賢者の塔
「お父さん、この娘がアメリア。お父さんの孫よ」
「はじめまして、お祖父様。アメリアと申します。
お会いできて光栄です」
失礼のないよう丁寧に挨拶をする。
相手はあの“魔法大全”の著者、大賢者リアンだよ。
大賢者と聞いていたから、もっと長い髭の白髪の老人を想像していた。
よ~く考えたら、まだ二十代のお母様の父親な訳だし、旅仲間のアルトさんだってまだ五十前だと思う。
大賢者のお祖父様と言っても、そんなに高齢なわけないよね。
お祖父様はインテリ系とワイルド系を足して2で割った感じのダンディな初老のオジサマといった感じで……。
ちょっと好みかも……。
………………
「アリッサからの手紙で賢いとは聞いていたが……。
本当に賢いな」
お祖父様は初め、子供らしくない私の言動に戸惑っていたけど、私が魔法について研究していること、魔法大全の内容について疑問に感じていること等について話すと、私の話に見事に食い付いてきた。
やはり、人と仲良くなるには趣味の話に限る。
すっかり魔法談義で私と意気投合したお祖父様は、塔の資料や実験施設についても自由にしていいと、色々と私に説明してくれた。
まず3階。
ここはお祖父様の生活空間?らしいんだけど、何かビジネスホテルみたいだった。
ベッドと食事用の小さなテーブルがあるだけ。
本当にただ寝るだけの部屋だ。
後はトイレと浴室があるだけだ。
ちなみに、この世界のトイレは汚物を魔道具で土に変えてしまうので不衛生ではない。
お風呂の方は一応あるにはあるのだが、こちらはそれほど頻繁には使われないとのこと。
別にお祖父様が不潔という訳ではなく、それがこの世界の普通らしい。
うちのような貴族の屋敷とは違うんだって。
確かに魔法で水を作り出すことはできるんだけど、それで浴槽の水を溜めようとすると、結構な魔力を消費するらしい。
だから、普通は井戸から水を汲んでくることになる。
重たい荷物を運ぶのにも軽量魔法があるから、私の想像よりはずっと楽らしいんだけど、それでも手間がかかることに違いはない。
だから、この世界ではそれほど頻繁にはお風呂は使われないんだって。
で、次に2階部分。
お祖父様が初めにいた階だ。
ここには魔法に関する膨大な量の資料が集められていて、基本お祖父様はこの階で研究しているとのこと。
ちなみに、この階にはまだ使っていない空き部屋もあって、私の研究室として自由に使って構わないと言われた。
早速机や何かを運び込まねば!
次に1階。
来るときに通ってきた広いスペース。
あそこは魔法の実験場になっているらしい。
あの部屋には特殊な魔道具が設置されていて、撃ち出された魔法の効果を弱めちゃうんだって。
つまり、あの部屋でバンバン攻撃魔法を撃っても、壁や物がそれで壊れることはないということ。
ちなみに、ダメージが減少するのは魔法だけではないらしく、例えばあの部屋で誰かに思いっきり殴られても、軽く叩かれた程度にしか感じないらしい。
つまり、物理、魔法に関係なく、発生する力自体を弱めちゃうってことなんだと思う。
この魔道具に使われている魔法は、ビャバール商業連邦のとある神殿にのみ存在する魔法で、術者の魔力量にもよるけど、相手の攻撃をほぼ無効化してしまうことができるんだって。
ただ、完全に無効化するのにはそれなりの量の魔力を籠めなくてはならないから、これを魔道具で再現するのは不可能と言われていたみたい。
魔道具の核になる魔石の出力は弱いからね。
その常識を変えたのが大賢者たるお祖父様。
魔法大全の印税と旅で作ったコネクションを駆使して、ただでさえ高価で希少な魔法無効化の魔法が籠められた魔石を複数かき集め、それを効率よく組み合わせることで実用に足る魔法無効化の魔道具を完成させた。
それまでは、そもそも一つの魔道具に複数の魔石を使うという発想自体が無かったから、お祖父様が生み出した魔法無効化の魔道具は、世の魔道具職人に大変な衝撃を与えたらしい。
結果、上位貴族の使う大規模魔法ですらほぼ無効化できてしまう実験施設の完成だ。
今ではこの魔法無効化の魔道具は、世界中の魔法の実験施設や軍の訓練施設で使われていて、新たにそういった施設ができるごとに、お祖父様のところには商業ギルドを通して魔道具の特許使用料が入ってくるんだって。
そうかぁ、この世界にも知的所有権とか特許とかの概念があったんだね。
私も何か有益な魔道具とかを作れば、将来は夢の印税生活も可能かもしれない。
よし、がんばって勉強しよう。
せっかく、お祖父様という魔法研究の大家がいるのだ。
この機会を利用しない手はないよね。
……と、そう言えば、ちょうどこの魔法無効化の魔法で、よく分からないところがあったんだっけ。
確か、光がどうとか平穏がどうとかいうやつ。
魔法大全では光魔法に分類されていたけど、私の見解ではこの魔法は闇魔法なんだよねぇ……。
「魔法無効化の魔法って、闇魔法ではないのですか?」
案内してくれているお祖父様にそう聞くが、
「いや、これは光魔法じゃよ。
”光よ、我らにとこしえの平穏を与えたまえ。全ての害意より我らを守りたまえ”だったかな」
そう、確かそんな呪文だった、けど。
「でも、それって闇魔法じゃないんですか?
呪文に闇の神の名が入ってますよね?」
そう尋ねるも、お祖父様はピンとこないのか首を傾げていた。
やはりお祖父様の認識では、あの魔法は光魔法らしい。
なぜか?
呪文の訳文で『光よ、』って言っているから。
その後、実際に魔法無効化の魔道具を使って、魔法の発動を見せてもらった。
お祖父様の言う通り、薄い光の靄が部屋を包み込んでいる様子は、確かに“光魔法”と言われる方が納得のいくものだった。
でも、あれは間違いなく闇魔法だと思うんだよねぇ……。