農業改革
ここはセーバ小学校。
私は教壇に立って授業を行う。
教壇は高く、更に踏み台も完備。
私用の完璧な布陣だ。
まさか、前世の塾講師経験が転生チート?になるとは思わなかった。
随分とショボいチートスキルだが、実際役に立っているのだから結果オーライだ。
さて、今日の授業は化学。
原子や分子について教え、私が覚えている限りの元素や化合物を書き出す。
みんな、がんばって覚えるように。
さて、今日の授業は植物の呼吸と光合成。
植物がどのようにデンプンを作り出すか、しっかり理解しよう。
さて、今日の授業は食物連鎖。
自然界の生物の循環をイメージできるように。
さて、今日の授業はメンデルの法則。
ここはちょっと難しいけど、遺伝のしくみをしっかりと理解するように。
さて、今日の授業は……。
ここ最近は、理科、特に植物絡みの授業を集中的にやっている。
といっても、植物の種類だとか成長の仕方だとか、そういったことは教えない。
というか、この世界の植物の種類なんて知らないし、そもそも実際の植物(農作物)の特徴なんて、ハーべ君や新たに加わった農家の子たちの方が、私より余程詳しい。
私は、「大麦って稲の収穫の終わった秋に種を撒いて、春に収穫するんだっけ?」くらいにしか知らないが、ハーべ君達は「秋のこのくらいの気候の時期に……」とか、ずっと細かく知っている。
そういうことは、餅は餅屋だ。
前世今世含めて、土いじりなど全くしてきていない私が口を出しても、碌なことにはならない。
では、何のために植物についての講義などしているのか?
もちろん、ハーべ君たちの魔法の精度を上げるためだ。
先日の研究でも分かった通り、鑑定魔法は術者が認識できない概念は読み取れない。
私が大麦を鑑定したところ、成長に必要な養分として窒素、リン、カリウム、炭素、酸素……等が読み取れたが、ハーべ君の鑑定では“水、光、空気、豊かな土”だけだった。
ちなみに、食物を育てる“豊穣魔法”だが、ハーべ君の家の大麦畑で試させてもらったところ、植物には直接影響は出ないようで、土中の植物の成長を促す無機養分を増やす魔法だと判明した。
で、この豊穣魔法だけど、ハーべ君に教えて実際に使ってもらった時の魔力の消費量と、私が豊穣魔法を使った時の魔力の消費量が、明らかに違うみたい。
土地への魔力の浸透のさせ方の問題ではなくて、純粋に“豊穣魔法”を発動するのに必要な魔力量が、私の方が遥かに少ない。
この違いは、どうも魔法で何をするかの、理解の深さの違いみたいなんだよね。
私は、「この土に窒素とかリンとかカリウムとか、植物の成長に必要な養分を補充したい」って、肥料感覚で魔法を使っているんだけど、ハーべ君は、「この土地が豊かになりますように」って、イメージしながら魔法を使ってる。
今までの研究から考えても、どうもこの世界の魔法は、“指示が具体的で正確”であるほど、少ない魔力でこちらの希望通りの効果を表す傾向がある。
つまり、植物や養分に関する知識が増えるほど、少ない魔力で魔法が使えるということだ。
豊穣魔法というのは、実はかなり大規模な魔法らしくて、1回使うだけでもかなりの魔力を消費するらしいのだ。
ハーべ君に豊穣魔法を最初に教えて、実験に付き合ってもらった時には、100㎡ほどの畑に豊穣魔法をかけただけで、ハーべ君は魔力切れをおこした。
ハーべ君の魔力は90MPくらい。
最近は魔力操作の訓練の成果か、かなり効率よく魔法が使えるようになっている。
アグリさんが亡くなったお父さんに聞いた話だと、豊穣魔法を使える魔術師にお願いしても、一家庭分の畑に豊穣魔法をかけるのに、大体10日から20日くらいはかかったそうだ。
ちなみに、代金は最低でも1日金貨1枚は請求されたって……。
私、ハーべ君がやったのと同じ広さの土地に豊穣魔法を使うのに、5MPくらいしか使ってないんだよね。
それでも、私の全魔力量の半分なんだけど……。
5MPというのは、貨幣との交換レートだと鉄貨5枚で、大体500円くらい。
100MPだと銀貨1枚で1万円くらいで、金貨1枚だと1000MPで10万円くらいの価値になる。
う〜ん、5MPなら500円で肥料代くらいに軽く考えられるけど、肥料代に1万円とか言われるとちょっと考えるなぁ……。
ハーべ君のお祖父さんの話で考えるなら、毎年豊穣魔法を使った場合、少なくとも毎年100万円の経費が肥料代としてかかることになるわけだからね。
これは、今後の研究のためにも!、町の生産力向上のためにも!、生産コストの削減のためにも!、理科の授業は必須でしょう!
ちょっと中学レベルの理科の知識を教えるだけで、大幅な利益が見込めるのだ。
やらない手はないだろう。
子供たちにもそれを説明したところ、特に農家組の子たちが目の色を変えて勉強し始めた。
やっぱり、モチベーションは大切だよね。