ポールブ到着
セーバの街に戻って数日後、私達の乗る船はビャバール商業連邦に向けて出港した。
船名、天鳥丸。
セーバ、倭国の技術者が、総力を挙げて作り上げた最新船だ。
元々タキリさんの開発チームが持っていた造船技術に、セーバで開発された魔動エンジン、スクリューや歯車といった前世知識、本来この地には存在しないはずの魔法……。
私の前世を知るタキリさんと、私の非常識さを当然と受け止めるセーバの街の技術者達。
もう、なんの遠慮もいらないよね!
神々の国にはこんな船があった、こんな技術があった……。
私の語る夢物語に、倭国、セーバの技術者総出で侃侃諤諤の議論を戦わせ、ついに完成したのがこの船ってわけ。
当初は、セーバの街に来た時に乗ってきた外輪船を改良する予定だったタキリさんだけど、セーバの街のスクリュー船の存在を知って、早々に外輪船の改良を中止に。
セーバの技術を取り入れた新造船の設計に今後の方針を切り替えていた。
自分が苦労して開発した外輪船の技術をあっさり切り捨ててしまうところが、タキリさんらしいと言えばタキリさんらしいけど……。
タキリさんの外輪船のヒントって、井伊直弼が見た“黒船”らしいから、一度聞いてみたんだよね。
尊敬するイィ様が伝えた技術を、そんなに簡単に切り捨てちゃっていいの?って。
だって、倭国王家の存在意義って、“イィ様の伝えた教えを守ること”らしいからね。
でも、いいんだって。
『世界は広いし、世の中も絶えず変わっていく。古い体制に固執して世の趨勢を見ようとしないのは愚かなことだと、イィ様の教えにもありますから』
そんな風に言ってたっけ。
井伊直弼って、勝手に日米修好通商条約結んだって暗殺されちゃった人だけど……。
もし、アメリカの要求突っぱねて、結果戦争になってたら?って考えるとねぇ……。
私には教科書程度の知識しかないから想像だけど、きっと色々と思うところがあったんだと思う。
もう随分昔のご先祖様の教えを絶対視している癖に、妙に自由で革新的な倭国皇家の気風って、きっとその辺にあるんだろうね。
普通、許さないよねぇ。
自国の皇女様が何年も他国で自由に研究三昧の暮らしをするとか……。
いくら皇家のご先祖様と同じ転生者だからって、それだけで皇家の身内認定しちゃうとか……。
もっとも、その柔軟な姿勢が倭国繁栄の鍵らしいし、結果完成したのがこの船なわけだから、一概に悪いとも言い切れない。
タキリさんの予定外の長期にわたるお出かけも、この船を見せれば大した問題にはならないだろうって……。
まぁ、国際問題とかにならないなら、別にいいんだけどね。
と、まぁ、そんな船だから、速い速い!
セーバの街から連邦西部の港湾都市バンダルガを無寄港で通り過ぎ、連邦東部の港湾都市ポールブまで、一月とかからず辿り着いてしまった。
タキリさんがバンダルガからセーバに来た時には、それだけで一月かかっていたことを思えば、この船がどれだけ速いかって話だ。
ちなみに、行きにタキリさんが乗ってきた外輪船だって、当時の外洋船の中では最速だからね。
単純計算で、その2〜3倍の速さはでている訳で、一般の帆船なんかとは比ぶべくもない。
そして、その結果に一番驚いていたのは、当のタキリさんと倭国の皆さん。
私なんかは前世の知識で、大型船が日本とオーストラリアの間を一月程度で往復してしまうのを知っている。
だから、前世の船ほどではなくとも、スクリューエンジン搭載のこの船なら、まぁこのくらいのスピードは出るかなって思うんだけど。
往路の過酷な船旅を経験してきている倭国のクルーにとっては、この快適な船旅は納得いかないみたい。
スピードは従来の数倍で、風などの天候にも左右されず、冷凍庫や風呂まで完備した住環境は快適そのものと……。
自分達の往路の苦労はなんだったんだ!って感じらしい。
ともあれ、天鳥丸は無事にその航海を終え、連邦東部の港湾都市ポールブの湾内に、ゆっくりとその巨体を進めていく。
うわぁ、流石は連邦の誇る東の港湾都市だね。
船の数も多いし、街も大きい。
背の高い建物も多いなぁ。
魔法王国は二階建てまでの建物が主流で、3階建て以上の建物って滅多に無いけど、ここの建物は普通に賢者の塔くらいありそう。
魔力の多い職人は、魔法王国の方が多いはずなんだけど……。
この辺は建築技術の差かなぁ……。
望遠鏡で覗いてみると、港の賑わいが目に飛び込んでくる。
倭国や近隣の港から船で運ばれてくる荷の、積み下ろしをする人足達。
船主と荷の取引をする商人や、魚を市場へと運んでいく漁師達。
そして、この街を訪れた旅人目当ての客引き達。
前世の旅では、よく見かけた光景。
とても懐かしい気分になる。
この猥雑で混沌とした感じは、魔法王国では見られないものだ。
魔法王国の主な輸出品は、魔石と魔力。
しかも、その取引は王家主導で、取引相手は連邦の認可を受けた商人のみ。
おまけに、魔石、魔力の交換レートも固定だから、商売特有の駆け引きなんてものも存在しない。
ただ決まった金額を支払って、魔石を持って帰るだけだ。
それ以外で、他国の商人が王都を訪れることも、無いわけじゃないけど……。
大抵はクボーストか精々ザパドまでだから、王都で他国からの商人を見かけることはあまりない。
まぁ、最近はセーバ経由で少しずつ他国からのお客さんも増えているみたいだけどね。
以前行ったクボーストの街には連邦からの商人もいて、多少こういった雰囲気もあったけど、あそこはもっとギスギスしていたし……。
セーバの街?
セーバの街は、確かに外国人が多い。
如何にも国際都市って感じなんだけど……。
セーバの街って自分で言うのもなんだけど、お上品過ぎるんだよね。
街の人間は皆教育が行き届いていて、治安もすこぶるいい。
他国の商人の入国管理もしっかりしてるから、変なのも入って来ないしね。
いや、いいんだよ!
そもそも、私が指示してる訳だし。
でも、無責任な旅人視点で見ちゃうとねぇ……。
ちょっと、面白味に欠けるっていうか……。
だから、この油断してると何が起きるか分からない感じって、ちょっとわくわくする!
まずはこの街をゆっくりと視察して、それから首都ラージタニーを目指すとしますか!




