作戦開始
「ええ、そう。ザパド領の現状を憂いたソフィア侯爵が、留学先のアメリア公爵の協力で物資の支援を行っていると。そういう情報を流して…」
ここは、王都のアメリア商会内に設置されたザパド領奪還作戦本部。
決して狭くはない作戦会議室には、多くのスタッフが出入りしている。
作戦は既に調査段階から実行段階に進んでいるからね。
会議室の大テーブルに広げられたザパド領の地図には、ザパド領の今の状況が正確に描き出されている。
各街の封鎖状況。
領主や代官、主だった貴族の現状。
敵兵力の分布や商隊の移動ルート…等々。
ほんの一年足らずでよくもこれだけ調べてくれたってくらいに、多くの情報が書き込まれている。
ちなみに、地図単体で見ても、この地図の精度は群を抜いている。
元々地図好きの私の拘りもあって、今のセーバの街の測量技術と測量の魔道具はかなりのものだ。
このザパド領の地図を初めて見た王妃様は、珍しく興奮していた。
王妃様は軍閥の人だからね。
戦争における地図の重要性というものを、よく理解しているから…
ザパド領の件が片付いたら、王都とボストク周辺だけでも地図作成を頼めないかと、本気でお願いされたよ…
ともあれ、ザパド領の現状はよ〜く理解できた。
基本的に街は封鎖され、許可の無い者は勝手に移動できないようになっている。
魔物や盗賊が急増しており危険だ、ということらしい。
勝手に出て行った者、強引に領主の許可を取り付けて街やザパド領からの脱出を試みた者は、みな途中で拉致または殺害されている。
他領に移ると出て行った者が音信不通になっても、この世界では確認のしようもないからね。
出て行った者の消息など、誰にも分からない。
途中で魔物や盗賊に襲われたのだろうとか、どこかで元気に暮らしているのだろうとか言われてしまえばそれまでだ。
領主の娘で大貴族のソフィアさんですら、ザパド領に帰った知人と連絡が取れなくなっても、平民相手なら珍しくはないと言っていた。
主に税の取り立てのために、その地を治める領主や代官は一応自分の管轄の民の管理はしているみたいだけど、そんなの超アバウトだからね。
魔力量の多い、つまり、税の高い高額納税者ならともかく、魔力量がわずかの平民など、一々管理するほうが余程お金がかかる。
家族単位、村単位、下手をすると町単位で、決められた額の税が納められていれば、平民が一人消えたとか増えたとか、そんなものは関知されないわけで…
戸籍も住民票もないこの世界で、わざわざ個々を特定して住民の管理をしているのなんて、セーバくらいのものだ。
で、現状のザパド領だけど、主だった街の周囲には、街の住民に気付かれない距離で包囲網が形成されている。
同様に、主要な街道にも盗賊に偽装した巡回の兵がいて、主にザパド領外に出ようとする者を始末している。
元々商業で栄えていたザパド領の主な収入源の一つが、街の出入り、領の出入りにかけられる通行税だ。
それを如何に漏れなく確実に取るかは重要で、それ故にザパド領内の人の移動に関する監視網はよく整備されていた。
今回、ザパド領の人流の抑制、情報封鎖が思いの外うまくいったのも、これが大きかったんだろうね。
中に入るのは比較的楽だけど、一旦入って来たものは決して逃さない。
人も、情報もだ。
そんな鉄壁の情報封鎖だけど、うちの諜報員たちには関係無いらしい。
特に、無線式の通信魔道具、“携帯”が開発された後は、一気に情報収集が捗ったという。
そりゃあねぇ、一旦侵入した諜報員が外に出ることなく、手紙も何も使わずに外部との情報の受け渡しができるんだから、街門や街道の封鎖とかしても意味無いよね。
おまけに、絶対に気付かれない街道や街から離れた場所に複数の監視拠点を作って、“望遠鏡”を使って敵の動きを監視しているのだ。
そして、それほどの時間を空けることもなく、それらの情報は通信の魔道具を使って王都の作戦本部に届けられてくる。
特定の波長の魔力を増幅する“中継器”の魔道具の開発、設置で、今では“携帯”の通話圏内はザパド領全域に達する。
この王都の作戦本部にいながら、ザパド領内の動きは全て把握できるってわけ。
そして今、本物の盗賊に扮した複数の部隊が、街道を固める偽盗賊団を壊滅させていっている。
『よし! 33班、34班はそのまま北上。敵を視認次第戦闘開始。
逃げた敵は無理に追わなくてもいい。北側の班に任せろ。
37班、38班はその場で待機。敵が逃げてきたら殲滅しろ。
31班は攻撃には参加せずに情報収集に徹すること。
万が一、敵が街道を外れて森の中に逃げ込んだ場合の対処は、32班、39班に任せる』
肉眼では視認できない、遠く離れた監視塔からの指示で、各班が動き出す。
その状況は、同時に王都の本部にも伝えられてくる。
「みんな、うまくやっているみたいね」
「はい、アメリア様。今回の作戦参加者は学院ランキング上位の者たちですし、こちらでもそれなりの指導はいたしました。
人数もこちらの方が多いですし、その辺の騎士爵程度に後れを取ることはありません」
「そうね。でも、これはあくまでも学院の実習の一環って扱いだから、安全マージンはしっかり取ってね」
「はい、畏まりました」
そう、今ザパド領内の街道を封鎖している敵部隊を狩りまくっているのは、魔法学院の生徒たちだったりする。
情報収集や現場指揮といった高度な状況判断が必要な部分は、セーバの本職に任せているけど、実際の戦闘は魔法学院の生徒が担当している。
主な参加者は、もうすぐ学院を卒業することになる3年生と、闘技大会の代わりに行った班単位でのランキング戦で上位の成績を収めた1,2年生、聴講生の生徒たちだ。
ちなみに、3年生については、このザパド領奪還作戦が本年度の通過儀礼になる。
いや、流石にザパド領全域の動きをカバーするとなると、かなりの人数が必要だからね。
雇った傭兵にタキリさんのところの人員を加えても、全然人数が足りない。
で、その辺の不足を埋め合わせる目的もあって急遽導入されたのが、聴講生制度と班単位での学内ランキング戦だったりする。
正直、学徒動員みたいな真似はどうかなってのもあったんだけどね…
でも、そこは王妃様にもきっぱりと否定された。
モーシェブニ魔法学院が国費で賄われているのは、国を守る“貴族”を育てるため。
どんなかたちであれ、魔法学院に入学してきた以上、国のために戦うのは当然の義務だって。
まぁ、そうなんだろうね。
もっとも、だからといってみすみす生徒たちを危険に晒す必要もないからね。
生きるか死ぬかの戦いなんてさせるつもりはない。
戦争はギャンブルじゃないからね。
綿密に情報収集して、
きっちり対策を立てて、
大人数で少人数を囲い込む。
相手の情報を遮断し、
分散した敵を狙って各個撃破し、
知らぬ間に数を削っていく。
さて、包囲してたつもりが包囲されていたことに気付くのは、いつかなぁ?