第一試合 〜ユリウス視点〜
試合前に遡って……。
(ユリウス視点)
ついに、この日がやってきた。
僕は、前方に並ぶ3人、いや、2人に目を向ける。
レオナルド男爵、レジーナ嬢。
これにアメリア公爵を加えた3人によって、僕の貴族としての矜持、そして価値観は粉々に砕かれてしまった。
あのボストク領での模擬戦。
あれから何度もあの時の試合内容を思い出し、脳内で再戦を試みた。
結果はいつも敗北。
それは、アメリア公爵に対してだけではない。
レオナルド男爵と対峙しても、レジーナ嬢と対峙しても、結果は変わらなかった。
一対一では勝てない。
それが結論。
領内の先輩たちに聞いて、自分たちの魔法が悉く躱された理由は分かった。
魔力の流れを読む。
それはとんでもない高等技術で、何となく読めるというレベルの者を含めても、我が国最大の軍事力を誇るボストク領でも、できる者は両手の数にも満たなかったが……。
それを、あの齢の子供が、しかもあれほど正確に行うなど……。
実は、そういった知識のある熟練の兵士が受けた衝撃は、実際に試合をした僕たち以上だったと、後になって聞かされた。
正体不明の魔法以前に、元々の土台から違うのだと……。
確かに良い勉強になったと思う。
僕の慢心を打ち砕いてもらえたことには感謝している。
だが、だからといって悔しくない訳ではない!
残念ながら、今の僕では、一対一の対人戦では2人には遠く及ばないだろう。
だが、これは集団戦。
そして、こちらには人数のアドバンテージもある。
まずは部隊を3つに分ける。
そして、僕の部隊以外の2部隊を、正面を割って左右に展開する。
僕の部隊は正面後方に。
ちょうどV字の形だ。
これで、相手が中央突破を図るなら、前方左右と異なる方向からの集中砲火を仕掛ける。
もし、レオナルド男爵とレジーナ嬢が左右の砲門の撃破を狙うなら、こちらはその隙に中央の部隊を進め、私自身の手でソフィア嬢を仕留めればいい。
この試合のルールでは、先に相手チームの大将の胸の薔薇を散らした方が勝者となる。
別に、必ずしもレオナルド男爵やレジーナ嬢を倒す必要は無い。
あの時の模擬戦から判断するに、レオナルド男爵もレジーナ嬢も、接近戦を得意とする戦闘スタイルなのだと思う。
実際、学院での実技の授業を見ても、2人の魔法は他の男爵、平民の魔法と威力は変わらなかった。
まぁ、レオナルド男爵は父親の代からの貴族で、生粋の貴族というわけではない。
レジーナ嬢は髪の色から見ても明らかに平民だし、その中でも魔力量は決して多くはないだろう。
そんな2人が、貴族、平民の中でも比較的魔力量の多い者が集まる学院で、他の生徒と遜色ない魔法を使っているだけで、十分に異常なことではある。
この学院では、たとえ平民であっても魔力量が500MP以下の者は殆どいない。
そんな中で、推定200MP以下と思われるレジーナ嬢が、他の生徒に引けを取らない規模の魔法を使っているのだ。
いくら魔法は術者のイメージによって、同じ魔力量でも威力が異なるとは言っても、ものには限度というものがある。
普通の3倍以上の魔力効率など、実際にこの目で見て、レジーナ嬢を知っていなければ、とても信じられなかっただろう。
それでも、純粋に撃てる魔法の威力で比べるなら、他の一般生徒と同じなわけで、魔法そのものについてはそれほど心配する必要は無いと思う。
注意すべきは、接近されないこと。
レオナルド男爵の倶利伽羅剣、レジーナ嬢の敵の動きを封じる魔法。
あれらは非常に厄介だが、接近さえされなければ何の問題も無い。
2人の戦闘パターンは、相手の魔力の流れを読むことで遠距離からの攻撃を確実に躱し、距離を詰めたところで必殺技でトドメをさす。
そういう戦い方だ。
要は近づけさせなければいいし、逆に2人を左右に足止めできるなら、その隙に無防備になったソフィア嬢を仕留めればいい。
2人が正面に切り込んできても同じことだ。
その時は、左右の攻撃に加えて、僕が正面に全力の魔法を撃ち込めばいい。
たとえ2人がそれを回避できたとしても、後ろに控えるソフィア嬢は別だ。
極大のファイアボールでソフィア嬢の薔薇を焼き尽くして終わり。
うん、完璧だ。
作戦通りにやれば勝てる。
僕は、幾度となく脳内で繰り返してきた作戦の再確認を終えると、同じチームのメンバーに目を向ける。
「作戦通り、開始の銅鑼が鳴ったと同時に2班、3班は左右に展開。
目標はレオナルド男爵とレジーナ嬢だ。
2人が回避行動に入った時点で、僕がソフィア嬢に仕掛ける!」
「はい!」
「絶対に勝ちましょう!」
「ボストク領の実力を見せつけてやりましょう!」
返ってくる返事も気合十分だ。
あの模擬戦を実際に見た者達、話を聞かされた者達の中で、あの時の3人は尊敬と同時に倒すべき目標として、ずっと頭の隅に居座り続けていたのだ。
魔法王国の剣と呼ばれるボストク領の力、今こそ見せる時!!
ゴ〜〜〜ン
試合開始の銅鑼が闘技場内に鳴り響く。
「散開!!」
僕の声と同時に、5人ずつに分かれたメンバーが左右に駆けていく。
同時に、ソフィア嬢までの射線を避けつつ、大将である僕を守るように4人が僕の周囲を囲む。
訓練通りの動き。
こちらの布陣を確認して、レオナルド男爵とレジーナ嬢が左右の一団に駆け出していく。
速い!
左右5人掛かりでの集中砲火は、2人にはかすりもしない。
5人掛かりでも駄目か……。
想定の範囲内とはいえ、改めて2人との実力の差を思い知らされる。
だが、足止めはできている!
2人とソフィア嬢との距離も十分に離れた。
これで終わりだ。
僕はソフィア嬢に向けて極大のファイアボールを作り出す。
それは、ソフィア嬢とその周囲を丸ごと焼き払えるほどの巨大な火球。
回避など許さない!
同時に、僕の周囲の4人も夫々ファイアボールを作り出す。
伯爵である僕ほどではないが、それなりに魔力量の多い者を集めている。
通常なら人の頭ほどの大きさのところ、彼らの作り出す火球は相手の上半身をすっぽり包み込めるほどの大きさがある。
それが4発。
過剰戦力とも思える火力を用意した理由。それは、ソフィア嬢からの攻撃に備えるため。
セーバの2人の陰で忘れがちだが、ソフィア嬢は仮にも侯爵だ。
いくら戦闘は素人の令嬢とはいえ、純粋な魔力量では伯爵である僕を上回る。
万が一、彼女が魔法で応戦してきた場合、その魔法に対抗する魔法が必要だ。
子爵級上位の魔術師4人分の火力。
侯爵はおろか、ライアン王太子殿下の火魔法でも相殺できる火力だ。
案の定、ソフィア嬢も呪文の詠唱に入っている。
互いの頭上に巨大な火球が出来あ、が、る……?
えっ? 出来上がっていない?
ソフィア嬢の頭上に現れた火球が更に膨張を続ける。
えっ? 近づいてきてるのか?
いや、ソフィア嬢は動いてはいない……。
えっ? えっ!? ちょっ、まっ!!??
ゴォ〜〜〜〜〜
互いの火球が接触しないよう広めに間隔をとって展開していた正面の部隊に、空を覆い尽くすような巨大な火球が襲いかかった。
たとえ火魔法が術者の燃やしたいものだけを燃やすから、魔法無効化の魔道具も働いているからと言っても……。
自分の視界全てを埋め尽くす炎の中で、冷静でいられる者がどのくらいいるのか……。
炎の消えた後には、呆然と立ち尽くす者、腰を抜かしてへたりこむ者、涙で顔をくしゃくしゃにする者と様々で……。
そして、ユリウス伯爵の胸の薔薇は、勿論跡形もなく消え去っていた。




