魔力測定後の話し合い
帰りの馬車の中でも、お父様はずっとピリピリしていた。
特に不機嫌という訳でもないけど、お母様や私が話しかけても上の空で、これは放っておいた方がいいだろうと、私は黙って王都の街並みを眺め続けた。
屋敷に到着早々自分の書斎に向かおうとするお父様に、私は意を決して今日の魔力測定の結果を聞いた。
「お父様、私の魔力測定の結果はどうだったのでしょうか?」
いや~、この一言を切り出すの、メチャクチャ緊張した。
お父様は私の魔力測定からずっとピリピリしているし……。
これって、私のせいだよねぇ?
何か魔力測定の結果に問題があった?
不安そうに尋ねた私をじっと見つめたお父様は、私を何とか安心させようと無理矢理表情を和らげると、
「結果は夕食の後にでもゆっくり話そう。
今後のことも話さないといけないからね」
そう言って、自分の書斎に入っていってしまった。
そうして迎えた夕食後の話し合い。
初めてお父様の書斎に連れて行かれた私は、部屋の応接セットに両親と対面する形で座らされた。
何これ、滅茶苦茶怖いんですけど!
3歳児に圧迫面接ですか?
緊張しまくる私にお母様は軽く微笑むと、
「いつまでもそんな恐い顔をしていると、アメリアに『お父様、嫌い!』って言われるわよ」
そうお父様に言い放った。
「なっ!」
思いっきり動揺しまくるお父様。
そんなお父様の様子を見て、私の緊張も少し和らいだ。
どうやら、嫌われたとか愛想を尽かされたとかではなさそうだ。
なら、いい。
後は、冷静に問題に対処するだけだ。
私は改めて姿勢を正すと、両親の言葉を待った。
それから聞かされた魔力測定の結果や、今の私の置かれた状況は最悪だった。
チート? 何ですか、それ?
まず魔力測定の結果。
魔力量10で全属性。
魔力量というのは、そのまま魔力の量を表す数字なんだけど……。
この魔力量というものについて、それがこの国、この世界でどういう意味を持つのか、私はお父様から詳しい説明を受けた。
まず、貴族について。
国によって多少の違いはあるみたいだけど、私の住むモーシェブニ魔法王国だと大体こんな感じらしい。
侯爵:魔力量3000以上
伯爵:魔力量2000以上
子爵:魔力量1500以上
男爵:魔力量1000以上
これが貴族と認められる最低基準だ。
ただ、これも一代限りでは駄目で、親子孫と直系血族3代の平均が基準をクリアした場合にのみ、貴族の称号を得ることができるとのこと。
貴族は有事の際には国と民を守る義務があり、そのために様々な特権が与えられているというのが国の考えだ。
貴族には納税の義務がないのも、有事の際に魔力が空ではその義務が果たせないからというのが、一応の理由なんだって。
故に、強力な魔法を使えない魔力の弱い者は、貴族たる資格がないということらしい。
次に平民の場合。
こちらも個々の持つ魔力量によってほぼ就ける仕事が決まるらしい。
おおよその魔力量と職業との関係は以下の通り。
騎士(一代貴族):魔力量1000以上
兵士、冒険者:魔力量500以上
商人、職人:魔力量100~500
庶民:魔力量10~99
平民については、騎士を除き魔力量による資格制限のようなものがある訳ではないらしい。
ただ、その職業でまともにやっていこうとすれば、このくらいの魔力は必要だと言われているそうだ。
まず騎士や兵士、冒険者等の所謂戦闘職。
これは単純に強力な攻撃魔法が使えないと話にならないから。
次に職人。
これは物を加工したりするのに魔力を使うため、魔力が少ないと仕事にならない。
大きな物ほど加工にもたくさんの魔力が必要なため、例えば家などの建築物を作ろうと思えば大量の魔力が必要になってくる。
では、魔力は多いほど良いのかというと、職人の場合にはそこは少し事情が複雑らしい。
魔力は多いほど細かな操作が難しくなる。
そのため、家等を建てる魔力量の多い職人には、細かな細工物等は作れない。
大きな樽ではコップに水を注げないのと同じ理屈だ。
故に職人についてはとにかく魔力が多ければ優秀という価値観は当てはまらないのだが、それでも細かな細工物を作る職人よりも大きな建物を作る職人の方が格は上という風潮はあるそうだ。
では、商人は?
商人の仕事には魔力は関係ないのではと思ったのだけど、実はそうでもないらしい。
市場の屋台等の小さな店であれば、勿論魔力など関係ない。
でも、しっかりとした店を構えて大きな商売をしようとすると、少なくともこの国では一定以上の魔力がないと話にならないそうだ。
大きな商売をしようとすると、当然その取引先は貴族や平民の富裕層だ。
そして、そういう人間はみな魔力が高く、魔力量で人を判断する者がほとんどだ。
つまり、魔力の低い商人など最初から相手にはしてもらえないってこと。
だから、魔力の低い商人は大成しないというのが、この国の常識なんだって。
で、最後に庶民。
これは勿論特定の職業ではなく、要はその他の雑用仕事で生計を立てている低所得者層のこと。
魔力を必要とする職業には当然つけず、特に技術を必要としない下働きが主な仕事だ。
そして、一番仕事がきついのが、やはりこの階級らしい。
この低所得者層のことは、侮蔑の意味を込めて“二桁”と呼んだりもするらしいのだけど……。
以上が、この国の階級。
平民の間では個々の職業や魔力量での明確な身分差や差別はないらしいが、それでも社会的な信用度という意味では魔力の有る無しが大きな判断基準にはなるらしい。
ちなみに、この国の階級?職業分布?魔力分布?は以下の通り。
貴族が1割、兵士等の魔力量500を越える者が3割、職人や商人等の中堅層が4割で、庶民が2割。
これが他国だと、ふつう庶民、中堅層で8割以上を占めるらしく、この国の人間の魔力が如何に多いかがよくわかる。
そのせいか、余計にこの国の人間は、魔力の低い人間を見下す傾向が強いそうだ。
魔力によって職業が分かれるのは理解できる。
でも、全ての能力を魔力量だけで判断するのはおかしいし、現実的にも問題では?
そう思った私に、お父様はこの世界の貨幣制度と、この国の社会制度について説明してくれた。
まず、前提としてあるのが、この世界における魔力の金銭的な価値、というか貨幣価値の裏付け。
世界共通の固定相場で、鉄貨1枚=1MP(魔力量の単位)というのがこの世界における貨幣価値らしい。
ちなみに、この世界の貨幣は世界共通で、鉄貨10枚で銅貨1枚、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚というもの。
日本の感覚だと鉄貨1枚が大体100円くらいの価値らしい。
これはどういうことか?
この世界の魔力は、お金と同等の価値があるということだ。
そして、魔力というのはいくら使っても一晩寝れば大体元に戻るらしい。
ということは、ただ寝ているだけでお金が手に入る!?
何、その金のガチョウ状態は!
これだと、誰も働かないよね。
そこで、この国では個々の魔力分の金額を、一旦税金として回収しているのだ。
つまり、魔力量が1000なら1日当たりの税額が金貨1枚、魔力量が500なら税額が銀貨5枚という訳。
仕事で魔力を使う者についてはその分は控除されたりとかの微調整はあるらしいけど、基本的には魔力は税金として全回収ということらしい。
ちなみに、徴収された税金は、その5割が直接その地を治める代官へ、4割が領主に、残り1割が国に納められる。
では、魔力など多くても少なくても一緒ではないか?
それがそうでもないのだ。
この国には、雇用に対して最低賃金が決められていて、それがその者の持つ魔力の半分なんだって。
つまり、魔力量400なら最低賃金は日給で銀貨2枚、2万円相当ということになる。
当然能力に応じてそれ以上の給料をもらう者もいるが、逆に言うと能力があってもなくても最低2万円はもらえるということだ。
勿論、そうなると高い魔力の者は迂闊に雇えないということになるのだけど、一般的に魔力の高い者は代官や領主、国が雇うことになるので問題ないらしい。
で、ここで問題になるのが、所謂庶民と呼ばれる人たちだ。
魔力量が100なら日給5千円。
これなら何とか生活できる。
では、魔力量10なら?
日給500円ではどうがんばっても生活できない。
だから、なんとかがんばって給料を上げてもらうしかない。
でも、国が定めた最低賃金は500円だから、雇用者はそれ以上出す必要はない。
魔力の低い者はどうしても雇い主に足元を見られることになるので、仕事は自然ときついものになるのだ。
そんな話を、今日の魔力測定の結果とともに聞かされた。
魔力量10、完璧な低所得者層、完全無欠の“二桁”だ。
ちなみに、もう一つの結果である“全属性”というのは、特に魔力に癖や偏りがないから抜きん出たものはないけど、どの魔法も満遍なく使えるよという意味で、得意科目も不得意科目も特になく平均してますねということらしい。
何の慰めにもならない!
お父様が深刻そうな顔をする訳だ。
これって、貴族としては致命的だよね。
ちなみに、魔力量の多少は髪や瞳の色の濃さに表れるそうで、私の魔力が低いだろうということは魔力測定をする前から周囲はみな察していたそうだ。
さすがに魔力量10というのは想定外だったらしいけどね……。
ほんと、よく今まで“処分”されなかったよね。
言葉がしゃべれなかったら処分されるのではとか、心配していたけど。
全然そんな心配はいらなかった。
そもそも、生まれた瞬間に処分されても全く不思議ではなかったのだ。
それが処分されることもなく今まで育てられてきたのは、この家の特殊な事情もあったのだろう。
せっかくの機会だからと、前から気になっていたお母様のことや周囲の貴族の反応についても聞いてみた。
お母様が実は元平民であることや、どのような経緯で王族であるお父様と結婚したか。
それに対して周りの貴族がどう見ているのか。
事情を聞いて納得した。
昔、王宮に行った時に感じたとてつもない悪意の視線の理由。
公爵家だからとか国王陛下の姪だからとか安心していたけど、これって単なる厄介事の種にしかならないかも。
お父様とお母様の結婚した経緯や私の魔力の低さを考えると、今の身分や立場って攻撃材料にしかならない気がする。
いくらお母様が元平民で、貴族の魔力至上主義の価値観に染まっていなかったからって、よく処分されなかったよね。
普通の貴族の家に生まれてたら即行処分でしょ。
両親に自分が如何に愛されているのかを改めて感じると同時に、現実的に今の状況がどれだけ危険なのかも実感する。
ものには限度がある。
いくら両親が庇ってくれようとも、周囲の状況がそれを許さなくなる可能性もあるのだ。
さて、どうしたものか。
考え込む私の前で、お母様はすっと立ち上がると、テーブルを回って私の横に腰を下ろした。
そして、いつも本を読んでくれる時のように私を膝の上に抱き上げると、私を後ろから抱き抱えるように手を私の前に伸ばしてきた。
「見てて」
お母様はそう言うと、私が今までに聞いたこともない美しい響きの言葉を私の耳元で囁いた。
突如目の前、お母様の手の上に小さな炎が灯り、それは美しい深紅の小鳥にその姿を変える。
初めて見る魔法に目を見開く私に、お母様はやさしい声で諭すように話しかける。
「この小鳥はね、アメリアの持つ魔力と同じ、10MPくらいの魔力で作ったのよ。
アメリアの魔力は確かに少ないかもしれないけど、決して何もできない無意味なものではないのよ」
何てきれいで、かわいい小鳥だろう。
せっかく魔法のある世界に転生したのに、全くその才能がないと分かって落ち込んでいた私の気持ちが急浮上してくる。
少ない魔力でもこんなに可愛い小鳥が作り出せるのだ。
私が思いつかないだけで、色々とやりようはあるのかもしれない。
そんなことを考えながらふと前を見ると、お父様が驚いたように、でもとても懐かしそうにお母様の手の上で舞う小さな小鳥を見つめていた。
「お父様もできるの?」
私の問いにお父様はゆっくりと首を横に降る。
「こんなに美しい鳥を作り出せるのはアメリアのお母さんだけだよ。
私にも無理だ。とても繊細な魔力操作が必要だからね。
でも、きっとアメリアなら、そのうちできるようになるよ」
そう言うお父様は、それまでとは違うとても穏やかな顔で私とお母様と、お母様の手の上で踊る小鳥を見つめていた。