ザパド侯爵の焦り 〜ザパド侯爵視点〜
(ザパド侯爵視点)
「ええぃ! 忌々しい! 一体なんだというのだ!」
私は王都から届けられた部下からの報告書を床に叩きつけた。
実に忌々しい!
あのサラ王女の不愉快な晩餐会から然程の時も空かず、また王家から式典への招待状が届いた。
サラ王女殿下とアメリア公爵の武勲を讃え?
ドワルグの鉱山組合長が辺境伯?
なんだ、これは!?
そんなもののために、この私にまた王都へ来いというのか!?
欠席だ、当然だろう。
次に届けられたのは、王都とユーグ侯爵領の間で商売をする子飼いの商会長達からの報告書。
奴らには、ユーグ侯爵領からセーバの街向けに売られる食糧の、値の吊り上げを指示してあるはず……。
なに?
農作物を売ってくれないだと!?
どうなっている?
ユーグ侯爵領は我が国最大の農業地帯だが、その販売網を押さえているのはザパド領だぞ。
報告書によると、王都とザパド領に流通させる分の食糧については、今まで通りで特に問題は無いらしい。
問題は、セーバ領に売られる予定の食糧だ。
相場よりも高めに引き取るといっても、一切交渉に応じない?
農業ギルドも、ユーグ侯爵家も、だと?
また、レボル商会が直接農家から買い付けたのかとも思ったが、その気配も無いらしい。
あの辺一体の王都方面、ザパド方面へと向かう輸送業者には、全て根回しがされている。
ザパド領を一切通さず、食糧の買い付けなど、できるはずがないのだ!
では、ユーグ侯爵は作った作物をどこに売るというのだ?
えぇい、わけが分からん!
こ、これ以上協力はできない?
一体、何様のつもりだ!?
王都の鉄鋼組合からの手紙に、思わず頭に血が上るのを感じる。
最近、王都でも増えているというセーバ産の工業製品。
王都の鉄鋼組合には、セーバに売る金属の値を吊り上げるよう指示していたはずだ。
それにも関わらず、以前以上にセーバ産の武器や魔道具が、大量に王都に流れ込んでいるらしい。
おかしいだろう!
何? 道ができている?
王都を通さず、直接ドワルグの鉱山組合から金属を仕入れているだと!?
そんなもの、鉱山組合に圧力をかけて、セーバに金属を売らないようにすればよいだろう!?
無理?
辺境伯に圧力などかけられない?
逆に、こちらがお願いして王都にも金属を回してもらっているだと……。
今までセーバの街に対してしてきた事が明るみに出て、王都の鉄鋼組合は非常に立場が不味いらしい。
この国の鉱山を取り仕切るドワルグ辺境伯家は冷たい。
鉄鋼組合がセーバの街にやったことや、セーバの街の工業製品の評判を聞き、王都を離れてセーバの街に工房を移す職人も多い。
セーバの街を経由して購入した金属と比べ、鉄鋼組合が扱っている金属の質は非常に悪いと、王都の工房や街の住民達の批判も酷い。
今は、何とかアメリア公爵にこれまでの事を許してもらうのが先決で、もうアメリア公爵と敵対するザパド侯爵の頼みは聞けない……だと!?
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他にもまだある。
例えば、宿屋組合。
魔道具で井戸から水を汲み上げる水道設備に、魔道具で簡単に湯を沸かせる風呂。
寝心地の良いベッド。
これらの無い宿は、既に王都では一流の宿とは見做されなくなっている。
だから、それらを唯一提供できるアメリア商会には逆らえないという。
例えば、飲食店組合。
ウィスキーに魚介類、エールを冷やす魔道具に冷凍庫。
それに、最近はめっきりザパド領から流れてこなくなった珍しい香辛料。
おまけに、この国の食材の大半を提供するユーグ侯爵家からは、内々にアメリア公爵に協力してやってくれとのお言葉もいただいている。
正直、ザパド侯爵に従う理由が見つからない。
そして、王都の貴族。
既に王都の平民の生活にまで浸透し始めているセーバ産の各種製品を、最も早く自分達の生活に取り入れた人たち。
その恩恵を、遠避けられるはずもなく……。
『先日、やっと新しい馬車が届きましてな。実に乗り心地が良い』
『それは、もしや、セーバ産の?』
『ええ、恐らくベッドと同じ技術で作られているのでしょう。全然尻が痛くならんのですよ』
『それは羨ましい。
我が家はディビッド公爵の派閥とは疎遠だったもので……。
一応アメリア商会に頼んではいるのですが、いつになるやら』
『ですが、良いのですか?
貴公の寄親殿は、公爵家とは反目していたのでは?』
『それが、例のドワルグ討伐戦ですっかり宗旨替えしまして。
それまでは、戦えない貴族など問題外と、全くアメリア公爵を認めなかったのですが、ドワルグから帰ってからは……』
『何か、あったのですか?』
『いや、ドゴール様はドワルグでアメリア公爵がミスリルゴーレムと戦うところを直接ご覧になったらしく、最近はアメリア公爵のことをべた褒めでして。
まぁ、そのおかげで、私も大手を振ってセーバ産の商品を使えるわけです』
『ほぉ、ドゴール将軍も遂に陥落しましたか。
王妃殿下がアメリア公爵に目をかけているという噂はありましたが、ドゴール将軍は特に王妃殿下から紹介を受けた様子はないようでしたが……』
『ええ、ドワルグで会うまでは、全く面識は無かったようです。
初めは、魔力の無い者に本当に戦闘が可能なのかと懐疑的だったそうですが……。
凄まじかったらしいですよ』
『それで宗旨替えですか。
ボストク侯爵やユーグ侯爵も最近はアメリア公爵をお気に入りのようですし、私もアメリア公爵とは何とか個人的な縁を結びたいものです』
『ははは、それについては私も同感ですが……難しいでしょうなぁ。
父君のディビッド公爵は当然として、最近は陛下までがアメリア公爵に近付こうとする者に目を光らせていますからな。
欲はかかないことです』
『ごもっとも』
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おまけに、これは何だ!?
“鉄の大蛇”だと?
王都まで二日だと!?
そんな、馬鹿なことが……。
だが、本当にそうなれば、クボーストの交易路を使う商人などいなくなってしまうぞ……。
「おい、魔鳥便の準備を! ダルーガ伯爵に手紙を出す」
最早、手段を選んでなどおれんのだ!




