これって、例の病ですか?
魔法の勉強を始めて1年近くが過ぎ、呪文の解析作業が一通り終わった。
まだ全然意味が分かっていない単語も結構あるけど、それでも全体の7割程度は意味の見当がついた。
最初は難航しまくった解析作業だったが、お父様から神殿にあった創世神話の書かれた壁の原文と、その訳の写しを見せてもらえたのが大きかった。
これは呪文や魔法とは直接関係ないため魔法大全には載っていなかったのだが、研究資料の一つとしてお父様が写しを持っていたのだ。
創世神話の方は呪文と比べて大袈裟な意訳も少なくて、比較的原文に忠実な訳だったのが幸いした。
改めて確認してみると、あの呪文の訳は本当に!、本当に!!、意訳が多いのだ。
殆ど原文無視で、「こんな内容の呪文でこんな効果があるのなら、こういう表現の方がカッコいいよね」というノリで、訳が作られているものがかなりあった。
もう絵本や、映画の字幕のレベルだ。
前世で絵本の原書と日本語版の話を読み比べた時、洋画の中のカッコいい名台詞とオリジナルの台詞を比較した時、「全然違うじゃん!」とショックを受けたことがあったけどね。
そのレベルで、この世界の呪文とその呪文の訳は違っていた。
場合によっては、訳文の方がオリジナルの本来の意味を歪めてしまうくらいにひどかった。
お母様が以前見せてくれた火の鳥の魔法。
あれって、実は“炎槍”の魔法だったのだ。
詳しくお母様に聞いたら教えてくれた。
炎槍で作り出す槍の形が人それぞれで違うから、だったら鳥の形をした槍?でも問題無いだろうと思って呪文を唱えたら、本当に鳥の形になったそうだ。
他の人たちは、槍が鳥とか言われてもうまくイメージできないし、挙げ句の果てには元々の槍の形まで崩れてきてしまうし、おまけに威力はただのファイアボールと変わらないことが発覚したため、誰もお母様の真似をしようとは考えなくなったんだって。
でも、その話を聞いて確信した。
“炎槍”は炎を槍の形にして飛ばす魔法じゃない。
あれは、炎を自分の好きな形にして飛ばす魔法だ。
確かに炎の熱を一点に集中させる攻撃魔法と考えれば、始めから槍の形にイメージさせるのは理にかなっていたのかもしれないけどね。
あの伝えられた訳でみな魔法のイメージを掴むものだから、全員があの魔法は槍の形の炎を作り出す魔法だと信じこんでしまっている。
そういう元々の呪文に対する間違った解釈は、実はかなり多いのではないかと思うんだよね。
その辺りは今後実験を繰り返しながら確認していくしかないと思うんだけど……。
一つだけ、確信したことがある。
この呪文の訳を考えた奴、絶対に例の病の罹患者だ。
呪文を教えた神様がこんな間違った訳を教える訳がないから、恐らく犯人は大昔の神官か権力者か……。
とにかく、最初にこの呪文を神様から授けられた人間辺りだろう。
きっと凄い威力の呪文とか授けられて、「俺ってスゲー」みたいな万能感で、例の病を拗らせてしまったのだと思う。
全く迷惑な話だ。
きっと、呪文に自分の主観たっぷりの恥ずかしい訳をつけてしまった彼も、今頃は草葉の陰で己の黒歴史に身悶えていることだろう。
ともあれ、これで今私にできる研究は一通り終わった感じで、後は実際に呪文を使って実験してみるなり、新しい資料を何処かで入手するなりしてみるしかないと思う。
魔法の実験は5歳になるまでできないし、(5歳になってもできるか分からないけど)、後はお父様の持っている資料を当たるくらいしかすることはないかなぁ……。