キャンプ用品
本日のお目当て。
それは、野営道具。
前世ではバイクでの旅も多かった私は、キャンプ道具にもそれなりに拘りがある。
かつてバイクで旅していた時は、ゲストハウスよりもキャンプ場を利用する方が圧倒的に多かった。
その一番の理由は、バイクを盗まれる心配がない事。
普通、ゲストハウスに安全な駐輪場なんて無いからね。
これが自転車なら、ゲストハウスのロビーに置かせてもらうとかできるんだけど……。
バイクだと、そうもいかない。
宿の前とかに停めておいて、朝出かけようとしたらバイクが無くなっていたとか、当たり前にあり得る。
その点、キャンプ場ならバイクの横で眠ることになるので、盗難のリスクが非常に少ないのだ。
バイク移動なら公共交通機関を使わないから、別に市街地に拘る必要も無いしね。
そんな訳で、前世での旅ではキャンプの機会もそれなりに多かった私は、“キャンプ道具”にもうるさいのだ。
単なる実用性だけではない。
そのデザイン、工夫、機能美といったものは、利用するしないを抜きにしても、まさに大人の玩具といった……あっ、いや、そういう意味ではなくて!
とにかく!、ここには野営道具の専門店もあると聞いて、楽しみにして来たのだ。
実は、こういった野営道具の専門店って、ありそうで無いんだよね。
少なくとも、王都には無かった。
理由は単純で、需要が無いから。
いや、正確には、個人の需要が無い。
例えば、商隊とか軍隊だと、野営用のテントや調理器具なんかを運ぶ馬車なり人員が確保されている。
野営地でも、専門職の護衛が交代で見張りに立つから、それ以外の人はテントでゆっくり休んだりできる。
でも、これが個人の行商や冒険者なら?
重いテントや調理道具を担いでの移動は、それだけで動きが阻害される。
周囲の視界を遮ったテントの中では、急な魔物の接近に対応することもできない。
はっきり言って、外でも安心して寝られるテントなんてものは、安全が確保されているから使える贅沢品なのだ。
勿論、雨風や寒さを凌いだりといった役割もあるけど、それは日常的にそんな悪天候の場所を旅する場合の話。
偶に降る雨のために、苦労して重いテントを持ち歩く旅人はいない。
最低でも荷物を代わりに運んでくれる馬がいて、周囲を気にせず安全に眠ることができる環境でなければ、テントなど利用される機会は無いのだ。
どうしても必要なら、その場で魔法で作りだせばいいしね。
荷物は最低限。これ、旅の基本だ。
ちなみに、セーバ〜王都間の野営地には専門の警備員がいて、野営地に隣接する宿屋でテントや調理器具のレンタルもしているから、野営に不慣れな旅人でも安心してお休みいただけるようになっている。
その辺は、“野営地”というよりは、日本のキャンプ場に近いからね。
ともあれ、そんな理由もあって、一般の個人向けの野営道具の専門店というのは、少なくとも魔法王国では見かけたことがないんだけど……。
広めの店内には、いくつかの組み立てられたテントが飾られていて、壁の棚には野営に使う小物類等が並べられている。
リュックやシュラフ、マットのようなものまである。
まさに、アウトドアショップって感じだ。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「はい、えぇと、ラージタニーまで乗合馬車で行くことになって、そのための野営道具を探しに来たんですけど……」
話しかけてきた店員のお姉さんに、私は今回の来店目的を説明する。
ラージタニーまでの行き方については、宿の女将さんが教えてくれた。
なんでも、ここポールブからラージタニーまでは、定期便の乗合馬車が走っていて、それを使うのが一般的らしい。
ラージタニーには、問題が無ければ8日で到着で、そのうちの半分は野営になるんだって。
で、この定期便の乗合馬車は、この地方の領主でもある連邦議長が運営していて、数台が連なって移動する乗合馬車には十分な護衛も付くから、旅の安全は保証されているらしい。
ただ、馬車の中に十分な広さの就寝スペースが確保されているわけでもないから、特に女性の乗客などはテントを用意して、野営の時にはそれを使って休むようにするんだって。
テントはレンタルもできるらしいけど、折角だし自分のが欲しいなぁって思ったわけ。
どうせ帰りも使うし、こういうのは旅の記念にもなるからね。
「乗合馬車での野営用でしたら……」
店員のお姉さんの説明を聞きながら、飾られたテントを順に見ていく。
柱を立ててロープを張り、布を被せるだけの簡単なものから、柱が何本か必要になる構造が複雑で大きめのものまで……。
柱や布の材質も、重いもの、軽いもの、丈夫なもの、防水性に優れたものと様々で……。
でも……。
私的には、このタイプだとイマイチ安心できないというか……。
「数日お時間を頂くことになりますけど、ご希望を言っていただければ、オーダーメイドも可能ですよ」
私の不満そうな様子に気がついたのか、お姉さんがそんな事を言ってくる。
「えっ!? オーダーメイドも可能なんですか!? なら……」
折角の機会だ。
ここは、私が納得するものが欲しい!
いや、別にその機会が無かっただけで、セーバの職人に言えば、きっと私の希望通りのものを作ってくれると思うんだよ。
でも、こういうのは、旅先で作ってもらうことに意味があるのだ!
私は前世で愛用していたテントを思い出しながら、色々と希望を言っていく。
「まず敷布部分には丈夫で防水性の高いものを利用して……」
不思議そうな顔をするお姉さんに紙とペンを用意してもらい、イラストも交えて説明していく。
どうも従来の上から布を被せるだけのテントしか知らないお姉さんには、敷布と上掛けを一体化させるというのが理解できないらしい。
「なぜ、わざわざ繋ぎ合わせる必要がある? 作るのも面倒だし、仕舞うにも不便だろ?」
いつの間にやって来たのか、職人風のおじさんが話しかけてきた。
このお店の職人で店主だという。
「虫とか蛇とかが入って来れなくなります」
「!?」
この一言に反応したのは、店主のおじさんではなく、店員のお姉さんの方だった。
「お父さん、これ凄いわよ! あぁ〜なんで思いつかなかったんだろう!
乗合馬車でテント使うのって、女性やお金持ちが多いんだから、これ絶対売れるわよ!」
興奮する女性店員、どうも娘らしい、に対して、職人の店主、お父さんの反応は薄い。
「まぁ、わからんでもないが……。
野営なんだから、多少の虫は仕方無いだろう?
それより、お前、これ実際に作るとなると、かなり余分な骨組みが必要になるぞ?
ただ敷布と上掛けを繋げるだけならいいとして、それにこんな骨組みまでいれるとなると、相当かさ張るし、重量的にも……」
虫ぐらいって……。
虫の中にも、危険なモノはいるのだ。
前世でも、砂漠のキャンプ場でテントの入り口を開けっ放しにしたり、リュックや靴をテントの外に置きっ放しにして、中に入り込んだ蠍にやられたって事故はよく聞かされていた。
話の感じからして、その手の危険生物はこの辺にはいないみたいだけど……。
とはいえ、店主じゃないけど、確かに容積と重量の問題は無視できないね。
「だったら、骨組みをバラして、こういうジョイントを付けて……で、ここに軽量魔法をかけた小さな魔石を……」
「!!?」
骨組みを組み立て式にしてバラすという発想も、簡単に運ぶことのできるものに軽量魔法の魔石を使うという発想もなかった店主は……。
「嬢ちゃん、天才か!?
頼む! 他に何か思いつくことがあったら教えてくれ!
その代わり、嬢ちゃんの理想通りのものを、俺が必ず作り上げてみせる!」
すっかり興奮して職人モードの店主に、私は自分が欲しいと思うテントやその他の野営道具と、そのためのアイディアを、前世で愛用していたキャンプ道具を思い出しながら伝えていく。
それに対して、店主や店員からの質問や意見が飛び交い、暫し白熱した議論が展開された。
(なんか、セーバの研究所にいる時と変わらないような……)
一通りの注文を終えて店を出た時には、辺りは既に暗くなりかけていた。