夢の王国 〜キルケ&某貴族視点〜
(キルケ視点)
クボーストの街の中心に聳え立つ歴史ある建物。
街を見渡す高さの建築群と、それを囲む城壁。
かつてのルーガ王国の王城。
その大半が今や官公庁として一般に開放されている…
(高々一都市の代官が、王都の王宮にも匹敵する城に住んでは外聞が悪いからですって!?)
この街に住むモーシェブニ王家に与する貴族たちを排除した私は、この城を正当な持ち主の手に戻すところから始めることにした。
今この城は、かつての王城としての機能を完全に取り戻している。
王城を囲む城壁にはダルーガ伯爵から購入した大砲が並び、王城を守る兵士が一般人を王の敷地に立ち入らせることはない。
王城の私のお気に入りの一室からは、クボーストの町並みと、その遥か先をも見渡すことができる。
200年前には、王の執務室として使われていた部屋だ。
執務机に書棚、応接セット…
機能的でありながら格調高いそれらの家具は、200年の時を経た今にあっても、その美しさを少しも損なってはいない。
この一代官が使うには高級過ぎる内装と、何より城内で最も高い位置にあることによる不便さから、この部屋は永らく放置されてきた。
幼い私が偶然この部屋を発見し、書棚に並べられた本からかつてのルーガ王国のきらびやかな繁栄を知った時、私がするべきことは決まった。
ルーガ王国の再興。
それにもう少しで手が届く…
そんな私の前に、突如あの女が現れた。
ソフィア侯爵令嬢。
恐れ多くも王族たる我が一族を見下す、あの愚かな男の娘だ。
「キルケ様、街の住民たちの不満は最早抑えきれません!
早々に街門を開きソフィア侯爵を受け入れろと、街の平民どもが門に押しかけています。
どこから聞き及んだのか、キルケ様が他の街に対してなさったことと、ソフィア侯爵が他の街を開放した話も伝わっておるようで…
街門を守る兵の中にも裏切り者が出ている情況です」
(薄汚い街…)
窓から見下ろすクボーストの街並みを見て思う。
かつての王国の美しい街並みなど、どこにも見られない…
この200年の間に、かつての美しかったクボーストの街並みはすっかり変わってしまった。
無計画でその場任せの改築増築が繰り返された結果、城壁に囲まれたこの王城を除くクボーストの景観は、すっかり様変わりしてしまった…
誇り高かったルーガ王国の民はその誇りを忘れ、今ではかつての栄光を思い出しもしない…
「街門を開けなさい。
ソフィア侯爵の一行を街に招き入れます」
私の言葉に一瞬安堵の表情を浮かべるこの男も、ルーガ王国貴族の血を引く者のはず…
それなのに…
急ぎ街門に向かう男の背を眺めながら、私はダルーガ伯爵より借り受けている部屋の隅に控える傭兵に命を下す。
「城壁の大砲を全て下街に向けなさい。
ソフィア侯爵の軍が街に入ってきたら、下街諸共あの女を始末するのです」
あの無秩序に入り組んだ下街に引き入れてしまえば、思うように軍の指揮などできはしない。
逃げ惑う平民共や、崩れ落ちる不細工な建物も、きっとあの女の邪魔をしてくれるでしょう。
あの女の軍を始末したら、瓦礫を撤去して改めて美しい街並みに作り直せばいい。
慌ただしく動き出す街門の様子を眺めながら、美しく生まれ変わるクボーストの街並みに思いを馳せた。
(ルーガ王国貴族の血を引く男)
「街門を開けなさい。
ソフィア侯爵の一行を街に招き入れます」
キルケ様の言葉に、ほっとしている自分がいる。
この言葉は、事実上の敗北宣言。
キルケ様によるルーガ王国再興の失敗を表すというのに…
『魔法王国による不当な支配を脱し、かつての栄光を取り戻すのです!』
私の先祖がこの地で滅んだルーガ王国の貴族であり、その頃の我が家は今ほど困窮してはいなかった。
その話は子供の頃から聞かされており、今は魔力量のせいで下級貴族に甘んじてはいても、本来の自分はもっと上の存在のはず…
そんな風に心のどこかで考えていた私にとって、キルケ様の言葉は天啓にも等しく聞こえたものだ。
折り悪く、セーバの街の台頭でザパド領の経済が傾き、その影響をクボーストがもろに受けたことも大きかったと思う。
『かつて私達の先祖は魔法王国のせいで国を失った! そして今、無能な領主のせいで苦難を強いられている!』
彼女の声は耳に心地よく、今の現状に不満を抱えるクボーストの貴族達の心に響いた。
クボーストの貴族をいち早く掌握したキルケ様は、ダルーガ伯爵の協力もあって、次々にザパド領内の他の都市も掌握していった。
その手腕は正に女王を彷彿とさせるもので、私のような比較的歳の若い貴族は特に、彼女の持つカリスマ性に心酔していった。
だが、追い詰められたこの情況で、改めて思う。
キルケ様は一体、何をしたのだろうかと?
街を封鎖し、民を苦しめ、逆らう貴族を薬漬けにする…
それがキルケ様の言う、誇り高き亡国の姫の行いなのだろうか?
今キルケ様は、ソフィア侯爵の軍を受け入れる決断をされた。
だが、それも、決して飢える民の事を思っての決断ではあるまい。
彼女の夢見る王国に、この国の民はいない。
私も、存在してはいないのだろう…
彼女にとっては、今目に映る全てが夢で、頭の中に作り上げた理想の王国だけが現実なのだから…
つまるところ、私は従うべき主を間違えたのだ。
年甲斐もなく少女の夢に踊らされ、目の前の現実から目を背けた。
その結果がこれだ。
ソフィア侯爵を受け入れた後には、今回のあれこれに関する責任追及が待っている。
私はクボーストの貴族として、街の代官であるキルケ様に従っただけ…
そんな言い訳は通用しないだろうが…
それでも、このまま籠城を続けても先は見えている。
ここは、ソフィア侯爵に恭順を示し、その温情に縋る他あるまい。
少しでもソフィア侯爵の心証が良くなるよう、こちらから進んで門を開放したという姿勢を見せる必要がある。
いつまでも夢を見ている訳にはいかないのだ。




