一部……解除……!
夏休み……ユミナの屋敷近くの草原……。
「いい? ケンジくん。君の体はもう人間じゃない。けど、心は人間のまま。そのことを絶対に忘れちゃダメだよ?」
ユミナ(黒猫形態)は俺の方を見ながら、そう言った。
「ああ、分かってるよ。けど、体の中からどんどん力が溢れてくるんだ。どうしたらいいかな?」
「そうか……。なら、前にカナミちゃんから教わった『魔力制御』を常に発動させておく必要があるかもね」
「なるほど。その手があったか」
「うん、その手でいこう」
ユミナ(黒猫形態)がそう言うと、彼は体の中からどんどん溢れてくる力を『魔力制御』を使って操った。
「よし、成功だ。けど、これを常にやるのは難しいんじゃないかな?」
「今のケンジくんなら、大丈夫だよ。元魔王の幹部だった私やカナミちゃんなんか、相手にならないくらい強くなってるんだから……」
「そうなのか? 全然、実感がないんだけど」
「なら、試してみる?」
「そうだな。あと一ヶ月と少し経ったら、魔王と……いや、健吾と戦わないといけないもんな」
注:この世界の魔王は彼の実の弟『田村 健吾』である。
「なら、早速やろうか……。カナミちゃん!」
「待ってました!」
その直後、白い猫耳と白髪ロングと黒い瞳と白いシッポが特徴的な美少女……いや美幼女『カナミ・ビーストクロー』が出現した。
「お前……どこから出てきたんだ?」
「どこって、ユミナの召喚陣の中からだ」
「いや、俺にはユミナの体の中から出てきたように見えたぞ?」
「そんなことあるわけないだろ。ほら、さっさとやるぞ」
「あ……ああ……」
二対一……か。しかも相手は元魔王の幹部。
前の俺は『もう一人の俺』に頼った。けど、今の俺は違う。
もう二度とあいつに頼ったりなんかしない。さぁ……行くぞ……!
「それじゃあ、始めるよー」
「ああ! いつでもいいぞ!」
「へえ、言うようになったじゃねえか。それじゃあ、久々に本気を出すとするか!」
カナミはそう言うと、超獣人族特有のオーラを放った。そのオーラは獣のように……嵐のように……荒れ狂っている。
これが本気のカナミか……。けど、今の俺は前とは違う!
「魔力制御……一部……解除……!」
その直後、彼の体から五十メートルほどのオーラが放出された。
「な……なんじゃこりゃああああああああああ!!」
「うわぁ……これは予想を遥かに超えてるねー」
「……そうか? これでもまだ一割くらいだぞ?」
「う……嘘だろ? こんなの見たことないぞ」
「もしも、ケンジくんがこの世界の魔王だったら、あっという間に世界征服できちゃうねー」
「おい! 怖いこと言うなよ! ユミナ! あいつに聞こえたらどうするんだよ!」
「大丈夫だよー、カナミちゃん。だって、あのケンジくんだよー。世界征服なんて考えるわけないよー」
「世界征服か……。うーん、それより宇宙征服の方が俺にはピンとくるな」
「ほら! なんかやばいことを考え始めちまったじゃねえか!」
「それ、私のせいかなー?」
「あー! もうー! とりあえず戦うぞ!」
「りょーかーい」
こうして、二人は彼の特訓相手になったのだが……。
「ふにゃ〜……」
「な……なんだよ……魔王の方がまだマシだぞ……これ……」
二人はあっという間にやられてしまった。
「おーい、二人とも大丈夫かー?」
草原に仰向けになっている二人のところにやってきた彼は、二人にそう言った。
「もうー、強くなりすぎだよー」
「たしかに……これはまずいな……」
「俺、そんなに強くなったのかな?」
「自覚なしかー。怖いねー」
「……ったく、お前ってやつは……」
「な、なんだよー。俺、なんかおかしいのか?」
「ううん、別におかしくないよー」
「ただ、お前みたいな魔王なら、この世界はもっといいものになってただろうなって、思っただけだ」
「そうなのか? なら、いいけど……」
「じゃあ、未来の魔王様に運んでもらおうかなー」
「そうだな。部下の面倒が見れてこその魔王だよな」
「お前らな……俺は別に魔王なんかにならないぞ?」
「いいから、運んでよー」
「ユミナの言う通りだ。さっさと運べ」
「あー、はいはい。今、運びますからねー」
彼は二人の首を優しく掴むと、お手玉のようにポーンと放り投げた。そして、それと同時に高くジャンプして、空中で二人を米俵のように担いだ。
「あらよっと……。それじゃあ、休憩にしようか」
彼は地面に着地すると、そう言いながら、ユミナの屋敷に向かって歩き始めた。
「そうだねー」
「ああ、そうだな」
この後、二人は彼に屋敷まで運んでもらったそうだ……。