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俺の家族になってよ  作者: 黙示
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立派な弟

 俺の家には居間にしかエアコンがない。

夏休みに入ってから毎日居間に居座ってエアコンをつけていたらついに母から令状が出された。

【1人の時のエアコン使用禁止!】

カレンダーの裏紙に書かれた粗末なメモ書きはわざわざ机上にテープで貼られている。

まるで母に監視されているようで、俺はそのメモに逆らうことが出来なかった。

あづい~~~。

汗で張り付いたシャツを胸から剥がして隙間に息を吹きかける。

肺から出てきたそれは気温と大差ない生ぬるさで肌を撫でる。

頭皮から滲み出た汗が塩の層をつくって頭が痒い。

うああああああああ!

叫びたくなる。

でもそんな元気もなくて、無気力にソファに身を投げ出すだけだった。

玄関のドアが開いて、閉じた音がした。


「ただいま」


鷹兎たかとの声だ。

帰ってきた。

鷹兎も夏休みのくせに、毎日登校日と同じくらいの時間に起きて出かけている。

しっかりしてんな~。


「おかぁり~~~」


体を回転させて一度床に落ちてから立ち上がる。

部屋に直行しようとする鷹兎の首に腕を引っかけた。

鷹兎はぐえっ、と唸って止まる。


「ここにいてよー。熱中症で死ぬ」


鷹兎は母のメモを横目で見やる。


「そういう時は図書館いけばいいんだよ。俺みたいに」

「ええ……だってあそこ何にもないじゃん」

「本があるよ」

「本、ねー」

「ここにもあるよ。暇だったら運んでくれない?」


鷹兎が玄関の方を指さした。

覗くと、大きな段ボールが置いてあった。

俺が入れそうなくらいデカい。

どうやら鷹兎が持ってきたらしい。


「何これ」

「図書館で無料で配ってたから貰ってきた」


貰いすぎだろ……。

俺は段ボールを居間まで運んだ。


「ありがとう」


鷹兎は冷凍庫からアイスを二本出すと、一本を俺に渡してソファに座った。

俺はアイスを咥えてエアコンとテレビをつける。

すぐに冷たい風が体に当たった。

汗が冷えていく。気持ちいい。

鷹兎の隣に座る。


「ふ~~。生き返った~~~」

「お母さんのメモ、なんでそんな律義に守ってるの?」


鷹兎は呆れたように笑った。


「俺がいたことにすればいいじゃん。口裏なら合わせるよ」

「お前を犯罪者に出来るか!」

「大袈裟すぎ。まあ今日からはここで本読むことにするよ」


鷹兎は段ボールの中から適当に一冊出した。

もしかして、こんなに本貰ってきたのって、俺のため……?


「鷹兎ってホントいい子だなあっ」

ゆきさんは本当大袈裟すぎ」


鷹兎はそう言うと本を開いて読み始めた。

辞書みたいに厚い本で、表紙にはアルファベットで文字が書かれていた。

うえ、英語の本……。

俺が高1の時こんな本読めなかったぞ。今も読めないけど。

鷹兎はそんな本を調べるでもなくスイスイと、まるで絵本でも読むみたいに当たり前のように読んでいく。

本当にこいつと同じ血が俺に流れてるのかと不思議になる。

やはり人間DNAじゃなくて育った環境だな、と、こういうときに実感する。


「俺も読んでみようかなあ」


本なんて教科書しか読まないし、読みたいとも思わない。

しかし俺は本を日常的に読むような人間になってみたかった。

目を瞑って段ボールに手を入れる。

隙間に腕を射し込んでいって、中層くらいでつっかえた本を取った。


「これにしよー」


鷹兎が俺の持つ本を見て笑った。


「幸さんにぴったり」


【猿でもわかる数学】。

背表紙が剥がれかけている古い本だった。

この前数学の宿題教えてもらったときのこと言ってるな。

笑いたい気持ちもわかるけど。

高3が高1に聞くなって話だよな。でも数学マジ苦手なんだよ。

俺は本をもってソファに座った。

ちょっと俺の思ってた本と違ったが、まあ読んでみよう。

 気づいたら夕食時になっていた。

夢中になってたとかじゃなくて。

ここ数時間の記憶が無いので多分寝ていた。


「ご飯だよ」


鷹兎に起こされたらしい。

俺たちは食卓に向かう。

部屋には料理の臭いが漂っていて、既に机の上に夕飯が並んでいた。

最近まで本当の父だった男が右斜め前にいる。

俺が母の向かいに座ると、隣の椅子に鷹兎が座った。

びくり。

もう一年も経つというのに隣の存在感にまだ慣れない。


「いただきます」


父が言って、俺たちはそれに続くように箸を持った。


「いただきまーす」

「いただきます」

「いただきます」


中央に置かれた大皿に持ってある炒め物を父はつまむ。


「んう。うまいうまい」


父の褒め言葉に母が頬を緩ませる。

腕を広げて抱きつくと、父の顔中にキスした。

父の口の中で咀嚼半ばのキャベツが入り乱れていた。

まるで欧米の夫婦を見ているようだ。

これも一年前までは無かった。少なくとも俺の前では。


「どう?」


母はその大きな強い瞳を次にこちらに向けた。


「うまいよ」


鷹兎は母の言葉には応えず、黙々とご飯を口に入れていた。

まるでわざと顔を上げないようにしているみたいだ。

母はそんな鷹兎の様子を都合良く解釈する。


「そんなに美味しい?よかった!まだいっぱいあるからね。鷹兎君」


母は一生気づけないのかもしれないな。

鷹兎の気持ちに。


「ご馳走さま」


まだ夕食が始まって数分だが、鷹兎は手を合わせた。

席を立とうとする鷹兎を母が呼び止める。


「待って。話があるんだけど」


きゅっ、と鷹兎の体に力が入ったのがわかった。

かくいう俺の体にも。

母が父の手を握った。恋人繋ぎだ。


「明日から父ちゃんと二人で旅行行ってくるから」

「二泊三日で」


母と父はにっこり笑った。


「弁当は?」


俺の質問に母は間髪いれず答える。


「お金あげるから弁当買って」

「ご飯も?」

「出前でもお弁当でも、二人で外食でもいいじゃん」

「洗濯とかなんかいろいろは」

「三日くらいやらなくってもいいよ」

「じゃあ......鷹兎の参観会は?」

「え?そうなの?いつ?」


父が声をあげた。

母が父を宥める。


「明日だよ。けど鷹兎君来なくていいって言ってたから」


鷹兎は椅子から立った。


「ね?鷹兎君?」


母は笑顔で鷹兎に問いかけた。

鷹兎は小さく頷くと食卓を出ていった。


「鷹兎頭いいからさ、授業見たら面白いと思うよ」


俺は目の前の二人を見据えた。


「でも来なくていいって言ってたよ」

「そう、だね」


来てって言ったって、来ないくせに。

 ご飯を食べ終えて手を合わせる。


「ごちそうさまー」

「はーい」


食器をシンクに運ぶ。

部屋へ帰りがけに、何でもないように机を指差す。


「あっれー鷹兎肉残してんじゃん!俺食っていい?」

「ああ、余っちゃうだけだから食べちゃって」

「うん。部屋で食べるわ」


俺はお盆に鷹兎が食べ残したものを乗せて食卓を出た。

俺と鷹兎は同じ部屋だ。

元々俺一人の部屋だったので少し狭いが、わりと生活サイクルは変わらない。

部屋のドアを開けると鷹兎が床に布団を敷いていた。


「ありがとう」


鷹兎が顔を上げた。


「自分の布団敷いてるだけだよ」


俺は布団に座った。


「あれ?今日俺が布団じゃなかった?」

「違うよ。幸さんはベッド」

「でも俺昨日ベットで寝たよ」

「いや、昨日は俺がベッドだった」


ひとつしかないベットを、俺たちは譲り合った。

鷹兎は頑なに布団から動こうとしない。


「嘘つくなって」


俺は鷹兎の頭を撫でる。


「ここは俺たちの部屋だし、このベットは俺たちのだからさ。遠慮すんなよ」


鷹兎は口を尖らせた。


「俺布団で寝るからね。絶対」

「じゃあ今日は一緒に寝ることになるな」


鷹兎は頭の上の俺の手に自分の手を重ねた。

俺を見上げる。


「ほんとう?......嬉しい」


ほんのり頬を染めて俯いた。

じんわりと滲んだ汗が鷹兎の肌の上で艶やかに光った。

こういうところ、すげえ、可愛いと思う。

俺は鷹兎の手に指を絡める。

膝を折って、鷹兎に目線を合わせる。

ゆっくりと顔を近づけると目の前の瞳が大きくなる。

強く光が挿す大きな眼は、母ちゃんによく似ていた。

言葉にならない音が漏れた唇に、俺は自分の唇を押し付けた。


「んん、う......」


暑い。

鷹兎の熱が鼻の先に当たる。

心地よい温度だ。

ぐいぐいと鼻で、唇で、舌で、鷹兎を押す。

貪るように吸い付く。


「まっ、て」


体を押されて、弾かれるように俺は鷹兎から離れた。


「ごめん。したくなったから」

「俺はずっとしたいよ。でも、今は臭いからお風呂入ってからがいい」


そう言って顔を背けた。

耳が赤い。

別に気にならなかった、ていうか寧ろその臭いが......とかいうと流石に引かれるか。


「んじゃその前に飯食えよ」


俺は持ってきたお盆を差し出す。


「今日鷹兎の大好きなハンバーグだろ」

「ありがとう」


鷹兎は優しく笑って受け取った。

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