老人を労れ! 〜連邦最高議長視点〜
(連邦最高議長視点)
深夜の執務室。
一向に減る気配を見せない書類の山に、思わず溜息が出る…
(わしを殺す気か!?)
この一年、わしは本当によく働いたと思う。
アメリア公爵から持ち込まれた大陸横断鉄道計画。
着工から僅か一月足らずで完成した鉄道だが、当然その下準備はずっと以前から行われていた。
いや、それでも、あれだけの短期間で本当に完成させてしまったセーバの職人たちには唖然とさせられたが…
ともあれ、鉄道を引くためには、地元住民との交渉、用地の確保、整地と、工事着工前にやっておくべきことは山ほどあった。
おまけに、今回の事業は連邦だけの話ではない。
国境を跨ぐ世界初の国際列車に対して、その扱いをどうするかという話も必要不可欠だ。
幸い、倭国側もこの計画には協力的なため、交渉自体は非常にスムーズに進んだと言える。
それでも、列車で国境を越えて来る乗客や荷の管理をどうするかといった現場レベルでの取り決めから、それに伴う法整備まで…
倭国側と話し合っておくべき課題はいくらでもあり…
しかもそれを、ダルーガ伯爵に気付かれないよう隠密に行うなどと、正気の沙汰ではない!
周囲に広く意見を求めることもできず、動かせる人材も限られる…
結果、わし個人にのしかかる仕事量は半端なく…
そういう意味では、アメリア公爵が派遣してくれた者達には非常に助けられた。
彼らの知識は鉄道運営のみに留まらず、鉄道を使った他国との交易全般に渡る様々なアドバイスをもらうことができた。
今までは国境で全て行っていた通関手続きを、駅舎のある街の商業ギルドで分散して行い、荷物の列車への積み込みから積み下ろしまでを商業ギルドで一括管理する方式を作り出した。
これにより、列車は一々国境で待たされることなく、二国間をスムーズに移動できるようになる。
今後この方式は、列車だけでなく従来の馬車での輸送にも取り入れていく予定だ。
事前に必要な通関手続きを済ませることで、国境での長い待ち時間は解消され、両国間の交易はより活発になるだろう。
何より、必要な通関手続きを商業ギルドが代行することによって、倭国においても商業ギルドの立場はより盤石なものとなる。
今までは商業ギルドを利用する必要性を感じていなかった中小の行商人なども、今後は商業ギルドを利用する機会が増えてくるだろう。
国際列車が走る倭国、魔法王国でこの方式が定着すれば、他国ではとかく軽く見られがちな商業ギルドの地位も一気に向上するはずだ。
連邦を横断する大陸横断鉄道に対して、半ばアメリア公爵の治外法権を認める…
本来であれば、決して認められるものではない!
だが、通信、銀行業に加えて、今回商業ギルドの仕事として新たに加わる通関業務…
これだけの利をもたらした以上、国内外の全ての商業ギルドは全てアメリア公爵の味方と言ってもいい。
そして、連邦最高議会のメンバーの大半も…
1週間ほど前、鉄道開通を目前に控えたわしの元に、傭兵ギルドを通してアメリア公爵が密かに送りつけてきた荷物…
それは、複数の魔道具と議会メンバーのリスト。
『このリストの方々は、ダルーガ伯爵の薬によって身動きが取れなくなっています。お送りした魔道具を使えば簡単に解毒できますので、今後の交渉にお役立て下さい』
未だ実態を把握しきれていないダルーガ伯爵の薬の詳細と、その解毒手段、汚染されている者のリスト…
これらの情報を元に、今回式典と議会出席のためにラージタニーを訪れた議会メンバーたちと、分刻みの極秘面談を繰り返した…
…
………
……………
『このような場を用意されても我が領の考えは変わらん。
議長の鉄道計画には賛同できん。
…悪いが、私にとって、ダルーガ伯爵との取引は何よりも重要なのだ…』
『あぁ、すまん。そういうのは無しだ。
ここ数日、これと同じような会話を散々していてな…
この話をするのも今日で3度目だ…
それだけ議会メンバーの中におぬしと同じ問題を抱えている者が多くいた、ということだが…
正直なところ、わしもうんざりしておるのだ…
面倒だから結論を言うぞ。おぬしとおぬしの家族を苦しめているダルーガ伯爵の薬はすぐに解毒できる。
それを可能とする魔道具を預かっておってな。
今回のわしとアメリア公爵の計画に賛同し、ダルーガ伯爵の追い落としに協力してもらえるなら、解毒の魔道具は無償で提供しよう』
……………
………
…
この1年、それなりに忙しい日々を過ごしてきたわしだが…
この1週間ほどの忙しさは筆舌に尽くし難い…
最高議会メンバーが薬で縛られ傀儡と化していたなど、本来であれば大スキャンダルだ。
扱いを誤れば、国の信用を失う大事件にも発展しかねない事態なのだ。
故に、その対応には議会メンバーごとに個別の対応が求められ、結果わしの睡眠時間はガリガリと削られることとなった。
後半、わしの対応が多少雑になったとしても、それは仕方のないことであろう…
ともあれ、ここ数日の間に、ビャバール商業連邦における権力図は完全に書き換えられた。
その中心にいるのは、連邦議長たるわし、、ではない。
『アメリア公爵様には感謝の言葉もない!
私と、私の家族を救っていただいた御恩は決して忘れん。
アメリア公爵様の鉄道計画には協力は惜しまないと、よろしくお伝え下さい』
そんな言葉をここ数日、わしは何度も受け取った…
今や、このビャバール商業連邦で最も発言力のある人間はわしではないし、勿論ダルーガ伯爵でもない。
それは、アメリア公爵。
感謝、心酔、畏怖…
あの娘に対する感情は様々だが、少なくとも今の連邦にあの娘を敵に回そうなどと考える者はおるまい。
ダルーガ伯爵とザパド領の一件が完全に片付けば、アメリア公爵の大陸横断鉄道計画は一気に進むことになろう。
一年前にこの計画を聞かされた時には、正直実現には半信半疑だったが…
人の迷惑も顧みず猛烈な勢いで周囲を振り回し、自分の望む結果を掴み取る…
そのくせ、それ以上の利を提供されるから、迷惑をかけられた者は文句も言えん!
(本当に、よく似ている…)
「旦那様、傭兵ギルドより伝言です。
軟禁中のダルーガ伯爵が屋敷を抜け出したとのこと… 計画は順調だそうです」
やり方に問題はあれど、研究者としても商人としても優秀な男ではあったのだが…
ここで心を入れ替えれば、まだ再起の道も無くはなかっただろうに…
傭兵ギルド総帥からの知らせに、今後のダルーガ伯爵の行く末を思い、わしは深く溜息をついた。