踏絵
そんな訳で、学科の教師陣の指導に加えて、実技教師の指導も加わった……。
(そんなに、できるか!!)
仕方が無いので、実技教師達の指導については、レジーナとレオ君にお任せした。
学院の運営には関わらせられないのではって?
別に学院の運営は関係ないよ。
教えているのは王都の公爵邸だし、学院の教師がプライベートな時間に学院の外で誰に何を習おうと、何の問題も無いよね。
そうこうしているうちに、学院も年度の変わり目の長期休暇に入り、十分に時間が取れるようになったことで、レジーナさんの指導も厳しさを増している。
とは言っても、教えている内容はセーバリア学園の初級レベルなんだけどね……。
主な訓練内容は気功法や太極拳で、出した課題は離れたコップに水を満たすだけの生活魔法。
でも、これが難しい。
特に、魔力量の多い人にとっては大変で、サラ様もこの課題をクリアするのは相当苦労していた。
学院の教師陣は、勿論サラ様ほど魔力量が多いわけではない。
その代わり、魔法を習いたての子供と違って、固定観念や既に身に付いてしまっている癖がひどい。
これは、結構時間がかかるかも……。
「そこ! 肩に力を入れない! 力み過ぎです」
「レ、レジーナ先生、もう足がガクガクして限界で……」
「無駄な力が入っているから疲れるんです。
もっと全身の力を抜いて、体内の魔力に意識を集中して下さい」
「ググググッ む、無理です!
貴族は平民と違って魔力が多いんです!
こんな細かな魔力の制御など不可能です!」
「……サラ様はできますよ。あなたの魔力量は王族よりも多いのですか?」
「………………」
レジーナを中心に、あと、セーバの学園からも交替で応援を回してもらって、長期休暇を利用した実技教師たちのブートキャンプは続く。
教師達は自分よりも年下の平民の子供に怒られながら、それでも必死に訓練に取り組んでいた。
流石は、実力よりも人格重視で集められた人材だけのことはあるね。
セーバの街では見慣れた光景も、ここ王都では違う。
ただでさえ、平民と貴族の身分差は大きいのだ。
加えて、大人と子供……。
自分の屋敷内ということで、こっそり様子を見に来たお父様は、その練習風景に愕然としていた。
「アメリア、あれは本当に大丈夫なのかい?
下級とはいえ、彼らは貴族だ。
学院の教師に採用されるだけあって、家柄もしっかりしている。
それを、平民の子供があんな頭ごなしに叱りつけては、後々問題が起こらないかな?」
「大丈夫だと思いますよ。
嫌なら来なければいいんですから」
それは、訓練を始める前にしっかり伝えてある。
直接指導するのは、主に平民の子供たちになると。
それが嫌なら訓練には来なくていいし、もしそれが気に入らなくて何か問題を起こすようなら、全員の訓練を即刻中止する、と。
そして、今のところ問題は起きていない。
訓練がキツいとぼやく者はいても、こちらに文句を言ってくる者は一人もいない。
それなりに、厳しくはさせているんだけどね。
これは、ある種の踏絵だ。
彼らは貴族の中ではかなりマシな方で、訓練する動機もある。
自分達の仇を取ってくれた私、レオ君、レジーナのことは、本気で尊敬しているし、感謝もしている。
でも、だからといって、直接自分達が厳しいことを言われても、それを素直に受け入れられるかは分からない。
自分達の望むことをしてくれたから味方で、そうでないのなら敵、というのはよくある事だ。
まして、今指導しているのは私達3人だけではない。
彼らにとっては見ず知らずの、平民の子供達もいる。
教師役の子供たちの実力は既に見せているから、教師としての資質を疑う者はいないけど、それでも素直に指示に従えるかは別の話だ。
まぁ、この程度でキレるようなら、その程度ということだ。
自分達よりも魔力の多い生徒たちにされた事を、自分達よりも魔力や立場が下の平民にやり返す。
そんな輩なら、こちらは切り捨てるだけ……。
なんだけど、どうもそれは杞憂だったらしい。
本当に、よくできた人たちだ。
一部、「学院の生徒みたいに擦れた感じがしなくて、命令口調なところがまた可愛いのよ」、なんて声も聞こえてきているけど……そこは、まぁ、いいだろう。
とにかく、こうして新年度の学院の準備は順調に進んでいった。