アメリア、書斎を手にいれる
お母様から初めて文字を教えてもらった翌日。
昨日のうちに覚えている単語を書き出して、綴りの間違いをチェックしてもらった紙を確認しながら考える。
昨日はちょっとやり過ぎた。
流石に初めて文字を習った3歳児がすらすらと文字を綴るのは不自然だし、書き出した大量の単語を見たサマンサもぎょっとしていた。
昨日はやっと念願の文字を教えてもらえたことがうれしくて、つい後先考えずに調子に乗ってしまった。
多分、変に思われたよねぇ……。
まあ、やってしまったものは仕方がない。
案外この世界の貴族は皆教育に厳しくて、3歳児くらいでも読み書きができる子は多いかもしれない。
異世界ファンタジーなんかにでてくる子供って、その年齢でそんなにしっかりしているなんて有り得ないってくらいにしっかりしているしね。
……いきなり“処分”とか言われたらどうしよう。
午前中の間、いつもの単語の復習作業を行いながらそんなことを悩んでいた私の心配は、午後には全くの杞憂であったと判明した。
午前中は何かと忙しくしているお母様も侍女の人達も、午後にはだいぶ落ち着いてくる。
そのタイミングを見計らって、いつも午後の時間は会話の練習に当てるようにしているのだ。
誰か手の空いていそうな大人はいないかと考えていると、普段はあまり見かけない男性の使用人複数を伴ってサマンサが部屋に入ってきた。
男性使用人の人達は、全員大きな荷物を抱えている。
そして、それらの荷物はサマンサの指示で私の部屋の一角に次々に設置されていった。
小さな机に椅子、本棚。
机と椅子は恐らく私用に誂えられたもので、もう子供用というよりは殆どミニチュアだ。
机は多分私にも手が届くようにだろう、奥行きは狭めで、代わりに横幅はかなり広めに取られている。
意匠も凝っていて、非常に使いやすそうでいて部屋の雰囲気にも違和感なく溶け込んでいる。
そして、その机の端には真新しい紙の束と、昨日お母様からもらった羽ペンとインク壺が置かれた。
本棚は一段のみで横に長い、よく日本で見かけた幅が狭くて縦に長いカラーボックスを横に設置したような感じだ。
これも、私でも本を取り出せるようにと配慮された作りなんだろうね。
もちろん作りはカラーボックスなんて物ではなくて、細かな彫刻の施されたしっかりとしたものだ。
そして、本棚に収められているのは、本!
昨日お母様におねだりした時には、一冊二冊私にも読めそうな本を貸してもらえないかなぁ程度の、軽いお願いのつもりだったのだけど……。
本棚には既に20冊近い本が並べられている。
どんな本かはまだわからないが、全体に薄い本が殆どなので、いや純粋に厚さがね、多分子供向けに書かれた本なのだろう。
一通り机や本棚の設置が終わると男性使用人の人達は戻って行き、後にはサマンサだけが残った。
私が目を丸くして突如設置された机や本棚を見つめていると、サマンサが声をかけてきた。
「お嬢様、文字を覚えられたご褒美にと奥様と旦那様からですよ。
後で、ちゃんとお礼を言っておいてくださいね」
ご褒美って……。
羽ペンもらっただけでも超恐縮なのに、ご褒美がこれって……。
う~ん、お金持ちの貴族的にはこれくらいが常識なのかなぁ……。
とりあえず、文字をあっさりマスターしたことについては不審には思われていないみたいで、そこのところは一安心だ。
「これ、自由に使っていいの?」
「ええ、全てアメリアお嬢様の物ですから、どうぞご自由にお使い下さい」
サマンサの許可がもらえたところで、私は早速本棚に突進する。
まずはどんな本があるのかのチェックだ。
本は大雑把に3つのレベルに分けられた。
まず、子供の読み聞かせ用と思われる幼児向けの絵本のようなもの。
地球にある絵本のようにカラフルでも絵が多いわけでもないけど、全体に字が大きく物語風の挿し絵もそれなりにある感じだ。
次に児童文学風のもの。
先ほどの絵本ほど字も大きくなく、挿し絵も少ない。
それでもぎっしりと字が詰まっている感じではなくて、所々挿し絵も見られるので、恐らく絵本を卒業した子供が次に読むのがこのレベルの本なのだろう。
最後に、字も細かく内容も物語といった感じには見えない難しそうなもの。
挟まれる絵も物語の挿し絵というより、何かの説明のためのイラストといった感じ。
これって、もしかしてこの世界の子供が使う教科書的なものじゃないかな。
そう言えば、一冊だけ難しそうなのにところどころ妙に行間が広く取られていて、昨日習った文字とは違う知らない記号の羅列が挟まれている本があったね。
あれって、もしかして算数の教科書かも。
そう言えば、まだ数字の書き方は習っていなかったね。
後でお母様に聞いてみよう。
一通り本棚のチェックを終えた私は、本棚から一番初心者用と思われる絵本を取り出すと、私用に用意された小さな机に向かった。
机の上に本を開くと、私はそこに書かれた文字を追い始める。
やはり書き言葉と日常会話で使われる言葉では、使用される機会が違うのか、知らない単語がかなりあった。
私は机の端に置かれた紙と羽ペンを取ると、それらの単語を紙に書き出していった。
意味のわからない単語は後で誰かに確認だね。
黙々と学習を続けるその姿はとても3歳児のものではなく、その姿を少し離れたところで眺める侍女たちの目には、幼児というよりは寧ろ大人の妖精が、何か作業をしているように見えた。
だが、元々主夫妻と使用人との距離感が一般の貴族の家と比べてかなり近く、生まれた時から世話をしているアメリアを、この家の侍女たちは自分の子供か妹のように感じていた。
そのため、この可愛い子供、妹の、主夫妻公認の奇妙な振る舞いは、侍女たちの誰にも気味悪がられるようなことはなかったのであった。