初めての側近
(レジーナ視点)
「怒らせてしまった……」
昨日のことを考え、私は何度目かのため息をつく。
何がまずかったのかはわからない。
お嬢様の服をわざと汚したのは、多分ばれていないと思う。
お嬢様はその事については何も言ってこなかったし、レオ様も特に気づいた様子はなかった。
レオ様はお嬢様の態度に腹をたてて、逆に私に謝ってきたりしていた。
レオ様は今でも私のことを友達だと思ってくれているみたいだし、私に対してどうこうということはないと思う。
とすると、やはり問題はあのお嬢様だ。
なんで怒ったんだろう。
やはり、あのお嬢様も王都の貴族と同じで、平民なんかに服を触られたのが嫌だったのかもしれない。
町の人の話や、何度か町の人と接しているところを見て、レオ様と同じで特に平民を見下している感じはしなかったから、大丈夫だと思ったのに……。
レオ様と二人だけの時を狙って、親切な感じで近づけば、きっとすぐに仲良くなれると思っていた。
やっぱりお父さんの言う通り、貴族なんかに近づいちゃいけなかったんだ。
昨日のことを男爵様に告げ口されたら、もう今までみたいに助けてはもらえないかもしれない……。
そんな事を思い悩んでいると、誰かが家のドアを叩く音がした。
訪ねて来たのはお屋敷の使用人の人。
お嬢様が会いたがっているので、お屋敷まで一緒に来てほしいんだって。
あれ? 私、お嬢様に嫌われたんじゃなかったのかな?
もしかして、昨日は突然のことであんな態度をとっちゃったけど、でもやっぱり友達になりたいと思ったとか。
あれから、レオ様が何か言ってくれたのかもしれないし……。
そんなふうに期待しながら、私は迎えに来てくれた使用人の人と一緒にお屋敷に向かった。
もちろん、一番いい服に着替えるのも忘れない。
身だしなみは大切だって、お父さんも言ってた。
そして、私は今、お屋敷の男爵様の仕事部屋のソファに座らされている。
私の前には、昨日のお嬢様。
その両側には、男爵様と公爵様が座っている。
さらにその後ろには、お屋敷の使用人の中では偉い人なんだと分かる、いい服を着た使用人の男の人と女の人が、こちらを見つめながら黙って立っている。
大人4人に囲まれながらこちらを見つめているお嬢様は、これからお友達になりましょうという雰囲気ではなくて……。
笑顔なのに、目が怖い。
あれは、こどもの目じゃない!
おとなの目だ……。
あの目は、知っている。
お父さんが王都でお仕事をしている時の目と同じだ。
相手の商人さんもお父さんも、どちらも笑顔なのに、横で見ているととても怖かった。
内心怯える私にお嬢様はニコリと笑うと、特大の魔法をぶつけてきた。
「昨日の作戦は、あなたが自分で考えたの?
それとも、誰かに聞いたのかしら?」
「えっ?」
「相手の服を気づかれないようにこっそり汚して、それをきれいにするっていう作戦。
あれは、あなたが自分で考えたの?」
「あっ、アッ、あノ、ご、ご、ごめんなさい!」
頭の中が真っ白になる。
ばれていたんだ。
自分ではうまくできたと思ったのに……。
処刑される。
貴族に無礼を働いたりしたら、その場で殺されても文句は言えないって、お父さんが……。
(アメリア視点)
ちょっと苛め過ぎたかな。
目の前で涙目で震える女の子を見ながら、少しだけ反省する。
少しだけどね。
実際、その場で殺されても文句は言えない案件だ。
この子も、そのことを理解しているのだろう。
怯え方がすごいしね。
なら、今回の事はこれで良しとしよう。
「これからは、あんなことしちゃだめよ。
サマンサ、お茶をお願い。レジーナの分もね」
私がそう言うと、途端に部屋の空気が弛んだ。
皆が威圧を解いたのだ。
大の男でも震え上がりそうな空気の中で、レジーナも正気を保っていられただけ大したものだ。
正直、威圧する側の私でもかなり怖かった……。
お茶が出され、改めてアルトさんがやさしい口調で、事の重大さについてレジーナに説明していく。
場合によってはアルトさんも処罰されていたと聞かされ、レジーナは自分の仕出かしてしまった事の重大さに愕然としていた。
レジーナが今の状況を理解し、冷静さを取り戻した頃を見計らい、私は今日の本題を切り出した。
「あなた、私に仕える気はないかしら?」
意外な申し出に驚くレジーナに、私は今の私の状況を正直に話していく。
公爵家が他所の貴族に疎まれていること。
自分の魔力がとても低いこと。
そのせいで、貴族の中から自分の側近を選ぶのがとても難しいこと。
「だからね、私は他の貴族に私の有能さを、目に見える形で示さないといけないの。
魔力は少なくとも、たとえお母様が元平民でも、私には立派にこの公爵領を治める力があるってね。
そうしないと、きっとこの領地は私の代になったら取り上げられて、私は放り出されてしまうわ。
それならそれでいいんだけどね……。
でも、それもちょっと癪だから、この公爵領を私が発展させて、私とこの公爵領を無視できないようにするつもり。
私は、自分の後ろ楯になってくれる領地を、自分で作る必要があるのよ」
「アメリア様は、この領地を発展させる手伝いを、私にしろと言うのですか?」
「ええ、勿論、いきなりそんなことしろって言われてもレジーナも困るでしょうから、レジーナにはまずはお勉強をしてもらうことになるわ。
将来、私の仕事を手伝ってもらうために、色々と必要なことを学んでもらう。
これはれっきとした仕事だから、そのために必要なものはこちらで用意するし、生活の面倒も全てこちらでみるわ。
その代わり、こちらの期待通りの成長が望めないと判断したら、申し訳ないけど切り捨てます。
勿論、レジーナも、私が主に相応しくないと判断したら、遠慮なくこの屋敷を出ていって構わないわ」
「……アメリア様は、このセーバの町が本当に発展すると、考えているのですか?」
「ええ、この町は今はこんなだけど、発展する条件としては悪くないと思っているわ。
王都からも比較的近いし、海もある。
鉱山も近くにあるし、森林資源もある。
未開発だから土地の確保も容易だし、周りに貴族もいないから余計な干渉もない。
十分発展できる条件は整っていると思うわ」
……
…………
………………
レジーナは思い出す。
まだ、父親が生きていた頃のことを。
王都への旅の途中。
野営地の焚き火をぼんやりと眺めながら、父親が話してくれたことを……。
『レジーナ、父さんはね、セーバの町はこれからどんどん発展していくと思うんだ。
あの町は王都からも近いし、港を作れる海もある。
昔、まだ父さんと母さんがクボーストで働いていた時に、連邦から来た商人が言っていたよ。
倭国では、最近、とても大きくて速く進める船が開発されたって。
これからは、船の時代になるだろうって。
そうなれば、セーバは王都から一番近い港を持つ町になるかもしれない。
今はまだ夢物語だけど、レジーナがお店を継いでくれる頃には、そうなっているかもしれないだろう?
父さんと母さんはそんな未来を夢見て、あの町でお店を始めることに決めたんだ』
………………
…………
……
「アメリア様、私にもぜひ、この町を発展させるお手伝いをさせて下さい!」
強い意志の宿る瞳でこちらを見つめるレジーナに、アメリアは満足そうに頷き、
「よろしく頼むわね」と、軽い口調で返事を返したのだった。