贋金
改めて、隠蔽魔法の掛かった本物と、隠蔽魔法の掛かっていない偽物とを見比べてみる。
ぱっと見は確かに似ているけど、よ〜く見ると偽物の方は作りが粗い。
これなら、鑑定魔法なんか使わなくても、肉眼での見分けも可能なんじゃないかなぁ…
もっとも、それは偽物の可能性を考慮した上で、本物の金貨と見比べた場合の話。
偽金の可能性など疑ったこともなく、日常的に金貨を扱う機会もない大半の人たちには、まず気付かれることはないと思う。
大体、商業ギルドすら見た目では気付けなかったんだからね。
「で、相談というのは?」
目の前に座る議長様が焦りまくる理由は分かったんだけど、それで私達にどうしろと?
「うむ、それなんじゃが…
単刀直入に聞こう。アメリア公爵なら隠蔽魔法を解除したり金貨を複製したりは可能か?」
「…………………」
「いや、別にアメリア公爵の事を疑っているわけではない。
ただ、実際のところ、このような非常識なことができそうな者など、他に思い当たらなくてな。
隠蔽魔法は一度掛けてしまえば解除は不可能。効果もその形が崩れるまで半永久的に続く。
ずっとそう考えられておった。
神殿で魔法を研究する神官の中には、隠蔽魔法自体が貨幣を作り出すために神々が用意した魔法だと言う者までおる。
故に、隠蔽魔法で隠された通貨を複製するなど、神々の御技にケチをつけるようなもので、絶対に不可能。
これが通説じゃ。
我がビャバール商業連邦が商売の神に愛された国だと言われるのも、我が国にのみ通貨製造に不可欠な隠蔽魔法が存在するからじゃ。
まぁ、実際のところは順番が逆で、通貨製造の権利を確保するために隠蔽魔法のある地域を取り込んだといったところだろうが…
いや、話が逸れた。
ともあれじゃ。そのような強力な魔法で保護された通貨を複製するなど想像もできんが、現実に多くの贋金が見つかっておる。
ならば、何かしらの方法があるはずじゃ。
そして、そのような非常識を可能にする者など、わしが知る限りアメリア公爵の一族だけじゃ!」
そう言い切る議長様に言いたいことはある!
おまけに、何やらお母様やお祖父様までディスられているような…
ただ、よくよく話を聞いてみると、今回の件に関して本気で私のことを疑っているとかではなくて、ただそれができそうな魔法研究者である私の意見を聞きたいということみたい。
「で、どうなのじゃ? 実際のところ、隠蔽魔法の解除は可能なのか?」
「……う〜ん、隠蔽魔法の解除が可能かどうかはさておき、この偽金貨の製造に関しては多分隠蔽魔法の解除は関係無いと思いますよ」
「む!?」
論より証拠。
こういうのは実際に見せた方が早い。
私はその場で議長様の部下に頼んで粘土板を用意してもらい、議長様が見ている前で隠蔽魔法の掛けられた金貨を粘土板に押し付ける。
「こうして作った“型”に溶かした金を流し込んで固めれば、それこそ魔法なんか使わなくても金貨の複製は可能です」
そして、恐らくだけど、今回の偽金貨は正にこの方法で作られている可能性が高い。
複数の偽金貨を見比べてみたけど、金魔法で複製したにしては偽金貨同士の完成度にムラがあり過ぎる。
形がとかではなくて、所々に妙な凹凸ができてたりするんだよね。
多分、成形の過程で空気とかゴミとかが入ったりしたんじゃないかなぁ…
形や大きさ、絵柄の些細な違いとかではない、こういった細工のムラは普通金魔法では考えられない。
だって、ふつうに平らな面を想像するより、凸凹のある面を想像する方がよっぽど大変だからね。
これは魔法ではなく、明らかに“鋳造”によって作られた物の特徴だ。
ついこの前まで、倭国で殺生石を加工するのに散々研究していたことだからね。
勿論この考えは私だけではなくて、同じく殺生石加工の研究に協力してくれていた私以外の3人も同じ。
思いの外簡単にできそうな金貨の偽造に、あれこれと意見を出しつつ盛り上がる私達と、それを愕然とした顔で見つめる議長様。
まぁ、そうだよね。
もしこの方法が世間に広まれば、高度な魔法技術なんてなくても、それこそ誰でも偽造通貨が作れちゃうってことだからね。
最初の議長様の予想だと、偽造通貨を作るにはかなり高度な魔法技術なり、膨大な魔力なりが必要だと考えていたみたい。
それが、こんな単純な方法で可能とは!?
この世界の通貨を管理する連邦としては、その存在意義さえ脅かされ兼ねない事態だからね。
「一体どうすれば…」
「デザインを変更すればよいのでは?」
頭を抱える議長様だけど、正直そこまでの問題ではないと思う。
起きた事態は深刻だけど、今後の対処の仕方は至って単純だ。
通貨のデザインを、もっと凝ったものに変えちゃえばいい。
通貨を作る職人さんは慣れるまで少し大変だけど、金魔法を使えば繊細で凝ったデザインも余裕で再現できる。
なんなら、倭国でこの前開発した加工の魔道具を使って、細かな細工を分業作業にしてもいい。
見たところ、今回の偽金貨に使われた鋳造技術はそれ程高度ではない。
これなら、少しデザインを複雑にするだけで、十分に偽造は防げると思うんだよね。
今は銀行もあるし、通信のお陰で広範囲への情報伝達も速い。
新しい貨幣への差し替え、交換も手間はかかるけどスムーズにできると思う。
簡単にその辺りを説明すると、議長様は地獄で仏にでも会ったように私に感謝してくれた。
もっとも、その後議長様が落ち着いたところで、殺生石で隠蔽魔法を打ち消しちゃう方法を使われるとデザインの変更だけでは偽造は防げないって話をして、再度地獄に送り返すことになっちゃったけどね。