私の姪 〜ベラドンナ視点〜
(ベラドンナ視点)
まったく、この義姉は貴族、もとい王族が平民と結婚することがどれだけ大変なことだったか、何も分かっていないわね。
それを可能としたディビッド様の努力と政治手腕も、それだけの逸材を手放すことを決断された前国王である義父様の決断の重さも、この義姉は“成り行き”で片付けてしまうのだから。
義兄様も義父様も浮かばれないわね。
「ほんと、不憫だわ」
「えっ?」
「何でもないわ。それで、そろそろ可愛い姪を私に紹介してくれないかしら?」
「あっごめん。私の可愛い可愛い娘のアメリアよ。
アメリアちゃん、この怖そうな人がベラおばさんですよ」
「(怒)……まあ、別にいいけど……。
はじめまして、アメリア。叔母のベラドンナよ。
よろしくね」
私がじっと“見る”と、アメリアは若干怯えた様子で下を向いた後、改めて観察するように私をじっと見つめ返していたが、最後まで泣き出すようなことはなかった。
「本当に大人しい、というか、大人びた子ね。
普通は私の顔を見たら泣くんだけど」
「それ、自分で言ってて悲しくない?」
「事実だもの。流石に息子に大泣きされた時にはへこんだけど。
大抵の赤ん坊は初めて私に会うと大泣きするわ。
そういう意味では、この子って異常よ。
流石アリッサの子供と言うべきかしら」
「会ってそうそう悪口?」
「違うわ。誉めてるのよ。
肝が据わっているというか、なんだか末恐ろしいわね」
「確かに滅多に泣かないし、手のかからない子だってのは事実よ。
私の読書の邪魔なんて絶対にしないしね。
でも、肝が据わっているっていうのはチョット違うかな。
逆に、赤ちゃんとは思えないほど周りの空気を読むもの。
絶えず周りを観察していて、自分がその場面でどう動くのが正解か考えているような。
偶に大人みたいな顔つきで天井睨んで考え事とかしてるしね」
「まあ、変わっているのは血筋だからしようがないとして、」
「ちょっ、それどういう意味よ!」
「そのままの意味よ。で、魔力の方はどうなの?
色々と話は耳に入ってきていたけど……。
その見た目だと、全くの事実無根って訳でもなかったようね」
「それって、この子の魔力量のこと?
そんなの知らないわよ。
この子まだ1歳だし、神殿で魔力量を測るのは3歳になってからでしょ」
「まあ、そうなんだけど。
ただ、親なら普段接していれば何となく子供の魔力量は察せるでしょ?
それに、学院一の魔力感度を誇っていたあなたが、自分の子供の魔力を感じ取れない訳ないじゃない」
「まあね……。 何となくは分かるよ。
はっきり言って、相当低いと思う」
何か問題でも?といった様子で、あっけらかんと死刑宣告に等しい言葉を言い放つアリッサ。
この国で、特にこの国の貴族の間で魔力が低いというのは、感覚としては手足に欠損があると言うに等しいほどの、致命的な欠陥と言えるのだ。
私は黙りこみ、何とも言えない気持ちで新しくできた姪を見つめる。
生粋の貴族の生まれで、特に強大な攻撃魔法に重きを置くボストク侯爵家の娘でもある私にとっては、魔力が低いというのはこれからの人生の全てを否定されるに等しい受け入れがたい事実なのだ。
「ディビッドもかなり気にしているようだけど、はっきり言って私はあまり気にしてないわよ」
単なる強がりでも現実逃避でもなく、心底そう思っているという様子のアリッサ。
「別にベラと違ってうちは元々貴族って訳じゃないしね。
それに、いざとなったら魔力とかであまり差別されない別の国に行っちゃえばいいだけだから。
まあ、なんとかなるでしょう」
あっけらかんと答えるアリッサに毒気を抜かれて、私は大きな溜息をつく。
「あなたはいいかもしれないけど、ディビッド様は王族なのよ。
大体、今ディビッド様にこの国を出て行かれたりしたら、私と陛下が死ぬわよ」
「まあ、大丈夫だと思うよ。私はかわいい娘を信じているから」
そんなたわいもないおしゃべり(実は将来の王国の国政に関わるかもしれない重大案件なのだが)をしつつ、午後のお茶を楽しむ2人。
「そう言えば、アメリアの誕生祝いがまだだったわね」
私は気分を切り替えようと、侍女に用意しておいた物を持ってこさせる。
しばらくすると、先ほど指示を出された侍女が精巧な柄の紐で結ばれた、白い桐の箱を持って戻ってきた。
「これ、アメリア誕生のお祝いにもらっていただけるかしら」
丁寧に美しい紐を解き、その中身をアリッサとアメリアに見せる。
中には薄い紫の下地に桜の花びらの意匠をあしらった不思議な印象の茶碗が納められていた。
茶碗を箱から取り出し、テーブルの上に広げた布の上に丁寧な所作で置く。
「どうかしら?
銘は“曙”。倭国の古典から取ったらしいわ。
アメリアの髪と瞳のイメージにぴったりだと思って。
これなら由緒もしっかりしているし、アメリアが将来貴族相手にお茶席を持つことになっても舐められることはないわよ」
私の言葉に今度はアリッサの方が若干蒼くなる。
「“しっかりした由緒”って、これどうしたの? かなりいい物に見えるんだけど」
「先日倭国から来た使者がくれたのよ。
『倭国の皇族よりモーシェブニ王家に贈られた品で、私の誕生の折そのお祝いにと王妃様より下賜された物でございます』って。
どう? 完璧でしょ?
これにケチをつけてくる貴族がいたら、そいつは王家と倭国に喧嘩売っているのと同じことよ。
アメリアもいずれは貴族とも付き合うことになるんだから、これくらいは持っていないとね」
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アメリア誕生の祝いに、王妃が自ら倭国から友好の印にと贈られた貴重な茶器をアメリアに下賜する。
これは王家がアメリアの存在を認め、後ろ盾についていると宣言するに等しいことだ。
恐らく魔力の少ない姪のことを案じ、色々と心を砕いてくれている親友に感謝しつつ、アリッサはゆっくりと流れる午後のひとときを楽しんでいた。