美味し過ぎる料理
野営道具店を出て宿に戻った時には、辺りはすっかり暗くなっていた。
「おかえりなさい」
宿の女将さんに出迎えられた私達は、そのままカフェスペースに移動。
夕食を頂くことにする。
他の泊まり客はみな食事を終えたようで、テーブルに座っているのは私達だけだ。
明日の朝早いお客さんはもう部屋に戻っているし、飲んで騒ぎたいお客さんは表通りの酒場へ繰り出している。
基本夜は静かに休みたいというお客さんをターゲットにしたこの宿で、この時間に騒ぐような客はいないそうだ。
夫婦二人でひっそりと営むこの宿は、よく言えば落ち着いていて、悪く言えば寂れている……。
本日のお薦めメニューを注文すると、まもなく両手に魚料理を載せた皿を持って、奥の厨房から女将さんが現れる。
「はい、お待ちどう!」
ゴトっと音を立てて置かれた料理の皿は陶器製。
この辺りは陶磁器の生産地である倭国に近いこともあり、ちょっと高級志向の店だと陶磁器の食器なんかも使われていたりする。
魔法王国だと、魔法で簡単に作れる木製や金属製、素焼の食器が多いけど、元日本人としては、やっぱり食器は陶器の方がしっくりくるよね。
メインのお魚のムニエルにはバターや香辛料、ハーブがたっぷりと使われていて、そのまま貴族の食卓にも出せそうな感じで……。
お昼に入った食堂より全然おいしい。
なんでも、厨房担当の旦那さんは、女将さんと結婚して宿屋を始めるまでは、高級料理店の厨房で働いていたそうで、料理人としての腕は相当なものなんだって。
その旦那さんと女将さんは、所謂幼馴染。
女将さんの両親は元々表通りの方で宿屋をやっていたんだけど、女将さんの結婚を機に、その宿屋を売って、田舎の方に引っ込んじゃったんだって。
「なんで表通りの宿屋を売って、わざわざこちらの方に?
どうせ宿屋をやるなら、そのままご両親の宿屋を継げばよかったのでは?」
他にお客さんのいないカフェで、食後に淹れてもらったカフェラテを飲みながら、女将さんとそんな話をする。
「まぁ、そうなんだけど……。
わたし、昔から“カフェ”に憧れてたのよ。
うちの周りはガラの悪い冒険者とかばっか集まる酒場ばかりだったし……。
毎晩夜中まで騒いでるし、下品だし!
料理だって口に入れば何でもいいって感じで……。
人が折角作った料理をテキトーに喰い散らかされるのとか見るとね……。
なんか、あんなに頑張って修行したのに、勿体無いなって思ったのよ」
旦那さんのいる厨房の方を見て、少し照れた様子で微笑う女将さん。
でも、その笑顔に力は無くて……。
「なにか、心配事でも?」
何となく予想はつくけど、とりあえず聞いてみると……。
「……うん、見て分かると思うけど……。
お客がねぇ……」
私達以外にお客さんのいない店内。
確かに静かでいいんだけど……。
「カフェの方、上手くいってないんですか?」
「は〜〜〜」
私の言葉を認めるように、無人のカウンターで深い溜め息を漏らす女将さん。
「何がいけないんだろう……?
宿泊したお客さんは皆旦那の料理を褒めてくれるし、宿の評判は悪くないのよ。
でも、カフェ単独でのお客さんは来ないのよねぇ……。
料理は美味しいはずだし、頑張ってえすぷれっそましーんの魔道具も入れたのに!」
宿泊客のリピーターはそこそこあるそうで、今すぐ経営が立ち行かなくなるってほどでもないそうだけど……。
おしゃれなカフェで、旦那さんの作る美味しい料理を、落ち着いた雰囲気で味わってもらいたい……。
そんな風に夢見ていた女将さんとしては、宿泊客が朝晩の食事をするだけの今のカフェの現状は、決して納得できるものではないらしい。
「ねぇ、アミーちゃんって商家のお嬢様でしょう?
そのぉ、お客さんで未成年の子にこんなこと聞くのも情けないんだけど……。
商人視点でもお嬢様視点でも構わないから、何か気がついたこととかないかなぁ?」
藁にも縋がる思い?というか、とにかく誰かに愚痴を聞いてもらいたいって感じ?
落ち着いた静かな雰囲気を売りにしているだけあって、ここのお客さんの年齢層は高い。
私達のような子供は当然として、20代、30代くらいの若いお客さんも全然見かけないから……。
まだ若い女将さんにとって、話が通じないほど子供でもなく、かと言って問題になりそうな年配のお客さんでもない私達は、ちょっと愚痴を聞いてもらうのに丁度いい相手だったのかも。
女友達への悩み事相談。
とにかく誰かに話を聞いてもらいたいみたいな、そんな感じで尋ねる女将さん。
それに対する、私の答えは……。
「そうですねぇ……。
色々ありますよ。
はっきり言っちゃうと、お料理の味以外はお話になりません」
「えっ?」
きっと、「お料理も美味しいし、これからですよぉ」みたいのを期待してたんだろうけど……。
年下の少女からの容赦無い言葉に、愕然とする女将さん。
「レジーナはどう思う?」
そうレジーナに話を振れば……。
「はっきり申し上げて、料理と給仕の格が合っていません」
レジーナさんからも手厳しい一言が……。
「あぁ、それ思った。なんか、下街の食堂で高級料理出された感じ」
レジーナに続いて、レオ君も女将さんの給仕にダメ出しをする。
そう、問題点の1つ目がこれ。
カフェでの女将さんの給仕が、そのまま酒場か大衆食堂のものなんだよね。
一応それっぽくはしてるんだけど、細かな点が妙に気になる。
多分、旦那さんの料理のせいで……。
流石は高級料理店で修行してきただけあって、ここの料理は貴族家で出されても遜色ないものだ。
お皿も高級とはいかないまでも、陶器製でそこそこ良いものを使っている。
盛り付けにも気を遣っているし、女将さんが酒場の料理には勿体無いって思う気持ちも分かるんだけど……。
例えば、前世のファーストフード系のカフェで、バイトの高校生とかが、元気に高級食器に載せたフランス料理とか運んできたら……。
違和感ありまくりだ!
女将さんは元々宿屋の娘で、家の手伝いで接客にも慣れている。
とっても気さくで、感じもいいんだよ。
宿のサービスには満足している。
料理だって、そういう違和感さえ気にしなければとても美味しいのだ。
要は、バランスが悪いんだよね。
「そんな!?」
そういう話をしてあげると、女将さん、ひどく落ち込んでしまった……。
まぁ、そうだよねぇ……。
これって、たんに女将さんの接客が悪いって話ではなくて、女将さんと旦那さんでは釣り合っていませんよって話だから……。
「別に女将さんの接客が悪いって訳ではないんですよ。
むしろ、宿の格で考えれば女将さんの接客の方が自然で、旦那さんの料理は高級過ぎるというか……。
もう少し香辛料とか抑えて、シンプルなものにすればいいと思いますよ」
「それは駄目!!」
私の提案に、即座に女将さんの否定が入る。
「……カフェをやるのは私の夢だったけど、ここを始めた一番の理由は、旦那に思う存分料理の腕を奮ってもらいたかったからだもの。
カフェのお客を増やすために料理の手を抜けなんて……そんなの絶対に駄目よ!」
なんだろう……。
……惚気?
ともあれ、女将さんは本気みたいだし……。
「……うちは仕事がら上流階級のお客様(王族とか)への対応にも慣れていますから、ご主人の料理に見合った接客の仕方についても指導できますけど……」
まぁ、私はどっちでもいいんだけどねって感じで、女将さんに提案してみると……。
「ッ!……教えて! いえ、教えて下さい!」
即座に喰いつく女将さん。
迷い無しですか……。
「……修行は厳しいですよ。
泣き言は一切認めません。
指導は5日ほどを考えていますが、こちらの指示には全て従ってもらいます。
本当に頑張れますか?」
「はい!」
よし、言質は取った。




