまい、後から関税を請求されることになる。
40万円で買ったバイクを同じ40万円で売ったとしても、出国時に80万円の関税を請求されたら大赤字だ。
だったら、いっそ捨ててしまった方がマシということになる。
でも、そんな資金的な余裕もなかった私は、バイクを売っても関税がかからない国を目指した。
やっぱり欲を出すべきじゃなかったね。
まさか、本当に死んでしまうとは思わなかったよ……。
ともあれ、自国の産業を守る上で、関税というのは強力な武器なのだ。
開国したばかりの日本も、“関税自主権を回復”するために、かなりがんばったしね。
それに、不必要な関税は物の流通を悪くするから、経済発展の大きな障害にもなる。
自由貿易は経済の基本だしね。
そんな強力なカードを、一貴族の個人的な儲けのために自由にさせてるとは……。
これは、王都に戻った時のお父様への説教案件ではないだろうか。
ただの国内の地方都市がやるならともかく、国の玄関口でこんなことをされたら大問題だ。
あっ、でも、今そこを指摘しちゃうと、今後のセーバの町の自治に国が関与してくることになるのか……。
よし、セーバの町の自治が安定するまでは、この件は保留にしよう。
今、問題が起きてないなら、もうしばらくは大丈夫でしょう。
競争相手の街の運営が間抜けなのは、こちらとしても助かるしね。
敢えて敵に塩を送る必要もないでしょう。
そんなことを考えつつ、少し近づいて、入国手続きをする役人と商人の遣り取りを眺める。
「持ち込む商品はこれで全部か?
他に隠している物はないだろうな?」
「はい、この馬車の荷で全てです」
「では、お前のしているその首飾りは何だ?
商品ではないのか?」
「いえ、これは私の故郷では皆着けるもので」
「皆着ける物なら沢山あるのだろう。
一つ私に譲らないか?」
「いえ、これは成人の証にと、親から贈られる物で代わりは……」
「では、先程の羽ペンはどうだ?
そちらなら予備もあるだろう?
ん?
もしや予備と称して、申告せずに我が国で売るつもりではあるまいな?」
「いや、これは本当に予備の羽ペンで……。
まあ、予備ですから、今すぐ必要というわけでもありません。
お役人様も毎日これだけ多くの商人の相手をするなら、さぞペンの消耗も激しいでしょう。
よろしかったらお譲りしますので、どうかお使い下さい」
「そうか?
それは協力的で助かるな。
仕事も捗るというものだ。
積荷も確認した。
問題無いようだから行っていいぞ」
こんな三文芝居が、延々と続いていた。
行列ができるのも無理はない。
前世の旅でもよくあった光景だ。
私もよくたかられた。
「タバコは持っていないか?」、「ライターは持っていないか?」、「このボールペンは日本製か?」
私もいくつか“プレゼント用”に、中国製のボールペンを持ち歩いていたよ。
「日本で買ったボールペンだよ」って、100均のボールペンあげたら、スムーズに手続きしてくれたりしたっけ。
他にも、いきなりプロポーズされたりとかもあったけど、あれは流石にこの世界では無いっぽいね。
あれは、日本人の若い女性旅行者なら誰にでもらしいから……。
前世で唯一されたプロポーズ(告白含む)が、あれって……。
なんか、嫌なこと思い出した。
どうでもいいから!
ともあれ、港と町を整えれば、十分勝機はある。
そう確信して、私のクボースト視察は終わった。