お手伝い
「お父様、こちらの資料はこれでいいですか?」
手渡された資料を確認して頷くお父様。
「うん、ありがとう。全然問題ない。
アメリアが私の仕事を手伝ってくれて、本当に大助かりだよ。
今まで溜まっていた書類がどんどん片付いていくからね」
お父様は本当にうれしそうだ。
私は最近自宅でお父様の書類仕事を手伝うことが増えた。
最初はお父様の書斎にある魔法関係の資料を見せてもらうために、この部屋を訪れていたんだけどね。
目当ての資料を探す中で他の書類もついでに整理したりしていたら、いつの間にかお父様の秘書のようなことをやらされていた。
「王宮の官吏などお話にならないくらいだ。
ベラドンナ……王妃殿下も感心していたよ。
アリッサとは大違いだってね。
きっとアメリアのその才能は、父親の私に似たのだろうと言ってね。……云々」
何やら色々と言っているけど、本当にお父様はうれしそうだ。
「あのぉ、お母様は書類仕事が苦手なのですか?
よく本を読んでいるし、お仕事の書類を読んでいることもあるから、得意なんだと思っていました」
「う~ん、アリッサは所謂天才肌というか……。
例えば、複数の人間の資料を渡して、この中でこの仕事を頼むとしたら誰が適任か?と聞けば、彼女は間違いなく最適な人材を選び出す。
でも、理由を聞いても答えられない。
『そんなの、資料を見れば分かる』で終わってしまう。
優秀ではあるんだけど、こういった仕事には向いていないんだよ」
苦笑するお父様を見て、非常に共感するものがあった。
ああ、いたね、昔私が教えた生徒の中にも。
答えは合っているのに式がなくて、どうやって答えを出したのかと聞いても、ただ「何となく」って答えるだけ。
よくよく聞けば、よくそんな方法を思い付いたと感心してしまう方法だったりするんだけど、その方法は出題者側が期待している求め方ではなくて……。
なまじその問題に限定するなら効率の良い方法で、答えも正しいものだから、頭から否定もできずに苦笑してしまった経験がある。
お母様はあのタイプかぁ……。
うん、こういう仕事には向かないね。
納得しつつ次に頼まれた仕事の資料を見て、私は愕然とした。
それは、我が国の騎士や軍属の貴族が行った演習の詳細な報告書だった。
なんでも、王都で働く貴族や騎士、兵士達の能力査定を行うための資料だとか……。
貴族の誰々がどの位の距離の的にどの位の精度で魔法を命中させたかとか、騎士の誰々の魔法攻撃でどの位の大きさの岩が破壊されたとか、兵士の誰々の魔法は威力は弱いものの魔法の発動は一番速かったとか……。
報告書というより、これ日記?、作文?って感じのものだったけど、(書式くらい作っとけよ)、問題はその内容だ。
これって、完璧に軍の機密データだよね?
ミリタリー系はあまり詳しくない私でもわかる。
魔法の有効射程距離、命中率、威力、魔法の発動時間、主要戦力、演習参加者の個人名や人数、etc.。
こんなのが他国に流出したらと考えると、ぞっとする。
ゲームでも、ボスのHPやMP、攻撃手段や攻撃力なんかが分かっていれば、攻略はかなり楽だったからね。
こんなもの、4歳の子供に触らせていいのか?
これ、社員の能力査定の資料なんかじゃないから!
最近、お父様の仕事を手伝うようになって、改めて感じることがある。
この国は平和だ……。
超平和ボケだ!
過去200年、この国では全く戦争がなかった。
国境を接するソルン帝国とは若干の緊張状態にはあるようだけど、それ以外は国内外共に至って平和。
おまけに、魔力の多い者が他国と比べて圧倒的に多いこともあり、この国の軍事力、特にその火力は4ヶ国間で断トツだ。
その上、魔力を溜めることのできる魔石もこの国の独占市場。
まあ、魔石は充電池みたいなものだから、一旦普及してしまえば、後はそれほど数が必要になるものでもないんだけどね。
とにかく、この国に喧嘩を売るような馬鹿はまずいないだろう。
幸いなのは、この国の人間は選民意識は強いものの、他国に関してはかなり無関心だということ。
この国は、完全に自給自足が可能な国だから。
実際、世界を恐怖の淵に叩き込み、世界の枠組みを大きく変えるきっかけとなった200年前の大規模疫病被害。
その後の混乱期。
世に言う“大災厄”と、その後の“暗黒期”。
この国は世界中が大きく変わっていったこの時期に、いち早く国境を壁で閉ざし、100年間の鎖国を宣言したのだ。
神聖ソラン王国はソルン帝国に変わった。
それまでバラバラに点在していた小国は一致団結し、新たにビャバール商業連邦が誕生。
それまで神の末裔として君臨していた倭国の皇族は、その秘匿魔法を公開して人間宣言を行い、王制民主国家への道を歩み出した。
そういう世界規模での大変革の時期、この国は自国に引き込もって嵐が去るのを待っていたのだ。
それが英断だったのか愚策だったのかは分からないけど、そんな歴史や今の現状もあって、この国の国民は良くも悪くも他国に対して無関心だ。
何かあればまた鎖国すればいいくらいに考えている節があるし、我が国を脅かすものなど何も存在しないと本気で考えている。
当然、他国に対する危機意識などある訳がない。
あるのは、他の貴族に対する危機意識だけだ。
「お父様、このような資料、本当に私なんかに見せてもいいのですか?」
「うん、それは軍の資料といってもただの人事査定用の資料だからね。
別に軍の正式資料という訳ではないから問題ないよ」
問題大有りでしょ!
王宮ではやり手と言われている(らしい)お父様にしてこの体たらくなのだから、他の貴族など推して知るべしだ。
この国は本当に大丈夫だろうか?
私は手早く渡された資料をまとめ、その資料から推測できる王都駐留軍の戦力を、その場でお父様に読み上げていった。
兵数。
貴族、騎士、兵士の割合。
攻撃可能な有効射程。
威力。
…………
…………
…………
私の声を聞きながら、だんだんと顔色が蒼くなっていくお父様。
4歳の幼女に、今王都の主戦力が丸裸にされているのだ。
顔色も悪くなるだろう。
「アメリアの言う通りだね。
これは粗雑に扱ってよい資料ではなかったよ」
そう言って私の手から資料を受け取るお父様。
「これを手離すのか……」
何やら呟いたお父様は、改めて私に向き直る。
「アメリア、今日の午後は、一緒にお茶でもいただこうか」
「お茶室で、ですか?」
「うん、今日は私がアメリアに一服ごちそうしよう」
そう言うと、お父様はまた自分の仕事に戻っていった。