心の準備を……!
魔王の幹部の一人である『ユミナ・ブラッドドレイン』の屋敷で【メイドカフェ レインボー】を開いた俺たち。
この世界にいる魔王を倒すことが、俺に与えられた使命なのだが、ルルナたちが乗り気でないため、それは保留となっている。
俺しか料理を作るやつがいなかったため、人員募集をかけたが、やってきたのは、元気の良い返事しかできない、『座敷わらし』の兄妹であった。
俺は店長であるユミナに、二人をどうするのかは俺に任せると言われた。
俺は、一度、二人を不採用にしようと思ったが、二人を【見習い】として、この店で働かせることにした。
俺たちが高校に行っている間、つまり午前中の間は二人に昼までにやっておいてほしい仕事をさせるというものだ。
え? 高校が午前中で終わるわけがないだって? それは、異世界と俺の世界とでは、時間の流れ方が違うからだ。
だいたい5時間ほどの時差があるため、高校が終わってから異世界に行くと、異世界は昼である。
さて、今日も働くとしよう。6人分の食費を稼ぐために……。
夏休み……ユミナの屋敷……ユミナの寝室……。
「ふぅー、なんとかルルナを言いくるめられたな」
「そうだねー」
ベッドの上に座っているユミナ(黒猫形態)はそう言った。
「まったくだ」
俺の左隣に立っている黒いドレスと黒い翼と黒髪ロングと紫色の瞳が特徴的な美少女……いや美幼女『クロエ・ドロップアウト』はそう言った。
「えーっと、これからのことを少し話しておくか」
「そうだねー」
「ああ」
その時、銀髪ショートと水色の瞳が特徴的な美少女『ルルナ・リキッド』が寝室の扉を勢いよく開けて入ってきた。
「お兄ちゃん! 大変だよ!」
「ど、どうした? 何かあったのか?」
ルルナは息を切らしながら、こう言った。
「マ、マキナちゃんが……マキナちゃんが倒れた!」
「なに!? マキナが!」
「うん。というか、私以外みんな倒れ……」
ルルナは最後まで言い終わる前に仰向けで倒れた。
「おい! 大丈夫か! ルルナ! 返事をしろ! ルルナ!!」
ルルナのそばに駆け寄り、体を揺らす俺。
その様子を見ていたユミナ(黒猫形態)とクロエ(人サイズの妖精)は少し不思議に思った。
しかし、ルルナが苦しそうにしているのは確かだったため、深く考えないようにした。
「すまん! ユミナ! 今日はもう……」
「わかってるよ。お大事にー」
「ああ。ほら、立てるか? ルルナ」
「……う……うん……なんとか……ね」
「そうか……。クロエ!」
「なんだ?」
「悪いが、先に下に行って、みんなの様子を見てくれないか?」
「ああ、任された」
クロエはそう言うと一階へと続く螺旋階段を下りていった。
「ルルナ、大丈夫か?」
「うん……まあ……ね」
俺はどうして気づかなかったんだ?
ルルナたちの一番近くにいるのは俺なのに……。
義理とはいえ、兄貴失格だな、俺は……。
「そ……そんなこと……ないよ。お兄ちゃんは……私たちにとって……大切な存在で……私たちの……生きがい……そのもの……だよ」
「ルルナ! こんな時に俺の心を読むな! というか、もうしゃべるな!」
「うん……わかった。ごめんね……お兄ちゃん」
ルルナはそう言うと、スウスウと寝息を立て始めた。
「いや、こんな状態になるまでお前らの異変に気づけなかった俺が悪いんだ。許してくれとは言わない。けど、みんなが治るまで俺が看病するから、今はゆっくり休んでくれ」
その時のルルナはとても嬉しそうな顔をしていた。
俺の家……ルルナの部屋……。
「ルルナ、なんか欲しいものはないか?」
ベッドで横になっているルルナは、目を開けながら、こう言った。
「お兄ちゃん……」
「ん? なんだ?」
「私ね……お兄ちゃんが欲しい」
「お、お前……こんな時によくそういうこと言えるな」
ルルナは、両手を広げると、頬を赤く染めた状態でこう言った。
「お兄ちゃん……来て……」
「……お、おう」
少し……いやかなり心臓の鼓動が早いな。
まだ何の病気かわからないが、ユミナの屋敷にいた時よりルルナは落ち着いている。
「なあ、ルルナ」
「んー? なあにー?」
「お前さ、昨日なんか変なもの食べなかったか?」
「別に変なものは食べてないけど、今食べたいものはあるよー」
「そうか。食欲はあるんだな。それで、何が食べたいんだ?」
ルルナは俺の耳元でこう囁いた。
「それはねー。お兄ちゃんの……く・ち・び・る……だよ」
「お、お前! こんな時に何言ってんだよ!」
「お兄ちゃん」
「な、なんだ?」
「私が……ううん、私たちがかかってる病気が何なのかわかる?」
「いや、わからない。けど、安静にしていれば、きっと……」
「ううん、この病気は少し休んだくらいじゃどうにもならないんだよ」
「そ、そんな……」
「でもね、この病気はお兄ちゃんにしか治せないんだよ」
「俺だけにしか治せない病気……。そんなものあるのか?」
「うん、あるよ。だって、これは……『恋』という名な病だから……」
「こ、恋の病って、冗談はよせよ」
「冗談なんかじゃないよ。私は……ううん、私たちはみんなお兄ちゃんに『恋』しているんだよ」
「そ、そうなのか?」
「うん、そうだよ。そして、それを治せるのは、お兄ちゃんだけだよ」
「俺だけ……か」
「うん、そうだよ。だから、まずは私を満足させて」
「ま、満足させるって、俺は何をすればいいんだ?」
「簡単なことだよ……私と……キスしてくれればいいんだから」
「そ、それをすれば、お前は治るのか?」
「さぁ、どうだろうね。けど、少しはマシになると思うよ」
「そうか……。じゃあ、ちょっと待ってくれ。心の準備を……!」
ルルナは彼が最後まで言い終わる前に、彼の唇を奪った。
柔らかい感触とほどよい熱が彼の頭の中をいっばいにしていく。
ルルナは彼の顔が赤くなると、彼の口の中に舌を入れた。
その後、彼はルルナが満足するまで、ずっとキスをしていた……。