側近候補
光の神と闇の神の呪文の仕組みが解明され、私の魔法研究も最終段階に入りつつある。
既に魔法大全にあった全ての魔法の検証は終わり、今はそれらの呪文に私用のアレンジを加えている最中だ。
多くの魔力が必要とされているほとんどの魔法は、間に闇の神の呪文を挟むことで私にも問題なく使うことができた。
また、呪文自体をいじらなくても、単純に魔力操作をうまくするだけで、少量の魔力で使えるようになる魔法が意外と多いこともわかった。
代表的なものが、対象に影響を与える加工系の魔法だ。
例えば、最もポピュラーな加工系の魔法である金魔法。
金属をイメージ通りに整形する魔法だ。
この魔法を使うためには、まず整形したい金属に自分の魔力を行き渡らせないといけない。
自分の魔力を流し込み、擬似的に支配下におく。
その上で自分のイメージ通りに形を変えるよう呪文で命令する感じだ。
この魔法に何故大量の魔力が必要かというと、金属に魔力を流し込む際に、金属からの抵抗を受けるから。
「そんなに簡単には支配されないぞ!」って感じである。
で、これを大量の魔力で捩じ伏せて、強引に支配下におく訳。
ちなみに、影響を与えたい物の種類や大きさ、使う呪文によって抵抗は違うけど、物に影響を与える系の魔法は、ほぼこのプロセスを行うことになる。
つまり、この抵抗の大きさによって、必要な魔力量が決まるんだけど……。
要は、相手に抵抗されなければいいんだよね。
こちらの魔力が衝突しないようにうまく相手の抵抗をいなしながら、相手に気づかれることなく支配下においてしまえばいい。
これ、太極拳のお家芸だから。
相手の力に逆らわず、逆に相手の力を利用していく。
武器を使う時には武器の先にまで自分の気を通し、武器を自分の体の一部として扱う。
相手の体も自分の一部であるようにイメージすることで、相手の体のコントロールを奪っていく。
太極拳の推手の要領で、対象との魔力の衝突を避けながら薄く薄く自分の魔力を浸透させれば、ほとんど魔力を使うことなく対象支配系の魔法は使うことができた。
そんな感じで、ある呪文にはアレンジを加え、ある呪文は使い方を工夫し、今では魔法大全にあるほとんどの呪文を問題なく使えるようになっている。
元々私は全属性で魔力に癖がなかったし、魔力操作(気の操作)に関しては前世からずっと練習してきていたからね。
一つ魔法というものの特性を掴んでしまえば、あとは速かった。
どんな勉強もそうだけど、最初分かり出すまでは大変だけど、一回分かり出すと速いんだよね。
ともあれ、もうそろそろ魔法の研究は、一旦終わりにしてもいいかな。
魔法の練習自体はこれからも続ける必要があるけど、当初の目的だった私の魔力量の問題は解決できた訳だしね。
それでも、私の魔力量が少ないこと自体は変わらないし、公爵家に対する風当たりもある。
まだ油断はできないけど、それでも貴族としての私の力不足云々は、ある程度回避できるんじゃないかな。
実際に、貴族並みの魔法が使えるわけだからね。
がたがた言ってきたら、実力で捩じ伏せてしまえば大丈夫だろう。
そうなると、次に考えなければいけない問題は……。
そんな事を考えていると、お屋敷から今日のお迎えがやって来た。
レオ君だ。
「あれ? 今日は一人?
アルトさんは一緒じゃないんだ」
「ああ、今日はお前一人で行って来いって父さんに言われた」
「ふ~ん」
最近、毎日ではないけど、レオ君が一人で私を迎えに来ることがあるんだよね。
一応帰りの護衛ということなんだけど、レオ君はまだ6歳だ。
アルトさんに剣術と魔法は習っているらしいんだけど、多分私より弱い。
今の私は中級貴族程度の威力の魔法は使えるし、武術歴も前世をいれると遥かに上だ。
そもそもそんなことは抜きにして、普通に考えてただの6歳児に護衛が務まるわけがない。
大体レオ君だって貴族なんだから、本来はこの子だって護衛対象だ。
そんな訳で、最初は気がつかなかったんだけど、離れたところでしっかり大人の護衛がついてるんだよね。
だから、このレオ君のお迎えは私のためというよりは、むしろレオ君自身の教育の一環らしい。
「公爵家に仕える騎士として、次期当主であるお嬢様をしっかりとお守りするように」と言われてるって、レオ君が言ってた。
レオ君自身は、どうも私の事を主とは思っていないみたいだけどね。
前にアルトさんが申し訳なさそうに、こっそりと教えてくれた。
『貴族というのは町の人たちを守るためにいるんだから、弱い奴は貴族じゃない。
ろくに魔力もない癖に体を鍛える訳でもなく、毎日塔の中で本ばかり読んでるような奴はダメだ』
まあ、そういう事らしい。
アルトさんは私が自分の魔力の不足を補うために魔法の研究をしていることも、それが結果としてこの町を守ることに繋がることも知っている。
ついでに言うと、レオ君が変な踊りだと思っている太極拳が実は武術であるということも、アルトさんは知っている。
型は違うけど、似たような力の使い方をする武術が倭国にもあるそうだ。
お祖父様と倭国を旅した時にしばらく習っていたことがあるから、それがただの踊りでないのは見れば分かるんだって。
ただ、いくらアルトさんが説明してもレオ君は信じないらしくて、この町は自分が守るから私は必要ないってことらしい。
別に私に何かしてくる訳ではないんだけど、扱いはあくまでも“主家のお嬢様”で、“将来の主”ではないってこと。
お父様やお母様、それにアルトさんは、レオ君を私の護衛騎士に、将来の側近候補にと考えているみたいなんだけど……。
ちょっと先行き不安だね。
側近候補かぁ……。
これもそろそろ真面目に考えないとね。
普通の上位貴族の場合、将来自分の手足となって働いてもらう側近候補は、まだお互いが小さいうちに同派閥の中から選ばれるんだって。
初めは学友として仲を深めて、その中で徐々にお互いのことを理解していく。
で、お互いにこの人ならと思える相手が将来の主、側近になるんだって。
私の場合、そういう候補がいないんだよね。
王都にいた時にはそういう話もいくつか来たらしいけど。
どれも悪意満載で、お父様が全部断っていた。
このセーバの町にはそういう輩はいないけど、その代わりにそもそも貴族がいない。
私の側近候補になれそうなのって、現状レオ君だけなんだよね。
お父様、お母様も色々と考えてはくれているらしいんだけど、現状では打つ手無しらしい。
う~ん、次の課題は側近の確保、というか、周囲の足場作りかなぁ。
そんなことを考えながら、私の少し前を黙って歩くレオ君の背中をぼんやりと眺めていた。




