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ツギハギの街

見慣れた景色と見慣れない景色の入り混じるここは、

誰のふるさとでもあり、どの場所とも違う。


記憶の中にこそ、ふるさとは存在する。

ダッドにお礼を言って、モリはアルフォンソ、キュウと共に店を出た。

 歩きながら聞いたのだが、キュウの名前はアルファベットの「Q」と書くらしい。本当の名前ではなく、人を質問責めにするために付けられたあだ名のようだ。

 モリが、有名なスパイ映画に同じ名の人がいた気がすると言ったら、二人とも首を傾げて「たぶん僕らの時代にはなかった映画だ」と答えた。二人とも結構昔の人なのかもしれない。


 アルフォンソはガイドし慣れているのか、どこにどんな店があって、どんな人がやっているのかを、道すがらざっくりとではあるが教えてくれた。

 ブティック、居酒屋、本屋、レストラン、おもちゃ屋…大抵のお店はあるようだ。街角に見慣れた日本式の交番もあったので一応寄ってもらったが、駐在員はいなかった。二人の話では、警官であってもここでは迷子であり、帰り道は知らないだろうという。そもそも、生前に警官や公安組織だった者がいても、特にまとまった警察組織があるわけではなく、法律があるわけでもない。

 生きているものの世界では人の持つ価値を奪ったり、脅かすことが犯罪になるが、全てを失ったもの達で満たされたこの場所では、取り返しのつかない価値などあまり無いのだという。時代も国も価値観もばらばらな者たちの寄せ集めでは、何を犯罪と定義するかも難しい。

 ただ大抵の者が、なんとなく生前のルールや周囲のやり方に従って暮らしている。トラブルを望む者はそれほど多くなく、混沌とした中にもなんとなくの秩序があり、秩序を大きく乱すものがあれば、なんらかの抑止力がはたらくそうだ。

 モリには、今はまだ言葉の意味を半分も理解できないが、きっとそのうち、知ることになるのだろう。


 個性豊かな街並みの中で、たまにぽっかりと空き地になっている場所があったが、たまにこういう場所はあって、新しい人が来れば自然と埋まるらしい。

「だいたい、その人が生前にやっていたお店や家なんかがそのまま現れる。統一感がないんだ」

「私にはなんとなく、ヨーロッパ風だなぁっていうのぐらいしか…」

 モリのいうとおり、しばらくはヨーロッパ風の石造りの街並みが続いていたが、突然雑居ビルの立ち並ぶエリアに入って、モリは口をつぐんだ。

「そう、エリアごとになんとなく傾向はあるんだ。ただまぁ、島全体を見ればバラバラだね」

 寄せ集めてつぎはぎしたような奇妙な街だとアルフォンソは言う。

「そうなんですか…たしかに全部揃ってはないですね」

「移民国家っていうのはこういう感じなのかもな。まぁ俺は好きだよ、このヘンな街並み」

「…私も、遊園地みたいでちょっとワクワクします」

 建物もそうだが、人々の服装も、時代や国籍がばらばらで、個性豊かだ。そう思って、モリは気持ちがだいぶ落ち着いていることに気づいた。右も左も分からない不安は依然としてあるが、親切にしてくれる二人のおかげか、景色を楽しむぐらいの余裕は出てきたようだ。

 それにしても二人はこの島では結構顔が通っているのか、道行く人からよく声をかけられている。

 Qは声をかけられると軽く会釈をしているようだが、アルフォンソの方はむしろ、知己を見つけると自分から声をかけている。社交的なのだろう……それにしても随分女性の知り合いが多いようだが。

 雑談しながら歩いていると、ここがおかしな場所なのだということは、実感としてわかってくる。街並みも、道行く人も、まるでテーマパークの一部のようだ。買い物をする姿、腕を組んで歩く男女、連れ立って歩く姿。皆、とても死んだ者には見えない。

「…皆さん、本当に死んでいるんですか?」

「とてもそうは見えないよなぁ」

 アルフォンソは苦笑しながらも、モリの言葉にしみじみと頷いた。

「ここでは大体みんな、生きているみたいにしてるからね」

 Qの大体、という言い方が気になって、モリはよせばいいのに、つい尋ねてしまった。

「もしかして、死人っぽい姿のひともいるんですか…?」

 おそるおそる尋ねてみると、Qは下を向き、片手をチョップの形にして、自分の首を切る真似をした。…たぶん、ギロチンの動作を真似ているのだとわかって、モリは背筋が寒くなった。

「斬首で死んだひとは、たまに首がとれたりするからわかりやすいかもね」

「首が…」

 想像してしまってモリは表情を凍らせた。そういうひとには、申し訳ないができればお会いしたくない。

「そんな風に、死んだときの状況が強いイメージとして残っていると、それがあらわれてしまうことがある人もいる」

「……そう、なんだ」

「あとは、ユウレイとかもいるよ」

「幽霊?」

 死者の島だから幽霊ぐらいいてもおかしくないが、自分たちこそが幽霊ではないのだろうか。そう疑問を持ったモリの心を読んだように、Qがすぐに答えを口にした。

「僕らは死者だけど、一応、透けも飛びもしない体があるでしょ。幽霊っていうのは、同じ死人でも、僕らと違って、体を持たない魂だけの存在。いわゆるゴースト」

「…それって、私でも見えるもの…?」

「うーん、見えるのも、見えないのもいるみたいだけど…見えるのも見えないのも、人を驚かすのが好きだから気をつけて」

「……」

 ユウレイに気をつけろと言われても、どう気をつければいいのか。お経とかおフダとかお祓いとか、効果があるのだろうか。というかそんなことをしたら、自分が成仏してしまう気がする。

「こら、無駄に怖がらすなよ」

 ますます顔色が悪くなるモリを見かねて、アルフォンソがQをたしなめる。血の気が引くということは一応死んでいても血は通っているんだろうなぁ、とモリは雑念をいれてとりあえず恐怖を相殺しようと努めた。

「聞いたのはモリじゃないか」

「あ、いえ、先に聞いておいたほうが…実際目にしたときの衝撃が少なそうなので…ありがとう」

 前情報もなしに今聞いたようなものを目にしたら、その場で気を失いかねない。聞いておいてよかった、とモリは本気でそう思った。

「確かにそうだな。でも無理はしなくていいんだよ」

「なんでもかんでも女の子の肩を持つよね、きみは」

 モリに対しとことん甘い姿勢のアルフォンソに、Qはこれ見よがしなため息をついてみせた。

「なんだQ、妬いてるのか? お前のことも愛してるから安心しろよ」

「気色が悪いよ、やめて」

 アルはニヤッと笑って後ろからQを抱え込んだが、Qは素早く下にしゃがんですぽんと抜け出した。随分と慣れた動きだ。二人の微笑ましいじゃれ合いに、思わずモリの頬もゆるむ。Qはそんな彼女を見て、何ぼうっとしてるの、と一蹴して歩き出した。

「さあ、ふざけてないで行くよ。日が暮れる前に戻りたいでしょ?」

 どうやら、この島にも夜は来るらしい。

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