やったな!
その日の放課後……。
「クラスのみんながマリアのピエロのことを忘れてくれていたのは正直、助かっただけどな、うちの高校の制服を着た状態で再登場してきて、私は転校生ですとクラスのみんなの前で言った後、俺のことを『お兄さん』って呼んだ時は正直焦ったぞ?」
下校時に、そんな俺の話を聞きながら歩いている『マリア』は後ろ歩きで。
「ごめんね、お兄さん。でも、私たちはお兄さんの妹候補だから、仕方なかったんだよ」
「だからって、クラスのみんなを巻き込んでまでする必要なかっただろう?」
「お兄さんは私たちの世界を救える唯一の存在なんだから、そんなことは気にしなくていいんだよ?」
「いや、だから、他人を巻き込んでまで俺と『兄妹契約』を結ぶ必要があったのかって、訊いて……」
「あるよ……」
「ほう、その理由は?」
マリアは立ち止まると、仕方なく俺に抱きつこうとしたため。
「そうやって、自分の気持ちを誤魔化してきたのか?」
彼はマリアにデコピンをした。
「……ひどいよ、お兄さん。私、まだ何も言ってないのに……」
額をおさえながら、鷹のような目でじっとこちらを見つめるマリアからは、ほんの少しだけ殺意を感じた。
「言っておくが、俺は幼女だからって甘やかす気はないぞ。俺の妹に……家族になったんなら、言いたいことは全部言え。そうじゃないと、俺はお前との関係を終わらせなきゃいけなくなる」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「指示待ちは社会では通用しないぞ?」
「分からないから訊いたのに……」
「何でもかんでも人に訊いてたら、いつまで経っても自立できないぞ?」
「いいもん。私まだ子どもだし……」
「おい、お前、それ本気で言ってんのか?」
「え?」
「子どもだから、自立しなくていい理由なんてどこにもないぞ?」
「わ、私のパパとママはマリアはまだ子どもだから、そういうことは考えなくていいって言ってたもん!」
「だからどうした? こっちは幼い頃に交通事故で両親を失ってんだ。ある日突然、一人でなんでもやらなきゃいけなくなったら、お前はどうするんだ? 一人は嫌だから、両親のところに行くために死ぬのか? え?」
マリアはそれを聞いて、泣き出してしまった。
「お兄さんのバカあああああああああああああ!!」
マリアは彼に背を向けて、走り始めた。
「お兄ちゃん、今のはちょっと……」
「なんだよ、お前もマリアの味方なのか?」
銀髪ショートと水色の瞳が特徴的な美少女『ルルナ』は俺が最初に『兄妹契約』を結んだ存在であり、本当の兄のように接してくる。
「ううん、違うよー。ただー、言い方が悪かったと思うんだよねー」
「…………」
「お兄様、私もルルナさんと同意見です」
「マキナ、お前まで……」
「いくら間違ったことをしたといっても、マリアさんはまだ子どもなのですから、ちゃんと配慮してあげないといけません」
マキナ・フレイム。赤髪ロングと緑色の瞳が特徴的な美少女。二番目に俺と『兄妹契約』を結んだ存在であり、俺のことをお兄様と呼んでくる。
俺や友達に対しても、丁寧語で話すのだが、ルルナ以上にベタベタするのは、やめてほしい……。
「いや、だけどな……」
「お兄様! マリアさんを連れて帰ってこないと、今日の晩ごはんは抜きにしますよ!」
「わー、大ピンチだねー。お兄ちゃん」
「……はぁ……分かったよ。探してくればいいんだろ、探してくれば……。ちょっと探しに行ってくるから、俺のカバンを頼むぞ」
「はい! 私が責任を持って……」
その時、マキナの手が触手のような動きをしたため。
「ルルナ、頼んだぞ」
俺はルルナに向かってカバンを放り投げた。ルルナはそれをキャッチすると。
「ルルナダッシュ!」
目にも止まらぬ速さで走り始めた。
「ま、待ってください! ルルナさん! お兄様のカバンで〇〇しようなんて思っていませんよー!」
マキナって、意外と変態だよな。まあ、男女問わず三大欲求には逆らえないって、ことかな。
俺はそんなことを考えながら、マリアを探し始めた。
「お兄さんなんて……大っ嫌い」
公園のブランコに座って、ブツブツと文句を言っていたマリアだったが。
「あれー? お嬢ちゃん一人ー?」
「うっほ! めちゃくちゃ可愛いじゃねえか! なあなあ、俺たちと今から遊ばねえ?」
チャラ男二人が、マリアに話しかけてきた。幼女がナンパされるのは、結構珍しいケースだと思われるが、マリアは現に今、男と書いて『オオカミ』に目をつけられていた。
「ご、ごめんなさい。私、その……」
「おおーっ! 可愛い声してるねー!」
「俺たちに反応してくれたってことは、遊んでくれるんだねー?」
「え、いや、別に、そういうわけじゃ……」
「さあさあ! 夜の街に繰り出そうぜ!」
「それともー、俺たちと大人の階段登っちゃうー?」
マリアの方へと近づいてくるチャラ男二人は、もうその気だった。
マリアにはその二人がモンスターよりも恐ろしく見えた。
自分を狙ってやってきたということを知ったのだから、当然の反応である。
「だ、誰か! 助けてー!」
「おいおい、俺たちは君と遊びたいだけなんだぜ?」
「そうそう、遊びたいだけなんだよー」
「い、いや! だ、誰か……助けてえええええええ!!」
マリアは泣きながらそう叫んだ。しかし、その声は闇にかき消されてしまった。
マリアは落ち込んでいたせいで、夕方から夜になっていたのを知らなかったのだ。
5時になったら家に帰る。そんなことさえも、忘れていたマリアは、そのままチャラ男二人に連れていかれそうになっていた。しかし……。
「……はい、助けに来ました!」
走ってきた彼は息切れしていなかったが、かなり速いスピードでやってきた。(彼が止まった瞬間、ゴウと風が吹いたから)
「お、お兄さん! どうしてここに!?」
「話は後だ。今はとりあえず、ここから逃げるぞ」
「は、はい!」
チャラ男2人は彼に対して、ケンカ腰になっていたが、魔王を倒すために日々精進している彼にとっては赤ん坊と戦うようなものであった……。
____悲鳴をあげながら逃げていったチャラ男2人の背中を見ていた彼のところに申し訳なさそうにやってきたマリアは。
「どうして……助けてくれたの?」
「妹を……家族を助けるのに、いちいち理由がなくちゃいけないのか?」
「でもお兄さんは、私のことが嫌いなんじゃ……」
「誰がそんなこと言ったんだ?」
「えっと、それは……」
「勝手に妄想するな。迷惑だ」
「ご、ごめんなさい」
「いいんだよ、そんなことは。と、とにかく、無事でなによりだ……」
「……うん」
彼はマリアの方を見ると。
「それより、やったな! マリア! 大人に勝ったんだぞ!」
「え? あー、うん。でも、私は何も……」
「お前があの時、叫んでなかったら俺はマリアの位置を特定できなかった。だから、今回の一件はお前のお手柄だ!」
「あー、うん。ありがとう」
「よーし! それじゃあ早く帰るぞー! 今日の晩ごはんは何かなー?」
そう言いながら、家に帰り始めた彼の背中を見ていたマリア・ルクスは。
「ふふふ……私よりお兄さんの方が子どもみたい」
そう言いながら、彼のところへ走っていき、彼の手をギュッ!と握った。
彼の手はものすごく冷たかった。しかし、今のマリアにとってのそれは、とても心地よいものだった……。