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3.

 決断できないまま二週間が過ぎようとしていて、ふと以前のクエストを進めているのが見て取れた。依頼が終わったのかもしれないし、もしかすると既に……。

 そんな事を考えていると、しきりに後ろの人の手がお尻に触れる。確かに車内は混んではいるけど、体が頻繁に触れるほどではない筈なのにと後ろを気にして目が合った。


 痴漢だ!


 怖い! 怖い! 怖い!

 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い!

 知られたくない! 知られたくない! 知られたくない!


 真っ白になった頭に浮かんだのは、何をされるか分らない恐怖。吐き気をもよおす程の嫌悪感。そして、体を触られている所を彼に見られたくないと思う羞恥心。

 エッチな女の子だなんて思われたくなくって、こんな姿は彼に見られるわけにはいかず、体をずらして手を躱そうとするけどしつこく触ってくる。睨み付けているのに知らん顔で目だけを合せてこられて、どうしていいか分らなくなって手にしたスマホに目をやる。画面に触れれば乗車前に開いていたニューロのチャット画面で、彼と唯一繋がる細い糸だ。


『前にいます たすけて』


 そこまで打ったのに、それでも被害に遭っている羞恥が邪魔して送信できないでいたけれど、別の手がお腹に回された恐怖から送信ボタンに触れてしまった。

 ハッと上げられた彼の目を見て、『絶対に助けてくれる。見捨てたりなんて絶対にしない』って思えて涙が溢れそうになった。


 そこからはハッキリ覚えていない。

 言い争う声が遠くに聞こえて、そっと引かれた腕から伝わる安心感に、膝から崩れる様にシートの背にもたれ掛った。

 ふと我に返ると、同じ学校の女の子に支えられるようにホームに立っていた。いつ電車を降りたのかも、どの駅なのかも分からない。

 少し離れた壁際には、彼と男の子たちが男性を座らせるように押さえつけていて、駅員が三人走って来るのを遠目に見ながら、次の電車が入ってくるアナウンスが耳をすり抜けて行くのを感じる。


「手伝ってくれてありがとう。えーと、学校とクラスと名前を教えてもらえるかな。そしたらあとは大丈夫だから、君たちは次の電車で学校に向かってもらって構わないよ」

「彼女と同じ上善高校で、三年一組の丹羽と相原です」

「二年六組の近藤と言います」

「うん。警察には協力してもらった事を話しておくよ。本当に助かった、ありがとう」

「ありがとうございます」


 最後にお礼だけは言えたけれど、まだ心臓が五月蠅いくらいに暴れていて立っているのがやっとだった。

 三人を見送ってホームが空き、端に避けて押さえられていた男性が連れて行かれる段になって、彼が支えてくれている事に今更ながらに気付いて近くにあった顔を見上げてしまう。


「怖かったろう。よく声をあげた、偉かったよ」


 ベンチに誘われて優しくそう言われて安堵して、やっと時間が動き始める。

 彼はやっぱり助けてくれた。

 思っていた通りの、信じた通りの人だった。

 だからもし間に合わなかったのだとしても、ちゃんと私の気持ちを伝えたいと決心できた。


「【ユースケ】さんが居てくれたから。助けてくれると信じられたから」

「【音夢】さんなんだよね。俺の名前は藤木雄介って言うんだけど、いつから知っていたの?」

「初めからって言ったら変ですね。名前は羽村真由美(はねむらまゆみ)です。あの、雄介さんが電車でゲームしてるのを見て、ちょうど新しいゲームを始めたいなって思ていた時だったから。それで、画面で見たユーザーIDからフレンド申請させてもらったんです。まさかこんな事になるなんて思ってもいませんでしたが……」


 そう。もっとスマートに声を掛けたかったし、あんな恥ずかしい姿なんて見られたくなかった。でも記憶を消す事も時間を戻す事も出来ないのだから、リセットできない以上はここから始めなくてはならない。

 会話で気持ちが少し落ち着いてきたところでサイレンが聞こえてきて、雄介さんに促されて学校へ連絡を入れる。


「三年三組の羽村です。担任の太田先生はいらっしゃいますか? あ、羽村です。実は、ち、痴漢に遭ってしまって、これから警察に行くので休ませていただきたいのですが。怪我とかは無いです。すいません、失礼します」


 電話を切ってから助けてくれた子の事を言い忘れた事に気付いたけど、明日まとめて話そうと電話をしまった。雄介さんはまだ電話をしていて、「捕まえたんです」ってしつこい位に繰り返していたので、申し訳ない思いが込み上げてくる。

 お巡りさんに連れられて駅前の交番に入り、婦警さんに話を聞かれた。思い出したくないけどちゃんと説明しなくちゃって話し始めて、記憶が所々で抜け落ちている事にビックリした。

 そして家に連絡を入れていなかった事を思い出して、その場で電話を入れて説明し、婦警さんに代わってもらって細かい話をしてもらう。


 部屋から出て入り口に向かうと、雄介さんがお茶を飲みながら待っていてくれた。先に帰っちゃったかなって気になっていたけど、やっぱり待っていてくれたんだって嬉しくなった。


 外に出た所で学校は休むことを伝えると、家に連絡したのか聞かれたのでお礼がしたい旨を伝える。最初は要らないよって断られたけど、では別の日にって言えば渋々ながら受けてくれることになった。

 そうと決まれば話をする時間も作ってもらいたいのが本音で、なんて誘おうかと思った所でファミレスに行こうと誘われて、渡りに船と二つ返事で付いて行く。それでもなんだか、女性を誘うのに慣れている感じがして、ちょっとモヤモヤしてしまったのは許してほしい。

 それとも異性として見られていないのだろうかと、更にモヤモヤが募る。


「あの。素直に付いて来てしまいましたが、彼女さんとかに怒られませんか」


 このモヤモヤを早くなんとかしたくて、いきなり不躾な質問をしてしまったけれど、居たことないと聞いて一安心。逆に心配されてしまったので、ダブっている事を話してしまう。別に愚痴りたかったわけではないけど、『だれも私なんか見向きもしない』って事をむしょうに伝えたかった。

 それなのに、そこではなくって歳の差の話をされてしまって、脈が無いんじゃないかとまた不安になる。私にしてみれば、年下の同級生なんか嫌で嫌でしょうがないのだから、姉より上だと聞いても嫌だとかは全然なかった。むしろ、頼りがいがあって好印象なのだけど。


 脈が無かったとしてもニューロの中では繋がっていたくて、そっちに話を振ってみれば、私のために装備を作ってくれていた事を聞かされた。少し前の素材集めはその為だった様で、懲りずに気持ちが上向いてくる。

 そそくさとアプリを立ち上げて、いつも待ち合わせている場所まで移動すると、すかさずアイテムが譲渡されたとポップアップが開く。

 私にはかなり贅沢なパラメータに驚きつつも、嬉しくって直ぐに装備を変えてカッと頬が熱くなる。

 このゲームも最近の流行なのか、ゴテゴテした見栄えの物や意味有るのかと突っ込みたくなる露出度の装備が多い。でも作ってくれたのは、上半身はシンプルで体にフィットしているものの胸周りや腕周りは露出も控えめで、下半身は大きめに広がったスカートになっていた。軽く花模様が入っているけど真っ白のそれは、さながらウエディングドレスの様だったのだ。


「あの。ありがとうございます。その、ウエディングドレスの様でビックリしました」


 素直にお礼を言うと、そんなイメージでは無かった事が窺えたけど、同意をしてくれた顔がちょっと照れた感じでなんともかわいく思えて、もう我慢できなかった。


「お試しでも良いんで、私とお付き合いしてもらえないですか?」

「え? いや、俺オッサンだし。見てくれもこんなだし。出世の見込みもないし」


 それが私の精一杯の気持ち。もっと知ってもらって、無理だと思われたら潔く身を引こう。だって、同じ電車に乗るのなんて後二ヶ月も無いのだから。

 それだと言うのに、まだ歳の差を気にしているし自己評価が低い。そんなの関係ないよって思って、ふと傷の事を先に伝えるべきだと口にしたら、絶対なんて言わないけども問題ないと受け入れてくれる所も彼らしくもあり、私の事をまず考えてくれることに彼の誠実さを見た気がする。


「んっと、ありがとう? や、よろしくお願いします」


 疑問符付のありがとうも彼らしいのかなって頭の片隅で思いつつ、付き合える喜びで頭は一杯になっていた。

 そうしている中に店は混んで来て、時間的にも丁度良いので雄介さんを促して店を出ることにした。助けてもらったお礼で会計を済まそうとしたら、伝票をサッと奪って支払いを済ませてしまう。そんなだから、店から出た所で財布を出したのに止められてしまう。


「俺が誘ったんだし、働いてもいない子には出させられないよ」

「いえいえ、こう言う状況になったのも私のせいですし」

「それはあのバカ野郎のせいで、羽村さんのせいでは無いでしょ」

「でも、お礼もしなくちゃだし」

「じゃぁ、これで帰ってもいいの」

「それは……」

「分った。彼氏に黙って奢られときなさい」

「なら、真由美って名前で呼んでくださいよ」

「うっ。努力します」


 こうして奢ってもらった上に、名前で呼んでもらう事にもなった。我ながら策士かとも思ったけど、雄介さんに誘導された感じもあるので乗っておくくらいの気持ちで良いのかもしれない。

 ホームに下りれば電車がタイミングよく入ってきて、ガラガラの車内で並んで座り窓の外を眺める。時折、光の加減で私たちが写るのも新鮮だけれど、それが無くてもなんだか温もりみたいなものを感じているので、見慣れた風景も目新しく思える様だった。


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