ドワルグの街
ドワルグは、魔石の山モーシェブニ山と、それを取り囲むように存在する種々の鉱山地帯の麓に作られた鉱山の街だ。
街の北側、東側は様々な鉱物を含む険しい山脈が聳え立ち、街の西側には“大地の裂け目”、または単に“裂け目”と呼ばれる幅数十メートルに及ぶ巨大な地割れを挟んで、大森林が広がっている。
大森林で生み出された膨大な魔力は、大森林の東に位置するモーシェブニ山の魔石に引きつけられ、龍脈と呼ばれる巨大な魔力の流れを作り出している。
もっとも、大森林の魔力は大地の裂け目に遮断されるため、実際にはモーシェブニ山に流れ込むことはない。
伝承によれば、かつてこの地には天を突くような岩の巨人がいて、モーシェブニ山の魔石はその巨人の心臓だったと言われている。
巨人は神々の力を借りた勇者によって倒されたが、その時に巨人の心臓に新たに魔力が流れ込んで巨人が復活しないよう、神々の手で心臓に向かう龍脈が断ち切られた。
それが、ドワルグの街の西に広がる大地の裂け目と言われている。
因みに、その巨人を倒した勇者が巨人の心臓を管理するために起こしたのが、モーシェブニ魔法王国ということになっている。
ともあれ、大量の魔力のある場所には強い魔物が発生する。
その為、モーシェブニ山に最も近い大森林の北東部、つまりドワルグの街の北西部の森では、危険な魔物が非常に発生しやすいのだ。
ただ、それも大地の裂け目のお陰で、ドワルグの街や鉱山地帯に流れ込んでくる心配はない。
大地の裂け目は街の南西部辺りで途絶えているため、街の北西部の鉱山地帯と比べてドワルグの街の西の裂け目はだいぶ幅が狭くなっているが、それでも10メートル以上の幅はある。
その上、ドワルグの街のある場所は既に大森林の南東の端となるため、それほど強い魔物が現れることも稀だという。
裂け目に架けられた橋さえ守っていれば、それ程の問題はない。
そんな情況が一変したのが、今から数年前。
橋から比較的近い場所で強力な魔物が、特にサラマンダーが目撃されるようになり、同時に大森林の端で林業や狩猟等で生活をしていた村の者達が、保護を求めて大量にドワルグの街にやって来るようになった。
サラマンダーは、流石に大森林を出て橋の側まではやって来ないし、いざとなれば橋を落とすことで侵入を防ぐことはできる。
それでも、比較的街から近いところにサラマンダーがいる以上、大森林から森の恵みを得ることはできない。
大森林から大量に流れてきた難民による治安の悪化も問題になっている。
そもそもドワルグの街には、鉱山関係者以外の余所者を保護したり管理したりするような、そういった行政システムが存在しないのだ。
元々ドワルグの街の住民の大半は採掘関係の仕事か、それらの仕事に就く鉱夫達の生活を支える仕事をしており、それらの取りまとめをしているのがドワルグの鉱山組合だ。
そのギルド長は代々この地の鉱夫達の元締めのようなことをしていて、実質ドワルグの街の領主のような役割を担っている。
そう、実質……。
というのも、ドワルグの街自体は王家の直轄地で、魔石の採掘に関してだけは王家が派遣した代官が直接管理しているため、公式にはその代官がドワルグの統治者ということになるのだ。
もっとも、王家から派遣される代官は5年ごとに交代になるし、その代官が管理するのは魔石の採掘に関する部分だけだから、それ以外の鉱物の採掘、鉱夫の管理、鉱夫の住む下街の運営等、その大半は鉱山組合の仕事になる。
実際、鉱山組合のギルド長には貴族と同等の権利が与えられているから、モーシェブニ山を除くこの地の領主は、鉱山組合のギルド長と言っても過言ではないと思う。
では、何故そんな面倒な二重支配みたいなことが起きているのか?
それは、この地とこの地の魔石を管理するのは、王家でなければならないから。
魔石の管理は国の根幹に関わる問題だからね。
モーシェブニ山を代々統治するような貴族を作るわけにはいかないし、土地を自由にできる統治権を与える訳にもいかない。
だったら全てを王家が管理すればいいのでは?とも思うのだけど、これもなかなか難しいらしい。
代々この土地の鉱山に根を張る職人気質の鉱夫達を、碌に事情もわからない任期の短い法衣貴族に管理できる訳もなく、かといって王家が直接管理するのにはドワルグの街は王都から離れすぎている……。
結果出来上がったのが、今のような二重支配構造らしい。
そんな訳で、ドワルグの街で採れる各種金属目当ての私達としては、真っ先に話を通したいのは鉱山組合のギルド長の方なんだけど……。
なぜか法衣貴族の代官の屋敷で歓待を受けている私達がいる……。
それは、数時間前に遡る。
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「なっ!? 子供と女?
避難民には見えないが……。子連れの冒険者か?」
「そんな冒険者がここを通ったなんて話は聞いてないぞ。
ここから大森林に向かったのでないなら……。
セーバ領の方からやって来たってことか!?」
「無理だろ!
今の大森林を抜けてくるなど絶対に不可能だ!」
「いや、とにかく保護を」
「待て! 魔物の中には人に幻覚を見せるものもいると聞いたことがある」
『あれは……。
あの子供は王女殿下か? えっ、でも来るのはまだ半月は先なんじゃぁ……。
討伐部隊とか見当たらないし……。
いや、ともかくジーノ伯爵に至急お知らせせねば!』
ドワルグの西、大地の裂け目と言われる巨大な地割れに架けられた橋の検問所。
昼前にさくっとサラマンダーを討伐した私達は、ようやく長旅を終えドワルグの街に辿り着いたんだけど……。
何やらこちらを見て門兵の人達が騒いでいる。
人の往来が完全に途絶えた森から、女性と子供だけの集団が急に現れて混乱しているみたい。
セーバの街からサラマンダーの討伐隊が来るって話、門兵には伝わってないのかなぁ?
そのうちに、門兵が私達の方に警戒するように近づいて来て、恐る恐る質問を始めた。
私達がどこから来たのか、何者なのか、橋を守る門兵に説明をしていると、この辺りには不似合いな貴族用の豪華な馬車がやって来て、中から王宮の貴族のような礼服を着た男が現れる。
男は私達の如何にも冒険者といった出で立ちに不躾な目を向けてきたけど、どうやらサラ様の顔は知っていたようで、急に態度を改めるとサラ様に向かって長ったらしい挨拶を始めた。
どうやらこの人は王家から派遣されているドワルグの街の代官のようで、まずは屋敷で詳しい話を聞かせて欲しいと、サラ様だけを自分の馬車に押し込めようとする。
それにはサラ様が不快感をあらわにし、慌てた代官が私達全員を屋敷に招待したってわけ。
そして今現在、私とサラ様の前に座るドワルグの街の代官、ジーノ伯爵は、自分の家系はどうとか王都の家族がどうとか、あと自分が王家から任された魔石の管理にどれだけ腐心しているかとか、そういった話を延々としている。
そろそろ本題に入りたいんだけど……。
「そろそろ本題に入りたいのですが!」
サラ様がジーノ伯爵の話をぶった切った!
まぁ、気持ちは分かる。
やっとドワルグの街に辿り着いて、心地よい達成感に浸っていたところでこれだものね。
「それはそのぉ、サラ王女殿下が主導で行う、セーバ領との通商ルートの整備とサラマンダーの討伐についてでしょうか」
「そうです。王宮からも連絡が入っているはずですが」
始めこそ子供のご機嫌を取るような態度を見せていたジーノ伯爵も、サラ様のビジネスライクな物言いに萎縮しだし、途端にしどろもどろになる。
「いや、その、確かにセーバの街からサラマンダーの討伐隊が来るといった話は受けておるのですが、そのぉ、こちらにも色々と準備が必要で……。
この街には余分な兵も少なくてですなぁ。
いや、決して王女殿下に協力できないという意味ではないのですが……」
「「???」」
何やらジーノ伯爵が言い訳を始めたけど、全く要領を得ない。
このおじさんは何を言っている?
私とサラ様が怪訝な顔をしていると、ジーノ伯爵がガバッと頭を下げる。
「申し訳ございません!
その、私は元々荒事は苦手でして、こちらに連れてきている兵も少なく……。
故に、こちらからサラ王女殿下の討伐隊に増援を出すことはできません。
どうかお許し下さい!」
「「………………」」
これは、つまり、私達が既にサラマンダーの討伐を終えていることを分かっていない?
セーバの街からの討伐隊の本隊は今もサラマンダーと対峙していて、私達はドワルグからの増援を頼むために、戦闘を避けて先にドワルグの街に退避してきたとか思ってる?
確かに、仮にも一国の王女様が冒険者のような薄汚れた格好で女子供5人だけでやって来たら、それがサラマンダー討伐隊の本隊だとは思わないかも……。
サラマンダーと戦う本隊を置いて、何とか逃げ延びてきたって考えるのが普通だよねぇ……。
サラ様もその事に考えが至ったのか、ジーノ伯爵を見つめてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ジーノ伯爵は何か勘違いをされてませんか?
今回のサラマンダー討伐部隊は、私を含むここにいる5人で全てです。
そして、サラマンダーの討伐は既に完了しています。
私達はサラマンダーを倒してこの街に来たのですから」
「………………えっ?」




