逃げ切ろう!
夏休み……ユミナの屋敷……ユミナの寝室……。
「……というわけなんだよ」
「へえ、そうなんだー」
銀髪ショートと水色の瞳が特徴的な美少女『ルルナ・リキッド』が魔王(俺の実の弟)に宣戦布告したことをユミナ(黒猫形態)に言ったが、予想以上に反応が薄かった。
「な、何なんだよ、今の反応は。お前、もしかしてこうなることが分かってたのか?」
ベッドの上に座っているユミナ(黒猫形態)はあくびをした後、こう言った。(元魔王の幹部)
「いや、だって、いつかは戦わなきゃいけないわけだから、それが遅くても早くても私はどっちでもいいんだよー」
「お、お前な……」
「まあ、あれだ。これから私たちがお前を鍛えてやればいい話なんだろ?」
白い猫耳と白髪ロングと黒い瞳と白いシッポが特徴的な美少女……いや美幼女『カナミ・ビーストクロー』はそう言った。(元魔王の幹部)
「ま、まあ、それはそうだけどさ……」
「安心しろ。私という使い魔がいる限り、お前を魔王に殺させはしないさ」
黒いドレスと黒い翼と黒髪ロングと紫色の瞳が特徴的な美少女……いや美幼女『クロエ・ドロップアウト』はそう言った。
「クロエに守られるのは、ちょっと気が引けるけど、もしもその時がきたら、よろしく頼む」
「ああ、任せておけ!」
「コホン、えーっと、それじゃあ、ケンジくんをいじめ……じゃなくて、とことん鍛えあげよう!」
『おおー!』
俺はユミナ(黒猫形態)の発言にツッコミを入れたくなったが、ぐっと堪えた。
*
その後、俺たちは外に出た。
そして、俺はユミナ(黒猫形態)が召喚するモンスターから逃げるという謎の特訓を受けることとなった。
「ぎゃああああああああああああああああああ!!」
特訓その一……。なぜか男にしか突進しない筋肉の化身『マッスルバイソン』から逃げ切ろう!
やっぱり長い距離を速く走れるのはポイント高いよねー。
「うわああああああああああああああああああ!!」
特訓その二……。なぜか男にしか噛みつかない川の悪魔『デビルピラニア』から逃げ切ろう!
やっぱりある程度、泳げた方がいいよねー。
「いやああああああああああああああああああ!!」
特訓その三……。なぜか男しか捕食しない空の英雄『マッハファルコン』から逃げ切ろう!
できれば、空中でもまともに動けるようになっておいた方がいいよねー。
「ちょ、ちょっと待て! いったい何なんだよ! この特訓は!」
「えー、だって、早く強くなりたいんでしょー?」
「いや、その前に確実に死ぬだろ! というか、なんで男しか襲わないモンスターばっかり呼ぶんだよ!」
「えー、だってー、か弱い私たちの方にモンスターがやってきたら、どうするのー?」
「か弱いって、お前ら全員、俺か俺以上の実力者だろ! なんとかなるだろ!」
「だってさ、みんなー。どう思う?」
ユミナ(黒猫形態)が俺以外にそう言うとみんなは目をウルウルさせながら、俺の方を見てきた。
「くっ……! ひ、卑怯だぞ! ユミナ!」
「卑怯? 私は元魔王の幹部だよ? こんなのお遊びみたいなものだよー」
「くっ……! この鬼! 悪魔! 腹黒猫!」
「うん、そうだよー。吸血鬼と悪魔のハーフで今は黒猫形態のユミナちゃんだよー」
「お前、絶対楽しんでるだろ!」
「さぁ? なんのことー?」
「くそ! あとで覚えとけよ!」
「はいはい……。それじゃあ次は、強い男性を見ると戦闘力が倍になる『アンリミテッドドラゴン』を召喚するよー」
「え? なんだそれ? そ、そんなのいるのか?」
「うん、いるよー。じゃあ、頑張ってねー」
そいつは俺を見ると、本当に戦闘力が倍になった。
そして、俺を追い始めた。
「ああああああああああああああああああああ!!」
こうして、地獄のような特訓は俺を極限まで追い詰めていった……。その結果……。
「うーん……あと八個だねー」
「そ、そんな! あんなに頑張ったのに一個しかリミッターが外れてないのか!」
※十個のリミッターのうち一個は特訓前から外れています。
「そうみたいだねー」
「嘘……だろ。俺、このままじゃ本当に死んじゃうよ……」
「大丈夫、大丈夫。今のケンジくんなら、心臓だけになっても再生するから……多分」
「ユミナ、お前なー!」
「わー、ケンジくんが怒ったー。逃げろー」
「こらー! 逃げるなー!」
「ここまでおいでー、ほーら、こっちだよー」
「くそ! 調子に乗るなよ! ユミナ・ブラッドドレイン!」
「あはははー、おっそーい」
太陽が月と出番を交代する頃、ケンジとユミナは元気に草原を走り回っていましたとさ……。