学校見学 〜フェルディ視点〜
(フェルディ視点)
「学校は、町の方にあるのではないのですか?」
今、私達が歩いているのは、公爵家の南。
遠くに賢者の塔が見える方角だ。
賢者の塔が学校なのか?
「いえ、将来的なことも考え、学校は町中ではなく、こちらに建てたんですよ。
こちらなら土地に余裕がありますから、いくらでも学校を大きくできるでしょ?」
笑ってこのお嬢様は答えるが、学校を大きくするってどういうことだ?
将来、この町の人口が増えた時のことを考えているのか?
「アメリア様は、将来的にはこの土地を、学校とそれに付随する様々な研究施設が集まる学園都市にと、考えているのです」
「はあ、それはまた、壮大な計画ですね」
このお嬢様は、本気でそんなことを考えているのか?
レジーナも、お嬢様の護衛騎士だという男爵様の息子も、当然のようにその計画を信じているようだ。
大人は知っているのか?
いや、こうした行動自体が将来領主になるための教育なら、実現するしないは関係ないのか。
挫折も含めての領主教育とでも考えているのだろう。
学校についての説明を聞きながら、私とお嬢様、レジーナ、そして男爵様の息子……レオナルド様だったか、と一緒に学校への道を進む。
こんなに町から離れたところに作るなんて、一体どれだけ学校とやらを大きくするつもりだ?
「見えてきました。
あれがこの町の学校、セーバ小学校です」
お嬢様の指差す先には、3つの大きめの建物が見えた。
ちょっとした商家くらいの広さはありそうだ。
思っていたよりも本格的だな。
「正面のあの建物が校舎で、その横にあるのが魔法の実験場兼訓練場。
ちょっと離れたところにあるのが学校の寮です。
寮は最近作ったんですよ。
学校の評判を聞いて、周囲の村や集落から入学希望者が集まりまして。
子供だけを寄越している家もありますけど、家族でこの町への移住を考えている人たちもいます。
そういう人たちには家族で寮に住んでもらって、代わりに寮の管理をお願いしています」
先程聞いた話では、この学校は基本無料らしい。
やる気のない者には容赦しないが、学ぶ意志があれば身分に関係なく、様々なことを教えてくれるそうだ。
実際レジーナの話では、この町の住民の6割が読み書きも簡単な計算もできるらしい。
一部のお嬢様に反抗的な連中と6歳以下の子供を除けば10割なのにと、悔しがっていた。
いや、6割でも十分驚異的だ。
いくら人口が少ないとはいえ、6割といえばクボーストやザパドよりも余程高い。
平民のほとんどが読み書きも計算もできるなど聞いたこともないが、ただで教えてもらえるというのなら習いたがる者は多いだろう。
案内されて校舎に入ると、中では既に生徒たちが勉強を始めていた。
生徒数は20人程で、いくつかのグループに分かれて授業は進められていた。
生徒のうちの何人かが教師役を務めている。……皆子供に見えるんだが?
教師役を務める子供は、見たところ全員12歳以下だろう。
そんな子供が教師をしているのも奇妙なのだが、問題は教えられている側だ。
確かに子供もいるのだが、それに混じって何人かの大人もいる。
小さな子供に叱られながら、目の前の計算問題に頭を抱える大柄な男。
「あの人たちは、この町への移住を希望して、今は学校の寮で生活している人たちです。
このセーバの町に移住する条件は、面接と学力試験にパスすることです。
私が面接を行ってこの町に住むのに問題がないかを判断するのは当然ですが、移住希望者には面接とは別に学力試験を受けてもらっています。
試験内容は文字の読み書きと、二桁程度の簡単な四則計算。
それに、最低限の国の法律や、町の規則等です。
勿論、そんな試験なんて、ただの辺境の平民には無理ですから、そういう人たちには季節一つ分の期限付きで学校の寮に入ってもらって、そこで勉強をしてもらっています。
勉強の邪魔にならない程度の簡単な仕事をお願いすることはありますが、基本寮での生活はこちらで面倒を見ますし、勉強はこの学校で教えます。
その上で、学力試験を受けてもらい、無事パスできれば晴れてこの町の市民権を得られるわけです」
「もし、ダメなら?」
「市民権取得のために学校に入れるのは、1度だけです。
試験自体には何度挑んでもらっても構いませんが、こちらが学習のサポートをするのは1回限りです。
あそこで勉強している人たちも、来月の試験で不合格になればそのまま村に帰ることになりますから、皆必死なんですよ。
子供にものを教わるなんて、なんて言っている余裕は彼らにはありませんよ」
呆れてものが言えない。
このお嬢様、ただの平民に一体なんてレベルを要求するのか。
そんなレベルを当たり前のように要求するのは、うちのような大きな商会だけだ。
「それは、平民には少々、基準が厳し過ぎるのではありませんか?」
こんな無茶ぶりに付き合わされる住民が可哀想になり、ついうっかり口を挟んでしまう。
それに対して、当のお嬢様は不機嫌な様子もなく、こう言った。
「私も少々厳しいとは思うのですけど、試験問題を作っているのはレジーナですし、他の生徒たちもこのくらいはできるって言うものですから……。
自分たちはこのくらい2週間でレジーナ先生に叩き込まれたのに、季節一つ分なんて緩すぎるって……。
自分たちが苦労したんだから、同じことを学びたいなら、同じように頑張れってことらしいですよ」
そう言ってお嬢様は苦笑するが、私はちっとも笑えない。
それはつまり、レジーナもこの学校の他の生徒も、皆それ以上のことができるということだ。
「ちなみに、この学校では読み書きと計算以外には、どのようなことを教えているのですか?」
それに対して返ってきた答えは、正に驚愕のレベルだった。
歴史や地理、法律については王都の学院レベルで、算術や魔法はそれ以上。
他にも科学と呼ばれる生物や自然現象等について学ぶ授業もあるらしい。
上級クラスだという子供が使っている教科書と問題を見せてもらったが、教科書は学院のものと同じで、その子供がやっている算術は、私には理解できなかった。
学院出身で、数字を日常的に扱う商人の私がだ!
これらの学問は、全てお嬢様がレジーナやレオナルド様に教え、それをレジーナとレオナルド様が中心になって、この町の平民の子供に教えていったものらしい。
あのような知識を、あのお嬢様はいつ覚えたのか……?
魔法だけなら、大賢者に習ったとも考えられる。
だが、あの高度な算術や“科学”は、どこで習った?
……
…………
………………
『聞きましたか? あの噂。
例の公爵家の娘が、女神の愛弟子だという……』
『ああ、馬鹿馬鹿しい限りですな。
何でも非常に優秀で、誰も知らないような知識を、夢で女神様から授かったとか。
あのように魔力の低い者が女神の愛弟子などと、ディビッド公爵も必死なのでしょうな。
平民などと結婚した挙げ句、生まれてきたのがあのような魔力の低い子供では……。
少しでも娘をマシに見せようと、あのような荒唐無稽な噂を流すとは』
『では、あれは公爵家が意図的に流した噂だと?
それはまた何とも……』
………………
…………
……
「女神の愛弟子……」
つい、口に出た言葉に、お嬢様が反応する。
「そのような言葉をどこで?
王都の屋敷では、使用人達やお父様、お母様が偶にそのように呼んだりもしていましたけど……」
恥ずかしそうに聞くお嬢様に、慌てて謝罪する。
「いや、そのような噂を聞いたことがあったもので、ご不快にさせたのなら申し訳ありません」
「いえ、気にしないで下さい。
まさか、屋敷の外にまでその呼び方が広まっていたとは思わなかったもので、ちょっと驚いただけです」
「いや、ここで教えている学問が、他所では聞かない大変高度なものだったもので、つい……。
このような学問を、アメリア様はどこで学ばれたのですか?」
「……その、女神様に教わりました」
彼女は、はっきりとそう答えた。
ただ、別に自分は女神様の“愛弟子”などではなく、ちょっと夢の中で学問や魔法を習っただけなのだと。
だから、別に神々に特別扱いされているとか、神々と話ができるとか、そういったことは全くないのだと。
「魔力の少ない私を、女神様が憐れに思ったのでしょう」と、お嬢様は笑っていたが……。
その後、魔法の訓練場の方に移動して、生徒たちの魔法の実技の授業も見せてもらった。
訓練場には、この国でも王都の学院と軍の訓練施設にしかないといわれる魔法無効化の魔道具が完備されており、生徒たちは皆五大魔法の全てを使いこなしていた。
この学校の上級クラスへの実技の昇級試験に、五大魔法の習得と正確な魔力操作があるそうで、この学校の生徒は全員五大魔法は必ず覚えるそうだ。
その上で、上級クラスになると、その生徒に合わせて他の魔法もアメリア様に教えてもらえるのだと、生徒たちは言っていた。
軽量魔法や水流操作の魔法、鑑定魔法や豊穣魔法……。
それらの魔法を上級クラスの生徒たちはアメリア様から教わり、実際に使いこなしているらしい。
自分たちと然程変わらない魔力量の平民の子供が、これらの魔法を目の前で使い、家を建て、作物を実らせ、舟を操る。
これらの奇跡を目の当たりにした者達が、『自分も教えてもらえれば……』と考えるのは、当然のことだ。
わざわざ住み慣れた土地を放り出し、慣れない勉強に必死になるのも理解できる。
今のところ、この学校への正式な入学はこの町の子供だけらしいが、逆に言えば、この町に住むだけで、自分の子供にはただで貴重な魔法を教えてもらえるのだ。
どのような手段で石板も使わずに魔法を教えることができるのかは分からないが、現実にこの学校の生徒は神殿に存在しない魔法を使えるという。
そう言えば、レジーナが軽量魔法を使っていたという報告も受けていたな。
魔法の授業の中で、魔力操作のお手本にとアメリア様が使って見せた水魔法は見事だった。
『正確な魔力操作ができれば、このようなこともできます』
そう言って、少し離れたテーブルに置かれた空のコップに、溢れるギリギリまで水を注いで見せたアメリア様。
生徒たちはその魔力操作の巧みさに感心していたが、あれはそんな単純なものじゃない。
あれ程精密な魔力操作など、学院の教師にも王宮の宮廷魔術師にも不可能だ。
魔力量の問題があるから強力な攻撃魔法は使えないのだろうが、こと魔法技術においては、アメリア様の実力は宮廷魔術師以上と言えるだろう。
その後、攻撃魔法のお手本にと、魔法無効化の魔道具を切った状態で見せてくれたアメリア様の火魔法は……。
壁の前に立てられた的に真っ直ぐ飛んでいき、周囲の壁を全く焦がすことなく鉄製の的だけを溶解させた!?
鉄を溶かすような強力な火魔法なんて、軍の精鋭部隊でも無理だぞ!