秘密の話し合い 〜女帝マリアーヌ視点〜
(女帝マリアーヌ視点)
夜闇の中、帝都の微かな明かりに照らされて浮かび上がる巨大な影。
それも複数。
規則正しく等間隔で並ぶその様子は、どこかの古い遺跡に立ち並ぶ石像群のようにも見える。
だが、よ〜く注意して見ればそれは“石”ではなく“鉄”。
人気のない帝都の郊外に並べられたアイアンゴーレムの一軍からは、画面越しですらその威容が感じられる。
そして、立ち並ぶゴーレム兵たちの前に立つのは一人の少女。
巨大な神像がごとき数多の兵を率いるその姿には、神々しさすら感じられる。
『ご覧の通り、我が軍は今すぐにでも帝都に攻め入る準備ができています』
今聞こえているこの声を発しているのが、恐らくはこの少女なのだろう。
目の前に浮かび上がる幻を見て、そう判断する。
(まったく! そもそも一体この魔道具は何なのだ!)
誰にも見つかることなく私の寝所まで入り込んできただけでも驚きなのに、更にこのような魔道具まで持ってこようとは…
私の前に突然現れた少女はアメリア公爵の使者を名乗りながら、何の密書も伝言も持ってはいなかった。
自分はただ、会談の場を整えに来ただけだと言う。
そうして、少女が何やら見慣れない魔道具を部屋に設置していくのを、私は黙って見守った。
勿論、多少の警戒はしていたが、少女の邪魔はしない。
これから始まる事に興味を惹かれたのも確かだが、今更警戒するだけ無駄だというのが正直なところ。
目の前の少女には、何度も私を暗殺する機会があった筈だ。
それをせずにアメリア公爵の使者を名乗った以上、少なくとも今この少女に私をどうこうする意思は無いということだ。
それならば、敢えて邪魔をする理由も無い。
そうこうするうちに準備ができたのか、少女は設置した魔道具を起動させ、少女自身もまた何やら呪文を唱え始める。
その直後現れた光景に、大声を抑えられた自分を褒めてやりたい。
これが書物で読んだ“蜃気楼”という現象だろうか?
狭い天幕の中にはこことは違う別の場所が浮かびあがり、その中心にはここにやって来た者とは違う、別の少女が立っている。
『お初にお目にかかります、マリアーヌ女帝陛下。
私の名はアメリア。モーシェブニ魔法王国の公爵位を持つ貴族であり、セーバの街の領主でございます』
そんな自己紹介の後、混乱する私の様子を察してか、アメリア公爵の幻と使者の少女レジーナが今起こっていることを説明してくれる。
この魔道具が最近帝国以外の国々で広まり出した“通信”の魔道具の一種であること。
遠く離れた場所に、声だけではなく目で見た“映像”も届けることができるということ。
そして、今、本物のアメリア公爵はここから遠く離れた帝国の帝都におり、そこからこの通信をしている!?
「それは、つまり、今アメリア公爵は帝都にいると!?」
『はい』
「馬鹿な!? ボストクの国境を越えたなどという報告は受けていない。
そもそも、今アメリア公爵は連邦にいるはず、、東の連邦との国境から回り込んだのか!?
だが、それでは時間的に無理がある。まさか、それを可能とする移動手段が!?」
『いえ、キール山脈を越えました』
「……はぁ!?」
『ですから、連邦の西側から真っ直ぐ北を目指しました。直線距離なら大して離れていませんから』
「……………」
私の中で、書庫にあった異世界の歴史書で読んだ逸話が思い出される。
越えることは絶対に不可能と言われていた山脈を越え、敵軍に大打撃を与えた将軍は確か、ハンニバルと言ったか…
知識を“知っている”ことと、それを“役立てられる”ことは違うという警句も確かあったな。
私もまだまだ勉強が足りない。
未知の魔道具の説明を受け、見覚えのある帝都周辺の景色を見せられ、そこに立ち並ぶ鉄の巨人兵に圧倒される。
(あれは、魔力で操っているのか? ならば、無効化も可能か?)
『あと、魔法の効かない相手に対する攻撃手段として、こんなのもあります』
チュドーーーーーン!!!
ガラガラガラガラガラアガラガ!!!
ゴーレム兵団とは別の、少し離れたところに見える巨大な岩が、アメリア公爵が放った魔法で粉砕される。
『この魔法はですねぇ、石とか金属とかの塊を超高速で撃ち出す魔法ですので、殺生石の鎧にも十分効果があります。
まぁ、流石にここまでの威力はありませんけど、たんに殺生石の鎧対策だけなら、火薬を使った大砲とかも有効なはずですしね?』
アメリア公爵が映像越しに見せた電磁砲という魔法が、本当にリアル鉱石の鎧に対して有効なのかは分からない。
そもそもの話、今見せられている映像が本当に現実なのか、ただの幻なのか、それすらも分からぬのだから。
だが、どうやらアメリア公爵はリアル鉱石の特性も火薬を使った大砲の存在も知っているらしい。
ならば、魔法攻撃の効かない我が軍に対する有効な反撃手段は、既に王国側には用意されているとみるべきだろう。
いや、王国軍が取ったあのような足止め手段を考えれば、やはりリアル鉱石に関する情報は事前に漏れていたということだ。
そうなると、我が軍の今の状況は敵の掌の上。
つまり、罠ということか?
我が軍は敵の懐深くまで誘い込まれて逃げ場を失い、敵の侵攻を全く警戒していなかった帝都には、知らぬ間にアメリア公爵の刃が突きつけられている。
『それでですね、マリアーヌ陛下にはご提案というか、ぜひご協力いただきたいことがございまして』
今見ている幻が現実なら、こちらに選択の余地など無いではないか!?
私は内心では戦々恐々としながら、今後の帝国の未来を変える少女の話に黙って耳を傾けるのだった。




