雷撃魔法
待っていてもらう間に3人には神殿の他の部屋の確認をお願いして、私は一人奥の間へ。
他所の神殿だと、呪文を覚えにきた参拝者などもよく見かけるけど…
勿論ここには、誰もいない。
ただ中央に魔法の刻まれた石板が設置されているだけの奥の間は…
まぁ、他所の神殿と同じだね。
タケミさんから聞いていた通り、この神殿そのものに特にトラップとか試練的なものはないみたい。
私は中央の台座に近づくと、その上に置かれた神代の文字の書かれた石板にざっと目を通す。
さて、雷撃魔法はどれかな?
幾つか書かれた呪文の一番最後。
そこに見慣れない一文を発見する。
多分、これかな。
Управляйте электричеством в соответствии с изображением.
私は腰のポーチから愛用の手帳(オリジナル魔導書)を取り出し、石板の文字と照らし合わせていく。
うん、これで間違いない。
確かにこれがお目当ての雷撃魔法だ。
大体意味は分かる。
どうやらこの魔法、電気を術者のイメージ通りに操作する魔法みたい。
想像はしていたけど… これ、かなり自由度が高い。
タケミさんはこの魔法を“雷撃魔法”と呼び、鵺のような雷撃を飛ばす魔法だと言っていたけど。
それって単に、タケミさんが、否、“電気”を知らないこの世界の人達が、雨の日の雷や鵺が放つ電撃以外の“電気”をイメージできないだけなんじゃないかなぁ…
この魔法、使い方次第ではもっと色々なことができると思うんだよね。
電球は、、光魔法があるから需要は無いかもだけど、電気モーターとかはすぐに作れそうだよね。
魔動エンジンはどうしても小型化に限界があるけど、電気モーターならいけそうだし…
火魔法を使うよりも安全な暖房器具とかも作れそう。
今は全然想像できないけど、いつか前世で使っていたパソコンみたいなものだって作れちゃうかもしれない。
夢が広がるね!
綴りに間違いないかをよ〜く確認しながら、石板の呪文を手帳に書き写していく。
そして、再度確認。
うん、間違いない。
「Управляйте электричеством в соответствии с изображением.」
私が石板ではなく、自分の手帳の方に書き写した雷撃魔法の呪文を唱えると、目の前にバチバチと音をたてる蒼い光球が現れる。
問題無さそうだね。
石板の文字に一度も触れたことがない状態でも、正確な発音さえできればしっかり魔法は発動する。
今までの他の呪文と一緒だ。
その後、念の為石板の方のネイティブの発音?も確認し、私は呪文の石板が安置された奥の間を後にした。
「どうでした?」
「うん、こっちは問題なし。そっちはどう?」
「はい、タケミ様から伺っていたもの以外に、特にめぼしいものは…」
「じゃあ、もう帰ろうか。
まだ日暮れまでにはだいぶ時間もあるし、特にすることもないしね」
本来なら、最低でも数日、場合によっては数十日はここに滞在することになるらしい。
そのための設備。簡易な寝具や長期保存のきく食料なども神殿にはある程度用意されている。
これは、別にここを管理する神官が用意したとかではなくて…
そもそも、この神殿を管理する神官なんていないからね。
この神殿に用意されている備品は、“試練”でやって来た王族とか、増えすぎた鵺を間引くためにやってきた討伐隊とかが置いていったもの。
あれだ。旅先のゲストハウスとか山小屋とかで、訪れた旅人がご自由にお使い下さいって不要になった道具やガイドブックとかを置いていくような…
まぁ、この山で呪文を覚えるにしろ討伐を行うにしろ、この神殿は敵地における安全地帯となる。
基本長期滞在することになるから、来る時にはそれなりの物資を運び込むことになるし、余れば今後のことを考えて、それを残していくことになる。
それらの物資が、この神殿には保管されているわけだね。
タケミさんの時にもここに十数日は滞在したそうで、ここでタケミさんが雷撃魔法の呪文修得に励んでいる間、お供の護衛の皆さんの一部はここに来るまでに負った傷の回復に努め、無事だった者は周囲の鵺討伐に勤しんでいたとか。
タケミさんが試練を受けてからまだ5年ほどしか経っていないから、その時に残してきた物の殆どは無事で、必要な物は自由に使っていいと言われているんだけどね。
普通なら多くの被害を出しつつまる一日かかる登山も午前中には終わってしまったし、こちらには目立った被害も無い。
呪文の修得も一刻ほどで終わってしまったし、ラスボス討伐も終わった今なら、帰りは往路の半分ほどの時間で着いちゃうんじゃないかな。
今から出れば余裕で日帰りできるだろう。
神殿も外観を除けば特に目立ったところもないし、特に風光明媚ってわけでもないしね。
それよりも、さっさと下山して覚えた雷撃魔法の研究をしたい!
私達は簡単に手持ちの装備の確認をすると、足早に帰りの途に就くのだった。