キョウの日常と暗雲
アズマ山での鵺討伐から一月ほどが過ぎた。
私達は、相変わらず倭国観光を楽しんでいる。
目的もなくキョウの都を散策したり、仲良くなった茶道具店のお婆ちゃんのところでお茶を頂いたり。
あと、数日足を伸ばして港街のサカイまで遊びに行ったりもした。
いや、勿論遊んでばっかりってわけでもなくて、タキリさんを中心とした倭国の職人さん達と共同で殺生石を使った魔道具の開発をしたり、雷撃魔法の研究をしたりもしている。
魔法王国や連邦では採掘されず、利用するとなれば完全に倭国からの輸入頼みになる殺生石。
そして、現状では倭国皇家の権威の象徴ともいえる雷撃魔法の研究と利用。
これらに関して改めて倭国帝とも話し合った結果、殺生石、雷撃魔法の研究開発については倭国との共同で行うということで、お互いの合意を得た。
独占するのは諦めるから、代わりに知っていることや分かったことがあったら教えてねってことだね。
早速キョウの都のアメリア商会支店とタキリさん研究チームの合同で、新たな研究所が建てられた。
そして今は、そこで新たに開発した製品の使い心地を現場の職人さんたちに確認中。
「いやあ、この道具は素晴らしいですなあ」
「ふむ、これなら細かな細工も全然問題ありません」
御神刀ではない魔法で造られた普通の刀の腹に、細工師の職人さんが龍の絵柄を魔法で彫り込んでいく。
ちなみに、今彫刻している職人さんと、この刀剣の本体を作った職人さんは違う人だ。
実はこれ、何気にすごいことだったりする。
この世界の製品って、ただの道具にしろ魔道具にしろ、基本的には一人の職人の手で最初から最後まで作られているものが殆どだったりする。
建物や船みたいに大型の物なら各パーツごとに複数の職人さんが作ってそれを組み立てたりはするけど、例えば今作っている刀みたいな場合、刀身を作る人とそれに彫刻を施す人が異なるなんて普通はあり得ない。
理由は簡単で、刀身に籠もった職人さんの魔力が、それ以外の人の魔力を弾いてしまうから。
金魔法や木魔法で加工した物にはその形を維持しようとする魔力が年単位で残るから、一旦魔法で加工した物に新たに魔法で修正を加えられるのは、元の職人さんだけってことになる。
そうでなければ、金魔法で相手の武器破壊とかも簡単にできちゃうしね。
そんな訳で、従来の刀の作り方だと、刀身を作る職人とそれに細工を加える職人を別にするなんて事は絶対に不可能だったんだよね。
でも、そうなると、問題が一つ。
重量のある武器本体を作るのも得意で、なおかつ細かな細工も得意な職人なんて殆どいないってこと。
大きくて頑丈な武器を作るためには多くの魔力が必要だから、一般的に武器職人さんの魔力量は多い。
逆にアクセサリーや小物の細工を専門にする細工師の職人さんの魔力量は概して少ない。
だから、魔力量重視の魔法王国だと、同じ職人でも武器職人の方が細工師よりも偉いみたいな価値観があったんだよね。
確かに魔力量が多い方がそれだけ一度に多くの材料を扱えるわけで、魔力量の多い武器職人なら一日三本は作れる剣も、魔力量の少ない細工師には一日一本が限界なんてこともおきてくる。
なら、やっぱり魔力量は多いに越したことはないのかっていうと、これがそうとも言えないんだよね。
単純で無骨な剣を作るだけならいい。
でも、そこに細かな細工や調整が必要になってくると、ちょっと話が変わってくる。
魔力量の多い人って、大抵細かな魔力操作が苦手だから。
大きな樽の水を小さなコップに注ぐのは至難の業で、それは魔力操作についても同じこと。
その辺りの課題をクリアするのに、セーバリア学園に来た当時のサラ様もかなり苦労していたよね。
つまり、細かな魔力操作、繊細な作業については、魔力量の少ない者の方が圧倒的に有利ってこと。
要は、どちらが良い悪いではなくて、向き不向きの問題で、適材適所が大切ってことだね。
その点倭国は流石は技術大国というべきか、単純な魔力量だけで職人の資質を測るようなことはなく、作業内容に関係なくしっかりと個々の技術が評価されるようにはなっているみたい。
とはいえ、個々の職人によって得意不得意がでてしまう事実は変わらない。
何とか協力できればいいんだけどね…
で、そんな望みを叶えるために今回作ったのが、今職人さんが使っている道具だったりする。
一見彫刻刀みたいな道具で、先端の形や大きさも様々。
材質も金属だったりゴムだったりで、その全てに含有量を調製した殺生石が仕込まれている。
どのくらいの量の殺生石を含ませれば、どの程度の魔力を打ち消せるか?
この辺のノウハウは鵺討伐戦での防具作りからの転用だ。
これらの道具を使って、刀身のうち細かな修正を加えたい部分の魔力のみを取り除く。
その上で、細工師が取り除いた部分の加工を行うってわけ。
これなら、刀身全体に十分な魔力を残した状態で、細かな細工や調整も可能になる。
これまでだと、ほんの一握りの匠にしかできなかった強靭かつ繊細な作品の制作も、作業を分散させることで可能な職人の層をかなり広げられると思う。
勿論それは、今職人さんたちが作っている武器だけではなくて、様々な道具、魔道具を作る際にも有効だ。
基本一つの物を全て一人で仕上げる必要のあった従来のやり方に、“分業”という方法が加わるのだ。
タキリさん曰く、これはちょっとした産業革命なんだって。
単純に作業効率も上がるし、できることも増えるしクオリティも上がる。
ちょっとした思いつきで作った作業工具だったんだけど、こちらの想定外の大ヒット商品になりそうだね。
早速商業ギルドに特許登録をして…
これは特許料もかなり期待できるかも!
そんなところにタイミングよく、キョウの都の商業ギルド長が訪れる。
あれ? この道具の件はまだ外部には漏らしてないはずだけど…
流石は商業ギルド。侮れないね。
「あら、ギルド長様。ちょうど良いところに。今ちょうど新しい商品の確認テストをしていたところで…」
「申し訳ございません、アメリア様。大変恐縮ですが、本国の連邦議長が至急アメリア様にご相談したいことがあると申しております。
不躾なお願いではございますが、可能であれば今から商業ギルドの通信室までご足労願えませんでしょうか?」
どうやら新商品開発の情報を嗅ぎつけてって訳でもないみたい。
そんなものは眼中に無いって様子のギルド長の雰囲気に…
これは本気で緊急事態みたい。
私達はギルド長に連れられて、慌てて通信室のあるキョウの駅構内にある商業ギルド支店に向かうのだった。




