ヘタレだな!
夏休み……ユミナの屋敷……ユミナの寝室……。
「それで? なんでお兄ちゃんはもう一人のお兄ちゃんに頼ったの?」
「そ……それは……」
俺の特訓に付き合ってくれていた元魔王の幹部であるユミナ(黒猫形態)とカナミ(超獣人族)を倒すためって言ったら、殺されるよな……。
あっ、しまった。ルルナは俺の心の声を聞くことができるんだった……。
「へえ、やっぱりそうだったんだね。見損なったよ……お兄ちゃん」
銀髪ショートと水色の瞳が特徴的な美少女『ルルナ・リキッド』は床に正座している俺を見下しながら、そう言った。
「で……でもさ……それ以外、方法がなかったんだよ。正直、今の俺にはそうすることしか……」
「お兄ちゃん」
「な、なんだ?」
「私が怒ってる理由……知りたい?」
「いや、別に知りたく……」
「知りたいと言え」
「え?」
ルルナは俺に顔を近づけながら、俺の顎に手を添えた。
「いいから、早く知りたいと言え」
「え? あっ、はい。知りたいです」
「よし、じゃあ、口を開けろ」
「え、えーっと、それはどういう……」
「何も言うな。さっさと口を開けろ」
「あっ、はい。分かりました」
俺がゆっくり口を開けるとルルナは水魔法を使って、俺の体内に水を入れた。
「ごはっ! ぐほっ! ごほっ!」
急にそんなことをされたら、誰でもむせる。
「な、何すんだよ!」
「うるさい、黙れ。そして、動くな」
「そ、そんな理不尽な……」
「いいから、私の言う通りにしろ」
「は、はい」
「あっ、今、しゃべったな」
ルルナがパチンと指を鳴らすと俺の中に入った水が体の中で暴れ始めた。
「くっ……! これは……!」
「私の命令次第でそいつは体を内側から壊していく。やめてほしければ……私のものになれ」
「ふ、ふざけるな! そんな条件……誰が受け入れ……」
「自分が置かれている状況が分かってないみたいだな」
ルルナは再び、指をパチンと鳴らした。
「あ……! くっ……!」
「ねえ、お兄ちゃん。おとなしく私のものになってよ。そうすれば、楽になれるからさ」
「……絶対に……嫌だ!」
「どうして?」
「俺はまだ……何も成し遂げていないからだ」
「そんなのどうでもいいよ。世界がどうなろうと私はお兄ちゃんと一緒なら、どこだって生きていけるから」
「そういう問題じゃないんだよ。俺は自分の中にいるもう一人の自分を頼ってしまった。それは、今まで自分が積み上げてきたものを否することになるって分かっていたのに俺はそれをやってしまった。けど、魔王と戦う前にユミナとカナミを超えられるように頑張るから、もう……やめてくれ」
「……そんなの私に言われても困るよ」
「え?」
「私はただ、お兄ちゃんの成長を見守っていたいだけなんだから、そんなこと言われても私はどうもしないよ」
「いや、とりあえず俺の体の中にあるものを取り出してほしいのだが……」
「嫌だ」
「え?」
「またもう一人のお兄ちゃんが出てきたら、それで退治しないといけないから嫌だ」
「そんなこと言わずにさ……頼むよ。ルルナ」
「どうしようかなー」
「おい、ルルナ」
「触らないでよ!」
「え?」
「ねえ、今はどっちなの? 怖い方のお兄ちゃんなの? それともいつものお兄ちゃんなの?」
「それは見れば分かるだろ?」
「分かんないよ! 今のお兄ちゃんがどっちのお兄ちゃんなのか私にはもう分かんないよ!」
「じゃあ、何をすれば、いつもの俺だって認めてくれるんだ?」
「そんなの……決まってるでしょ」
「えっと……それは……つまり……」
「あー! もうー! ヘタレだな! お兄ちゃんは!」
「……っ!?」
ルルナは俺を抱きしめると同時にキスをした。無理やり舌を入れられたので少しびっくりしたが、ルルナが目を閉じたまま泣いていたため、ルルナの好きなようにしてやることにした。
その後、俺はとりあえずギュッと彼女を抱きしめた。
もう一人の俺はルルナと直接、こんなことをしたことはない。
だから、ルルナは俺にこんなことをした……のだと思う。
まあ、それはルルナにしか分からないし、俺が知る必要はないんだけどな……。
ルルナは俺をものすごい力で抱きしめていた。
だから、俺はしばらくその場から動けなかった。
しかし、その代わりにルルナの体だけでなく、心とも触れ合えたような気がした……。