あいつ!
魔王の幹部の一人である『ユミナ・ブラッドドレイン』の屋敷で【メイドカフェ レインボー】を開いた俺たち。
この世界にいる魔王を倒すことが、俺に与えられた使命なのだが、ルルナたちが乗り気でないため、それは保留となっている。
俺しか料理を作るやつがいなかったため、人員募集をかけたが、やってきたのは、元気の良い返事しかできない、『座敷わらし』の兄妹であった。
俺は店長であるユミナに、二人をどうするのかは俺に任せると言われた。
俺は、一度、二人を不採用にしようと思ったが、二人を【見習い】として、この店で働かせることにした。
俺たちが高校に行っている間、つまり午前中の間は二人に昼までにやっておいてほしい仕事をさせるというものだ。
え? 高校が午前中で終わるわけがないだって? それは、異世界と俺の世界とでは、時間の流れ方が違うからだ。
だいたい5時間ほどの時差があるため、高校が終わってから異世界に行くと、異世界は昼である。
さて、今日も働くとしよう。6人分の食費を稼ぐために……。
仕事が終わったため、キッチンの手入れをしていると、魔王城から帰ってきたユミナ(黒猫形態)とカナミが俺のところにやってきた。
「おう、お帰り、二人とも……って、顔色が悪いけど、だいじょ……」
俺が最後まで言い終わる前に、ユミナ(黒猫形態)は俺の頭の上に乗り、白い猫耳と白髪ロングと黒い瞳と白いシッポが特徴的な美少女……いや美幼女『カナミ・ビーストクロー』は俺をギュッと抱きしめてきた。
「お、おい、急にどうしたんだ? なんかまずいことでもあったのか?」
「うるさい、黙れ。お前はじっとしてろ」
「カナミちゃんの言う通り、君はじっとしていればいいんだよー」
「そ、そうなのか? じゃあ、いつまでこうしていればいいんだ?」
「私がいいと言うまでだ。言っておくが、これは命令だ。逆らったら、殺す」
「えーっと、ユミナ。今のを翻訳してくれないか?」
「うーんとねー、私がいいって言うまで、このまま抱きしめてほしいから、じっとしててー……だよ」
「な、なるほど。よし、わかった。それじゃあ、お前たちの気の済むまで、俺はこのままの姿勢を保つよ」
「うん、ありがとう」
「ふん、私は人間なんかにお礼なんて言わないからな」
カナミは素直なのかそうじゃないのかよくわからないが、俺を頼ってくれているみたいだから、少しは素直になった……のかな?
俺はそんなことを考えながら、二人が離れるのを待った。
*
____1時間後。
「カナミちゃん、そろそろ離れようよー」
「嫌だ」
「即答だねー。だけど、そろそろ離れてあげないとやばいよー?」
「こいつは、私の気の済むまで続けてやると言ったんだ! だから、私はまだ……」
「カナミちゃん、いい加減にしないと本当にやばいよー」
「さっきから何なんだよ! やばい、やばい……って……」
魔王の幹部の一人である『カナミ・ビーストクロー』は彼の真後ろに銀髪ショートと水色の瞳が特徴的な美少女『ルルナ・リキッド』が笑顔で立っているのに気づいた。
「ねえ、カナミちゃん。カナミちゃんはどうしてお兄ちゃんに1時間も抱きしめてもらっているのかなー?」
今のルルナの水色の瞳からは殺意と冷たさしか感じられなかったため、カナミは彼からパッと離れた。
「い、いや、これは、その……そういうのじゃなくて……」
「そういうのって、なあに? 教えてくれないとわからないよー」
「い、いや、だから……」
その時、ユミナ(黒猫形態)は彼の頭の上から飛び降りて、二階の寝室に逃げ込んだ。
あ、あいつ! あとで覚えてろよ! カナミは一瞬、そんなことを考えたが、今はルルナを説得しなければ命が危ないと思い、それについて考えてるのをやめた。
「え、えーっと、だな。その……」
「ルルナ、カナミが怖がってるだろ? それくらいにしとけよ」
彼がルルナを止めに入ってくれた。
「で、でも、カナミちゃんはお兄ちゃんを狙っているかもしれないんだよー?」
「カナミが俺を狙ってるかどうかなんてどうでもいいだろ? カナミは今日、魔王城に行って魔王に裏切りがバレないように、必死に偽の情報を流してくれたんだ。もし、それがお前だったら、どうだ?」
「うーん、お兄ちゃんを一日、自由にできる権利がほしい……かなー?」
「お前でそれくらいのことをしないとメンタル面がやばくなるんだから、1時間くらい、俺に抱きつくのは許してやれよ」
「うん……そうだね。お兄ちゃんの言う通りだよ」
「わかればいいんだよ、わかれば。けど、まあ、お前は今日、カナミの分まで働いてくれたからな。何か俺にできることがあればしてや……」
「わーい! ありがとう、お兄ちゃん! 大好きー!」
「ちょっ、いきなり抱きつくなよ! 義理の兄妹とはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしいんだぞ!」
「えー、全然、恥ずかしがることないよー。ねえ? カナミちゃん」
「え? あ、ああ、そうだな。私だけ特別扱いするのは、よくないぞ」
「だよねー。それじゃあ、お兄ちゃん。家に帰ったら、わたしたちのこと、いーっぱい褒めてねー」
「お、お前、何、勝手なことを言って……」
「いいよね? お兄ちゃん」
「あー! わかったから、そんなゴミを見るような目で俺を見ないでくれよー!」
その日の夜。彼はルルナを含めた5人の義理の妹を褒めて褒めて褒め倒す羽目になったという……。