キャンプ場……ではない 〜ライアン王太子視点〜
(ライアン王太子視点)
大森林の入り口にある野営地で一晩を過ごした我々は、翌日には大森林への進軍を開始した。
目的の場所は、大森林の入り口から鐘1つ分(2時間)ほど進んだところにあるという野営地。
一応馬が通れる程度の道はあるのだが、勿論舗装などはされていないし、当然馬車などは通れない。
時折巨大な木の根が張り出したりもしている悪路を、皆が重い荷物を肩に掛けながら歩いていく。
荷物は、大森林の入り口で渡された。
食糧や寝具、道具類等の野営に必要な装備一式だ。
「なッ、このような荷物を運ぶのは従者の役目で、」
「従者はいません」
「ならば護衛の者に、」
「護衛に重い荷物を持たせるなど、自殺行為です」
「このような荷物を持っていては、我々が戦えないではないか!」
「必要ありません。こちらの指示がないうちは、勝手に攻撃魔法は使わないで下さい」
「我々とて魔物と戦うことくらいはできr」
「邪魔です!」
「………………」
レジーナ嬢、容赦ないナ!
だが、彼女の言っていることは正しい。
以前ボストク領での魔物討伐に参加した時にも、同じことを言われた。
実際、森から突然襲ってくる魔獣に対しては、魔法での対処は圧倒的に不利だ。
まずは盾役となる兵士が敵の攻撃を受け止め、その上で剣や槍では倒しきれない相手に対して魔術師が攻撃魔法を使う。
その連携も取れずに魔術師が勝手に魔法を使っては、最悪同士討ちの危険すらでてくるのだ。
実際、森の死角から突然魔物に襲いかかられては、呪文など間に合うはずがない。
その辺は、逃げる魔物を追って、こちらから攻撃魔法を撃ち込む所謂“狩り”とは違うのだ。
魔物討伐の経験の無い一部の者達が騒いでいたが、レジーナ嬢と護衛の騎士達の説明で納得していた。
荷物についても、訓練だと言われれば文句も言えない。
肩に重い荷物が食い込むのを感じながら、我々は大森林への進軍を開始した。
途中2度ほどの休憩を挟んで、我々は森林の中の開けた空き地に到着した。
そう、空き地……。
かつてはここに小さな集落があったそうだが、今は家も何も無い。
一応井戸だけはあるそうで、水の確保だけは容易だが、それ以外は完全にただの空き地だ。
ここは、大森林深部の魔物の調査や素材採集、兵の訓練等に使われる場所だという。
普通の旅人が訪れるような場所ではないため、常駐する者も特別な施設も何も無い。
セーバの街から大森林までの道程で泊まった野営地のような、風呂も、トイレも、食堂も、照明設備すらも、ここには何も無い……。
確かに、以前ボストク領までの道中で泊まった野営地の中には、こういった何もない場所もあった。
だが、あの時には、多くの侍女や従者もいて、何台もの馬車もあった。
近くには大きな街道も通っていて、それなりに人通りもあり、森の中で自分達だけが孤立しているという不安も感じられなかった。
でも、ここは……。
ここまでの道中は安全だった。
木々の向こうに何度か魔物を見かけることはあったが、奴らはこちらを見ると黙って森の奥へと逃げていった。
魔物は、魔力に対して非常に敏感だ。
自分よりも魔力の多い生き物に、無闇に襲いかかるようなことはしない。
魔物の多くは、確かに人よりも多くの魔力を持っているが、それは個々の魔力量を比べた場合の話。
ここにいる人間の集団、つまり、魔物にとっての“群れ”全体の保有する魔力量で考えるなら、我々は無闇に襲いかかってもいい相手ではない。
そういう判断らしい。
ともあれ、ここまでは無事に辿り着いた。
正直、ほっとしている。
生徒の大半が重い荷物と慣れない悪路に疲れきり、とても魔物と戦えるような状態ではなかったのだから……。
騎士に荷物を持たせるな、お前たちは何もするなと言われて憤っていた者も、その指示が的を射たものだったと納得していた。
魔物との戦闘こそなかったものの、肩の痛み、足の痛みに耐えながら、我々は歩き切った!
野営地に着けば、多少はのんびりできる!
そう考えて……。
だが、そこは、我々が想像していたような場所ではなかった。
しばらくの休憩の後、我々は野営の準備に取り掛かる。
セーバの街から同行した兵士や学院の教師の指示の元、テントを設営したり魔物避けの柵を作ったりと、我々は忙しく働いた。
身分がどうのと文句を言うような者はいない。
ここまでの行軍が、そして何より、この大森林に囲まれた何もない野営地の雰囲気が、身分など何の役にも立たないと、感覚で理解させるものだったから……。
「このような場所を使えと言うのですか!?
伯爵たる私に対して!
もう結構! 私、帰ります!」
いや、一人だけ、全く空気を読めない者がいたようだ。
キルケ嬢……。
ここまでは目立った文句もなく付いて来ていたのだが、やはり相当に溜め込んでいたらしい。
あれは……トイレか。
野営地の端で、周囲を大きな布で覆っただけの場所は、ご婦人にとっては非常に落ち着かないものだろう。
せめて、魔法で壁を作ってはどうかと言ってみたが、非常時に邪魔になるからと却下された。
作戦行動時には、たとえ女性兵士であっても物陰に隠れて用を足すのは当たり前で、これも訓練だと言われてしまえば、私には何も言えなかった。
だが、キルケ嬢に納得する様子はない。
「帰るのは構いません。ただし、あなたの我儘のために貴重な戦力を割くことはできません。
護衛はつけられませんので、帰るのでしたらご自分一人でお帰り下さい。
それから、念の為に言っておきますが、ここまでの道中魔物が襲ってこなかったのは、こちらの人数が多かったからです。
一人で行動すれば、いつ魔物に襲われても不思議ではありませんよ」
レジーナ嬢と暫く話し合っていた学院の主任教師がキルケ嬢にそう伝えるも、彼女の態度は変わらない。
「結構です! こんな場所で夜を過ごすより余程マシです!」
そう言って、もと来た道を一人帰って行くキルケ嬢に、慌てて数人の生徒が付き従う。
ソフィア嬢以外の、ザパド領出身の学生達だ。
「大丈夫なのだろうか……」
「この辺りの魔物は大したことはありませんから、あれだけの人数がいれば運が良ければ襲われません。
襲われれば全滅でしょうけど……」
誰に聞かせるでもなく口から出た問いに、レジーナ嬢がそう答えを返した。




