ポールブでの第一歩
暫し感動に浸る私に、レオ君が話しかけてきた。
「で、これからどうするんだ?」
「えぇと、まずは宿を確保して、明日は観光がてら首都までの行き方の確認と旅の準備ね。
ルドラさん達が先に行って、連邦議長との面談の段取りとかをつけてくれるから、私達はゆっくり首都を目指せばいいわ。
あまり早く行っても、どうせ議長さんには会えないしね」
そう、今回の訪問については、実は先方には何も知らせてないんだよね。
ぶっちゃけ、完全アポなし訪問。
下手に手紙とか送って、途中で検閲とかされても厄介だしね。
そして、ラージタニーまでの旅程についても、全くのノープラン。
大凡の到着日数とラージタニーでの連絡方法についてはルドラさんと打ち合わせてあるけど、逆に言えばそれだけだ。
行き当たりばったりの方が旅はおもしろい。
宿の予約? ガイドブックで確認?
そんなのは邪道!ってのが、前世からの私の拘りだ。
前世でも、昨今はインターネットやスマホの普及で、バックパッカーまでがネットで宿の事前予約をしたりする……。
おまけに、泊まった宿でも他の旅行者から情報収集するでもなく、テレビ電話で母国の家族や友人とお話していたり……。
便利だし、私も偶には利用したりしたけどさぁ……。
なんか、違うでしょ!って言いたい。
まぁ、そういう拘りを抜きにしても、ガイドブックなんかにあるお薦めの宿とか観光地って、既に大勢の観光客が押し寄せていて、大抵ハズレが多かったし……。
やっぱり、現地で偶然見つけたってのがいいんだよ。
なんて考えていると……。
「あら? 旅人の方? もし道に迷われているようでしたら、わたしがご案内しますわ」
そう話しかけてきたのは、身形の整った商家のお嬢様風の女の子。
年齢は、私達よりもちょっと下くらい?
「あぁ、ちょうど良かった。俺たち宿を」
「なんでもありません。ご心配無く」
私はレオ君の言葉を遮って、話しかけてきた女の子に断りを入れると、偶々通りかかったおばさんに旅行案内所の場所を聞く。
入国審査の役人が言っていた通り、それ程遠くではないらしい。
次の客引きが来ないうちに、さっさと移動することにする。
おばさんに教えてもらった方向に歩き出す私達の後ろで、先程の女の子の舌打ちが聞こえる。
「レオ君、いいですか? こんな港の雑然とした場所に、あんなきれいな服を着た女の子が一人でいる訳がないでしょう?
しかも、見ず知らずの相手に自分から話しかけるなんて……。
あれは、良くて宿屋か商店の客引き。最悪人攫いの一味です!
ホイホイついて行ったら、どこに連れ込まれるか分かりませんよ」
「えっ!? でも、さっきの子、身形も言葉遣いもしっかりしてたぞ?」
「あれは彼女の仕事なのですから当然です。
あの服はいわば彼女の制服で、言葉遣いは職業スキルですから。
服装や言葉遣いで人となりを判断するのは間違いではないけど、それも状況次第ですよ。
これは旅の基本ですけど、知らない街で道を尋ねる時には自分から声をかけること。
相手の方から話しかけてきたら、まずは警戒すること。
レオ君は、知り合いの全くいない見ず知らずの土地での旅は初めてですから、特に注意してくださいね」
「すみません、アメリア様。以後、気をつけます」
「レオ様はアミーお嬢様の護衛なのですから、しっかりしてもらわねば困ります!」
と、私の説明に続いて、レジーナがレオ君に追い打ちをかける。
「あっ、すみません。アミーお嬢様」
まぁ、いつもの感じだ。
“旅は行き当たりばったりがおもしろい”、とはいえ、それは“安全ならば”という但し書きがつくからね。
常に警戒は必要だ。
そんな訳で、呼び名も“アメリア”ではなく、“アミー”にしてもらっている。
偽の身分証明書も“アミー”になっているし、どこで誰が聞いているか分からない。
普段から注意しておかないとね。
教えてもらった旅行案内所は、港のゲートのすぐ近くにあった。
港の役人の話だと、割と最近できた施設だそうだけど、結構賑わっている。
何度もこの街に来ている人には必要ないだろうから、それだけ新しい人の流入が激しいということだろう。
今セーバからの船は来ていないはずだから(確認済)、ここにいるのは倭国か連邦の周辺の港からか……。
最近では、羅針盤や冷凍庫の普及で、遠方で捕れる魚介類や肉、野菜などの生鮮食品の船による持ち込みも増えているらしい。
最近は、冷凍庫の売上が国内よりも国外で伸びているって聞いてたけど、商業利用が大きいんだろうなぁ……。
王国内だと、冷凍庫の需要は貴族と飲食店が殆どで、食品輸送に使っているのは王都に魚を卸すセーバの街くらいだ。
それも、フェルディさんのレボル商会とアメリア商会の独占状態。
余所が参入する余地が無いってのもあるんだろうけど、もう少し企業競争とか必要な気もする。
そんな事を考えながら、私は空いている案内窓口に向かう。
「すみません。この街で中程度の宿を探してるんですけど……。
あと、この街で危険な地域とか、気をつけないといけないこととかあったら教えて下さい。
……できれば、この街の地図があると助かるんですけど」
「あぁ、でしたらこの地図をお持ち下さい。
宿屋街はこの辺りで、お薦めは……この一帯はあまり治安が良くないです。
あと、この辺は、その、あまり若い娘が行く店はありませんので……云々」
正直、驚いた。
無理に高い宿に誘導するような感じも無いし、こちらが知りたい質問にもしっかり答えてくれる。
何より、旅行者用に街の略地図が用意されているのが高評価だ。
前世の旅の経験から、国際交易都市を目指すセーバの街では、割と早くから旅行案内所を設置した。
余所から来た旅人が居心地の良い街だと感じ、たくさんお金を落としていってくれれば、それだけ街の経済も潤う。
商売しやすい街だと思われれば、それだけ交易の幅も広がるからね。
ちなみに、旅行案内所のような施設を、私は今まで他の街で見たことはなかった。
王都でも、クボーストでもだ。
まぁ、基本的に閉鎖的で余所者に冷たい傾向のある魔法王国だし、そんなものかとも思っていたんだけど……。
実は、そういった施設は倭国や連邦でも見かけないらしい。
タキリさんも知らないって言っていたし、お祖父様もフェルディさんも聞いたことがないんだって。
そういえば、日本でも外国人旅行者が増えるまでは、そういった施設はあまり見かけなかったかも……。
ここにしても、できたのは最近らしいし、この世界には元々“旅行案内所”みたいな発想がなかったのかもしれない。
で、一通りの情報を確認したところで、受付のお姉さんに聞いてみた。
「あの、旅行案内所みたいな場所って、結構あるんですか?」
そう尋ねると、受付のお姉さんは微笑んで教えてくれた。
「そうですねぇ……。まだ多くはありませんが、最近少しずつ増えてきているみたいです。
ラージタニーの方にもできたそうですよ」
「そうなんですか」
「えぇ、実はこの案内所、セーバの街から戻った商人たちの意見で作られたんです。
最初は商売のタネにもなる地図や情報を無償で提供するなんてって意見も多かったんですけど……。
やってみたら評判良くて。
今までは大きな街はよく分からないと避けていた近隣の住人も多く来てくれるようになって、ここを運営している商業ギルドもホクホクなんです。
お陰で、ここの受付のお仕事、商業ギルドの受付よりも待遇良くて!
配属された時には不安でしたけど、今では言い出した商人とセーバの街には大感謝です。
そんな訳ですので、もし国に帰られてセーバの旅行案内所に行く機会がありましたら、よろしくお伝え下さい」
終始笑顔で対応してくれた受付嬢にお礼を言って、私達は教えられた宿屋街に向かうのだった。