反省会?
試合終了。
私達、セーバ・チームの完全勝利だ。
「「「「「「ウォ〜〜〜!!!」」」」」」
『すごかったナ、おい』
『アメリア公爵、かっこいいなぁ』
『誰だよ、優秀なのは商売だけで、碌に戦えないとか言ったの』
『しょうがないだろ! アメリア公爵に魔力がないのは確かな訳だし……』
『側近の二人も何かすごかったし、あれならサラ様がセーバに行くのも納得かも……』
『そういえば、アメリア様が使ってたのって、もしかして、風魔法じゃないか?』
『あの、氷槍を撃ち落としてたヤツか!?』
『えッ? 風魔法って、あんなことできるの?』
『目に見えない攻撃って、最強だろ!』
『なるほど! あの魔法が学べるなら、風属性のサラ様がセーバに行くのは当然だな』
ずっと見学していた兵士達も、いい感じに盛り上がっている。
結果として、ボストク側の敗北で終わった訳だけど、それを悔しがったりする気配は全く感じない。
良くも悪くも、勝者を讃える、強い者を素直に尊敬するといった気風なのだろう。
こちらが実力を示したことで、試合前にあった若年層の兵士達からの敵意や侮蔑の気配も消えたみたい。
とりあえず、これでサラ様がセーバの街にいることについては、皆に納得してもらえたかな。
そんな風に考えていると、ようやくお腹の痛みが消えたのか、ユリウス伯爵が立ち上がった。
「僕の負けです、アメリア公爵。
今までの非礼をお詫びします。
魔力の少ないあなたでは、サラ王女殿下の教育は務まらない等と、とんだ勘違いでした。
先輩達からは、実際の戦闘においては“戦い方”の方が大事で、ただ魔力があるだけでは何の役にも立たないと、散々言われていたのですが……。
私自身、分かっていたつもりだったのですが、どこかで、所詮魔力の無い者には大したことはできないと、高を括っていたのでしょう。
まさか、風魔法をあのように操り、しかも、風魔法だけでなく、魔法無効化の魔法まで使いこなすとは思いませんでしたよ。
ファイアウォールで閉じ込めた時には、間違いなく勝ったと思ったのですがね……」
いや、あれは魔法無効化の魔法じゃないよ。
あれも、れっきとした風魔法。
魔法で作り出したとはいえ、所詮はただの炎だからね。
周囲の酸素をどかしちゃえば、消火は簡単だ。
まぁ、この世界の人達は火が燃える仕組みとか知らないし、風はむしろ火を強めるものって認識だから、安易に魔法無効化の魔法と結びつけちゃう気持ちも分かるけど……。
なんか、言い方が引っかかるなぁ……。
「サラ様についても同様です。
所詮は風魔法。いくら魔力があっても、実際には何もできない。
ならば、私がサラ様を守って差し上げなければと……。
それ自体が傲慢な考えだったようです。
アメリア公爵が先程の試合で使われていたのは、風魔法ですよね?
戦闘では役に立たないといわれる風魔法でも、使い方次第であれだけの戦いができるのです。
戦場での大規模戦闘の必要がないサラ様なら、それで十分でしょう。
魔力自体は多いのですから、自分の身を守る術さえあれば、何の問題もありませんからね」
わかった。
つまり、あれだ。
たとえ貧弱な魔法でも、戦い方次第では弱者が強者に勝つこともできると。
今回の敗因は、自分の戦術の未熟さのせいで、純粋な魔法なら私にもサラ様にも負けることはないと。
「つまり、今回のユリウス伯爵の敗因は、私の“戦い方”が優れていたせいで、純粋な魔法勝負で負けたわけではないと?
サラ様の魔法も、所詮は護身術程度だと?」
今まで調子よく語っていたユリウス伯爵が、私の剣呑な雰囲気に焦りだす。
「いや、決してそのようなことは……。
ですが、実際のところ、先程のアメリア公爵の戦闘は、その卓越した体術によるところも大きかったはずです。
それに、アメリア公爵が最後に私を投げ飛ばした技にしても、あれは人相手でなければ無理な技でしょう?
純粋な力で振り回すのではなく、うまく相手のバランスを崩して投げるあの技を、公爵は四足の魔獣相手にもかけられるのですか?
今回の試合、アメリア公爵の試合だけでなく、レオナルド男爵や侍女殿の試合にも言えることですが、その戦い方は全て一対一の対人戦闘を想定したものばかりでした。
強力な魔法を使えない短所をうまく補った戦い方だとは思いますが、残念ながら、それでは巨大な魔物や魔獣の群れは相手にできません」
なるほど、よく分析している。
でも、それも勘違いだ。
私も、レオ君もレジーナも、別に強力な魔法が使えないってわけではない。
ただ単に、一対一での対人戦の試合を盛り上げるために、相手を瞬殺してしまうような魔法を控えていただけだ。
でも、そうか……。
そう考える人もいるよね。
今後、私やサラ様に対して、いざという時に街や国を守れないようでは、安心して統治を任せられないとか、言い出す貴族が現れても困る。
この子の心も、まだ折れていないみたいだしね。
ユリウス伯爵は、ボストク領の若手の注目株みたいだから、この機会に一度彼の価値観を粉砕しておいた方が、後々まで禍根を残さなくていいだろう。
「そうですか……。
ユリウス伯爵は、私にも、風の単一属性であるサラ王女殿下にも、大規模な魔法は使えないとお考えなのですね」
私は、にっこりと微笑むと、近くに来ていたボストク侯爵に話しかける。
「ボストク侯爵、あちらに見える魔法演習の的が並んでいる辺りに、今、人はいらっしゃいますか?」
「いや、今はみなアメリア公爵の試合を見学に来ているはずじゃ。
あの辺りには誰もおらんが……」
「そうですか」
私は、腰に提げた専用の革のポーチから、えんじの小さな革表紙の本を取り出す。
ちょっと勿体つけながら、おもむろに本のページを開き、ここから50mほど離れた先に見える魔法演習用の的の辺りに、魔力の経路を通す。
「ボストク侯爵、ユリウス伯爵。
折角の機会ですので、最後に私のとっておきの“風魔法”を一つお見せしますね」
私が何やら始めたことに気付いた周囲の兵士達も、私が見つめる方向を見始める。
(うん、ギャラリーは十分かな)
私は、左手に開かれた本のページを見つめ、その事にさも意味があるかのように、ページに書かれた魔法の呪文にさっと右手の指を走らせると、そのまま演習場の隅に並ぶ魔法の的の方に自分の右掌を向ける。
「Извлекай что хочу. Измените воздух, как вы себе представляете. Разделите магию магической силой.」
妙に静まりかえった演習場に、少女の囁きのような魔法の言葉が響く。
瞬間。
バアアアアアアアアアンンン!!!!
大気を引き裂くような爆音と衝撃が辺りを包みこみ、兵士の何名かが思わず悲鳴をあげる。
何かの破片と土砂が宙を舞い、土煙が立ち込める。
しばらくして、それらが治まると、後には更地が広がっていた。
的も、その背後の防御壁も、その周辺は根こそぎ吹き飛んでいた。
ボストク侯爵も兵士の皆さんも、茫然自失。
レジーナの得意顔と、レオ君の「やり過ぎじゃねぇ?」って顔だけが、妙に浮いて見える。
「このくらいの魔法なら、ユリウス伯爵の御眼鏡に適いますか?」
にこりと微笑って尋ねると、顔面蒼白のユリウス伯爵が何とか再起動を遂げる。
「なッ、なッ、なッ、なんですか、あれは!?」
「ただの風魔法ですが、何か?」
足、震えてるよ?
賢いユリウス君のことだ。
先程の試合で、自分に向かってあの魔法が使われていたらってことに、思い至ったのだろう。
“使えない”のではなく、単に使わなかっただけだと。
その事実に気付いてしまうと、先程の試合後のコメントも、敢えて手加減してくれた相手に対して、強力な魔法は使えないと勝手に決めつける、かなり失礼なものだったと理解できたはずだ。
「あッ、あッあッ、あれが……風、魔法?」
「ええ、ただの風魔法です。
少々扱いが難しいのですけど、風属性を持つ魔術師なら、練習次第で誰でも使えますよ。
勿論、風の単一属性のサラ様なら、ちょっと教えればすぐに使えるようになると思います」
「そ、そんな…………」
力が抜けて、その場にしゃがみこんでしまうユリウス君。
一応、サラ様の婚約者候補らしいし、きっと「サラ様は自分が守ってやる」とか、考えていたんだろうな。
無力でか弱いお姫様だと思っていた相手が、実は自分よりずっと強いと知って、軽くアイデンティティを喪失してるね。
でも、しょうがない。
実際、風魔法というのは、しっかりと理解すれば、かなり凶悪だからね。
先程使った魔法が、ただの風魔法っていうのも本当だ。
まぁ、厳密には、抽出魔法と闇魔法も使っているけどね。
それでも、魔法のベースになっているのは、間違いなく風魔法。
まず、抽出魔法で窒素を抜き出し、酸素と水素の濃度を上げた空気を爆発地点まで飛ばす。
次に、爆発地点近くの一部の空気を高圧縮して、発火させる。
最後に、これらの魔法の結果を闇魔法で増幅させる。
結果、起こったのが、魔法の演習場を吹き飛ばすほどの水素爆発ってわけ。
因みに、この魔法に魔法無効化の魔法は通用しない。
だって、爆発自体はただの自然現象で、魔法で起こしたものではないし、爆発は結果であって、誰かが攻撃の意思を持って加えた力ではないからね。
本来なら、魔法無効化の効果が働くはずの的や防御壁が、全て見事に吹き飛んでしまったのは、それが原因だ。
そんなことは全く知らない兵士さん達は、一体どれほどの威力なのかと、唖然としてしまっているけど。
で、ちょっと長めのこの魔法。闇魔法と掛け合わせて私用にアレンジしてあるけど、闇魔法の部分を抜けば、サラ様にも勿論使えるはずだ。
サラ様が属性を持たない抽出魔法も、サラ様との相性のいい風限定なら、問題なく使えると思う。
もっとも、この魔法はかなり危険だから、サラ様にももうしばらくは教えるつもりはないけどね。
それでも、あの魔法をサラ様が修得できる可能性があるってだけで、今後はサラ様が風の単一属性だからと、馬鹿にされるようなことはないだろう。
破壊してしまった施設については、こちらでの弁償を申し出たんだけど、ボストク侯爵には良いものを見せてもらったからと、丁重に断られた。
私がこの試合で、敢えて風魔法しか使わなかった意図を、ボストク侯爵はよく理解してくれていたようで、こっそり孫娘に対するお礼を言われ、今後ともサラ様の指導をよろしく頼むと、改めてお願いされてしまった。




