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革命 〜女帝マリアーヌ視点〜

(女帝マリアーヌ視点)


「ほう、思ったよりも気付くのが早かったな。

 王国の宰相殿はなかなかの切れ者との噂、全くのデマでもないらしい」


 王国に潜入中の部下より届けられた知らせには、宰相指揮の元、最近大規模な市井の調査が行われたとある。

 恐らく、気付かれたか…

 かつての我が国ほどではないにしろ、あの国も貴族の選民意識が強い。

 市井のことなど、大して気にもかけないと思っていたが、どうもそうでもないらしい。

 いや、今年分の魔石の取引が終わって、自分の尻に火がついていることに気付いたか?

 予想よりも早くはあるが、これも想定の範囲内だ。


「よし、全軍に指示を! これより帝国は、王国への進軍を開始する!」


 慌ただしく動き出す部下たちを眺めながら、やっとここまできたかと(しば)し物思いにふける。

 帝位にも権力にも然程興味はなかったが、なかば成り行きで、知的好奇心にかられてここまできてしまった。

 負けるつもりはないし、それなりに準備もしてきた。

 勝算は十分にあると見ているが、最近急激に変わってきているという魔法王国の状況が不安要素ではある。

 戦力を魔力量でしか測れない今までの王国であれば、なんの心配もいらなかったのだがな。

 報告によれば、ここ数年で魔法王国の魔力至上主義の価値観は少しずつ変化しているという。

 そして、その全ては王国辺境の領主、アメリア公爵によるところが大きいとか。

 まだ10代の年若い娘だというが、一度会ってゆっくりと話してみたいものだ。

 鉄道や通信といった、書庫の知識でも夢物語とされている技術。

 これを現実のものにしているところから考えても、恐らくはカリオストロ伯爵と同じ世界からの転生者だと思われる。

 そう、転生者。

 我が家がこの200年守り続けてきた知識も、その全ては元々異世界にあったもので、転生者であるカリオストロ伯爵がこの世界に(もたら)したと伝えられている。

 その殆どはラテン語と呼ばれる異世界の言葉で書き綴られており、代々この知識を守り続ける一族の者には、この異界の言語の修得が義務付けられてきた。

 だが、その伝統も途絶えて久しい。

 私の父も、祖父も、ラテン語など全く読めはしなかった。

 怠惰と言ってしまえばそれまでだが、実際のところ日々の生活で精一杯で、既に滅びたソラン王国より課せられた責務も、なんの役に立つかも分からない書物も、彼らにとってはどうでもよい物だったのだろう。

 幸いなことに、誰にも読めない文字で書かれた書庫の貴重な書物は、誰かに売られることもなく私に引き継がれた。

 これがもしこの世界の言語で書かれたものだったら、今頃私の手元には一冊も残っていなかっただろう。

 ドレスにも女の社交にも興味を示さず、ただ書庫に引き篭もって古い書物を漁るだけの私を、始めこそ奇異の目で見ていた周囲だったが、それも次第に無関心へと変わっていった。

 たとえ風化した伝統であっても、貴重な知識を伝える由緒ある一族であるという肩書きは、貴族の社交においては大切らしい。

 だから、その伝統を一族を代表して引き継いでくれるのであれば、書庫に引き篭もる娘一人を養うくらい構わないだろう。

 そして私は、一族の中ではいない者として扱われるようになった。

 日夜開かれる帝都の夜会に興味はない。

 困窮する財政から目を背け、見栄やら外聞やら権力争いやらのために繰り返される馬鹿騒ぎ。

 金のある貴族どもは度々連邦に出かけては、そこでわずかばかりの攻撃魔法を覚えて帰ってくる。

 なんら国の産業に貢献しないそれらの攻撃魔法を民の前で自慢げに披露し、自分たちこそが上に立つ選ばれた存在だと周囲に訴えかける。

 この国では失われて久しい魔法を前に、民がひれ伏すのを見るのはさぞ気持ちがいいだろう。

 そうして権力を誇示し、それでも民の不満が収まらなくなると、今度は魔法王国への侵攻を開始する。

 魔法を独占する魔法王国を倒し、我が国に魔法とかつての繁栄を(もたら)す聖戦なのだそうだ。

 この国の石板が消えたのは自業自得だが、我が国の民が魔法を使えず困っていることも事実。

 魔法王国には悪いが、我が国が石板のある神殿を押さえられるのなら、ぜひ頑張ってもらいたい。

 だが、実際のところ、この国の貴族たちに本気で魔法王国に勝つつもりなどない。

 むしろ、自分たちだけが魔法を使える現状を喜んでいるきらいさえある。

 魔法を使えない民は、ちょっと攻撃魔法で脅せばすぐに大人しくなる。

 不満が高まれば魔法王国に攻撃を仕掛け、自分たちの攻撃魔法の威力を魔法の使えない兵に誇示しつつ、少しだけ国のために頑張っているところをアピールする。

 勝つ必要はない。

 ただ、魔法王国とまともに戦えるのは自分たち貴族だけだと、民に認識させられればそれでいいのだ。

 実に馬鹿馬鹿しい。

 そんなことをもう百年近くも繰り返して、既にこの国は限界に来ている。

 そうしてこの国は、滅びていくのだろう。

 そんなことを子供ながらに考えつつ、私は一人書庫に籠もって異世界の言語をひたすら学び続けた。

 そして成人も過ぎた頃、難解なラテン語をほぼ学び終え、改めて書庫に溢れる異世界の知識に触れた時、私はその幅広くも奥深い知識に夢中になった。

 政治、経済、歴史、思想、哲学、用兵に人心掌握術。

 学べば学ぶほど、今まで漠然と感じていたこの国の問題点が浮き彫りになる。

 どうやら書物にある異世界には、この世界とは比べ物にならないほど多くの国と人、歴史があり、それらが複雑に絡み合う中で様々な高度な学問が生み出されていたらしい。

 かの世界と比べれば、たった4つの国が一つの大陸に存在するだけのこの世界の、なんと単純なことか。

 書物に書かれた異世界の権謀術数に比べれば、帝国貴族の帝都での権力争いなど児戯に等しい。

 この知識の幾つかを利用するだけで、帝都の勢力図を塗り替えることさえ可能かもしれない。

 だが、それ以上に私を驚かせたことがある。

 それは、異世界には魔法が存在しないということ。

 しかも、それにも関わらず、書物にある異世界の技術水準はこの世界と同等かそれ以上であるということ。

 火を使い、治水を行い、高い建物を建築する。

 剣や槍どころか、銃や大砲と呼ばれる攻撃魔法に匹敵する武器まで存在し、それらは全て、魔法無しで作られているというのだ。

 そして、それらを可能とする技術、学問が、錬金術。

 それまでの私は、この国は魔法を失ったが故に、いずれは滅びるしかないと考えていた。

 魔法が存在する残り三国との技術の差は埋め難く、武力でも経済力でも勝てる見込みはない。

 帝国はこのままゆっくりと衰退し、国としての体を保てなくなったところで残り三国に併合されるか、人も住まない不毛の土地となるか…

 魔法がなければ生きられない人という生き物は、神殿のない土地ではまともな文明を築けない。

 それはこの世界の常識だし、私もそう考えてきた。

 故に、この国は滅びるしかないと。

 だが、魔法がなくとも発達した文明を築ける手段があるのなら…


 学んだ知識を駆使して家督を奪い、治める街を掌握し、製鉄や鋳造の技術を完成させて武力と経済力を手に入れた。

 それらを背景に逆らう帝国貴族を排除し、帝都を掌握する。

 宮殿に引き篭もり、日々享楽的な毎日を送るだけの王族を排除するのは簡単だった。

 高い魔力も、国の税を湯水のごとく使って連邦で覚えてきた自慢の攻撃魔法も、私には何の意味もない。

 現皇帝を排除して新たにソルン帝国女帝となった私は、早速帝国の立て直しに着手した。

 少しずつ経済は上向き、民に活力が戻ってくる。

 帝位を簒奪するまでは血も涙も無い女と陰口を叩いていた声も、最近は全く聞こえてこない。

 下々の暮らしにさえ目を向けてくださる慈悲深い女帝様なのだそうだ。

 人は自分に利益を与えてくれる者を善人とみなし、事の善悪などは状況と立場で都合よく解釈されるもの。

 それは異世界の歴史によって証明されている。

 大切なのは目に見える結果であって、手段や動機は然程問題ではない。

 そう、私が自ら泥をかぶってまでこの国を変えようとした動機。

 それは、決してこの国の民を憂いたからではない。

 私はただ、試したかったのだ。

 何の役にも立たないと言われた知識。

 そんな知識によって見えてきた帝国再興の可能性。

 覚えたことは試してみたい。

 実のところ、そんな単純で利己的な動機に過ぎない。

 それでも、この国は200年続いた停滞から少しずつ抜け出しつつある。

 このまま順調に発展を続ければ、100年後には民が飢えることのない国が出来上がっているだろう。

 だが、その時に帝国が他国と肩を並べている未来は無い。

 良くて現状維持、最悪他国の植民地と化しているだろう。

 こうして実際に錬金術を実践し、その技術を試してみたから分かる。

 やはり、魔法の利便性は圧倒的だ。

 土魔法や金魔法がなくとも、製錬技術、鋳造技術を使えば武器の生産はできる。

 だが、その完成度において、鋳造によって作られた剣は魔法を使う優秀な職人によって作られた剣には絶対に(かな)わない。

 それが、ただ打ち合うだけの剣程度であれば、それ程の影響はないだろう。

 しかし、例えば細かな部品を複数使う“銃”ともなれば、その技術力の差は誤魔化しきれない。

 今他国では、従来のような単純な魔道具とは違う、より高度で複雑な構造の魔道具が開発されつつあると聞く。

 そういった魔道具や道具は、今後も増えていくだろう。

 今は異世界の知識で似たような物が作れても、近い将来それも限界となる。

 そもそもカリオストロ伯爵によって伝えられた知識は、異世界において数千年の時をかけて徐々に発展研鑽されてきた物だという。

 それらの歴史の、技術の積み重ねのない帝国では、ただその結果だけを再現するのには限界がある。

 密偵からの報告にあった、恐らく異世界の技術を用いた魔道具の数々。

 これらをアメリア公爵が簡単に再現できたのも、その技術の蓄積を異世界には存在しない魔法によって代用できたことが大きいと考えられる。

 であれば、その基礎技術を魔法で補える他国と、その全てをゼロから積み上げていかねばならない帝国では、初めから勝負にならないだろう。

 知識を使えば魔法がなくとも国を立て直せると始めた革命の結果が、その知識を再現するためには魔法が必要と知る結果となったのは皮肉だが…

 ここまでくれば、魔法抜きでは技術的に再現不可能な錬金術も試してみたいし、なにより、できることならこの国にも魔法を復活させたい。

 何をどう言い繕っても、帝国だけが魔法を使えない現状は明らかに不利であり、素直に他の三国が羨ましいことは確かなのだから。


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