第一回ボス戦の始まり
「おい、昌明! あれ見ろ、あれ! あの白い修道服着た黒髪の子、滅茶苦茶可愛いぞ!」
船に向かってくる二人の女の子、その内の一人に俺の美少女センサーが超反応。
「えー? ああ、そうだね。でも、リゼちゃんの方が百倍可愛いから」
しかし、昌明は全く興味を示さない。見てさえもいない。後悔しても知らんぞ。
「うん、確かに可愛い。スタイルもグッド。性格もよさそうだ、が、ハルじゃ釣り合わないな」
「……イナコー、お前どっから湧いて出た?」
「普通に操縦席から来たよ。すぐそこだろ。それより、ハルはああいう子が好みなのか? 似合わねー。ぐーたらなお前には、もっと尻に敷いてくれる感じの子が合ってるよ」
やかましいわっ。この野郎、女の話になるとすぐ上からものを言いたがりおって。
「よーし、じゃあ尻に敷かれる男の見本を示してもらおう。女子大生のお姉さまに連絡――」
「いやいやいや、何を言うつもりかは知らないけど、それは止めておこう? ハルが、もしかするとだけど、親友を大切にしない人間だと誤解されてしまうよ? 俺に」
望むところだ。引きつった笑顔で腕を掴んでくるこの男、俺が直々に地獄に送ってやろう。
「ふわぁ~あ。お前らどうでもいいけどさ、黒髪の子とその後ろの銀髪の子、もう乗って来るぞ。仲良くなりたいなら、あいさつでもしに行ったら?」
おっと、忘れていた。昌明の言う通りだ。こんなどうでもいいことをしている場合じゃない。銀髪の子は確認しそびれたが、とりあえず、黒髪の子に話でもしに行こう。
「よし、行くぞ。ついてきたいヤツは来い!」
イナコーしかついてこなかった。が、気にせず乗降口手前で立ち止まり、様子を窺う。
「先に乗られてるお客さんとも、仲良くしてくださいね。それじゃ、私は戻ります。よい旅を」
「はい、ありがとうございます。――じゃあ、ルーナちゃん。私たちも乗ろっか」
「そうね。でも本当、ネイは物好きなんだから。あんな所に行きたいなんて」
船長が、黒髪の女の子と銀髪の女の子を見送っている。二人は見送られながら乗船してきたのだが、ちょっと待て。……今、見覚えのある女がいた。聞き覚えのある名前をしていた。
「おいハル、何立ち止まってんだよ? ――あ、もう乗ってきてるじゃん。挨拶しないのか?」
イナコーが怪訝な表情で問いかけてくる。しかし、今はそれどころではない。――どうする? 急な展開だが、闘るか? 斬るか? それとも、殺すか? 一度敵の出方をうかがってみるというのも手だが……。悩んでいると、黒髪の子が銀髪の女を伴って近づいてきた。
「あ、どうも初めまして。一緒にこの船に乗せてもらうことになりました、Neiと言います。こちらは、Lunaちゃんです。どうぞ、よろしくお願いします」
はにかんで会釈をする黒髪ちゃん。腰の辺りまである長い髪とつぶらな黒い瞳、それらとは対照的な白い修道服を着て錫杖を携えている。普段ならそれはもうデレデレになって喜ぶところだが、だが、最早俺の興味はこの子には無い。銀髪紅眼、黒いゴスロリ服を着用した、黒髪の子よりも少し背が低い女。忘れもしないルーナと言う名前。コイツだ。コイツが問題だ。
「あの……?」
「おい、ハル。なに黙ってるんだよ? 挨拶されたらちゃんと返せよ。マナーだぞ」
黒髪とイナコーが視線を向けてくるが無視。銀髪を睨んでいると、ヤツも俺を睨んできた。
「ちょっと、ネイが話してるのに無視してんじゃ――って、アンタ、どこかで……?」
完全に、人違いという線は消えたな。……ふう。さて、復讐するかァ。
「久しぶりだな、銀髪チビ。再会早々悪いが、剣の錆になってもらおうかッ!」
「ええ⁉」
「おいおい、お前いきなり何言ってんの⁉ ――って、あれ? そういや、ルーナって……」
「ああ、やっぱり! アンタ、《日本》にいた迷惑プレイヤー!」
「アー、アー、三角海域行キ出航イタシマス。到着マデシバシ、御歓談ヲオ楽シミクダサイ」
「ふわぁ~あ。お前ら何も走って行かなくても――って、え、なにこの硬直状態。どうした?」
三者三様の反応、艦内放送が流れ、昌明がようやく追いついてきた。
――話をしよう。そう、三か月前の話だ。場所は《日本》のとある野山、時刻は昼過ぎ、目的の妖怪退治を終えた俺は、一人帰途に就いていたんだ。下山途中、俺の目に、美しい花々が咲き誇っている場所が見えた。寄り道だったが、構わず行ってみたよ。だが、それが過ちだった。その場所に足を踏み入れた途端、警告音が鳴り響いたんだ。
理由は、背後に現れた妖怪だった。無論格上の敵、敗北の危険を感じはしたが、俺は決死の覚悟で挑んだ。七つの武器を駆使し、幾度もの死線を乗り越え、結果、最後には勝利を手にすることが出来たよ。当然、俺は喜びに打ち震えた。
――だが、本当の悪夢はそれからだった。心地よい疲労感と、この上ない満足感に浸っていた俺の肩を、誰かが叩いたんだ。振り向くと、そこには美しい少女がいた。ウェーブのかかった美しい銀色の髪をなびかせ、俺に微笑みかけていたよ。
俺はてっきり、祝いの言葉でもかけてくれるのかと思った。だが、実際の彼女の行動は違ったんだ。急に左手を掲げたかと思うと、竜や不死鳥、天馬や一角獣を呼び出した。何が何だか分からないが、ともかく彼らは襲って来た。ひたすら逃げ惑う俺に向かって、彼女は右手を掲げた。すると次の瞬間、圧倒的な熱量を持つ爆炎が俺を包んだ。……即死だったよ。そして、最後に声が聞こえた。
「アハハハハハ! 土下座させた後でこのルーナ様に傅かせようかと思ったけど、こんなに弱いんじゃその必要もないか! いらないわ、アンタ! キャハハハハハハハ……!」
朦朧とする意識の中、俺は誓った。いつか必ず、この銀髪女に復讐してやると。
「――と、いうわけだ。分かったか? 何か質問はあるか?」
船首に戻り、長ったらしい説明を済ませると、皆一様に渋い顔を見せた。
「いや、改めて聞くと、なんと言うか、ひどいとしか言えないな」
イナコーが若干引いた様子で、昌明と一緒に銀髪へ視線を向ける。ま、当然の反応だな。
「ル、ルーナちゃん。今のお話って……?」
「いや、嘘だから。有り得ないくらい脚色してるから。信じちゃダメよ、ネイ」
は? 今のは完全なノンフィクションなんですけど? この女、やはり相当に性質が悪い。
「え、でも、嘘をついてるような風には……」
ネイとやらが、ちらちらと俺の方を見てくる。ふむ、銀髪の相棒の割にはまともそうな子だ。
「――はあ。分かった。なら、私が真実を語ってあげる。ネイに誤解されるのは嫌だからね」
――話をするわ。三か月前の話よ。観光で《日本》のとある野山を訪れていた私は、その中腹にある大きな木の下で、小鳥や山猫、リスたちと戯れていたの。そこは、とても心安らぐ場所だった。柔らかな草の茂み、周囲を囲む緑溢れる雑木林、そして、すぐ隣には色とりどりの花々。本当に、本当に穏やかな時間を過ごしていたわ。――けれど、その時間は突然破られた。いつの間にか、一人の男が八つ首の大蛇と戦っていたの。それも、ただ戦っていたわけじゃない。凶悪な笑みを浮かべ、花々を遠慮なく踏み荒らし、聞くに堪えない怒声を上げていた。それらの全てを覚えてはいないけれど、例えばこんなことを言っていたわ。
「ハッハー! このクソ蛇がァ! 内蔵ぶちまけて死にさらせや、オルァア!」
――いつの間にか、私の側にいた動物たちはいなくなっていた。私は一言、男に文句を言ってやろうと思ったわ。そして、私が男の背後に立つと同時に、ひどい雄叫びが聞こえた。
「フハハハハ! ドカスがァ! 俺様に勝とうなんざ、千年早えんだよ! フーハハハハハ!」
私は直感した。この男は口で言っても聞かないタイプだ、と。だから、少し懲らしめるつもりで実力行使を図ったの。けれど、私の思いは最後まで男には伝わらなかったわ。結局、男は謝ることも、反省することも無く、ただ私にこう言い残した。
「てめえ、名前と顔覚えたかんな! いつかぜってえ、ブッ殺してやっからなァァァ……!」
……本当、救いようのない男だと思ったわ。そして同時に、二度と会いたくないとも思った。
「――でもまさか、こんな所で再会することになるなんてね。ほんと、最悪……」
ああ、本当に最悪だ。そんなトチ狂った話を真顔で語れるお前の神経がな。
「ちょっと待て。なんだ、その捏造話は。脚色してんのはお前の方じゃねえか!」
「はあ? どこが? どこまでも事実に忠実な説明だったじゃない」
ち、どこまでもたわけたことを。よかろう、なら俺の正しさを証明してやる。
「よおし、じゃあ多数決取るぞ。おい、そこな三人、俺とコイツどっちが正しいと……」
「――へえ、ってことは、ネイちゃんは戦闘や冒険、あんまり慣れてないんだ?」
「うん。今回も、ルーナちゃんに連れて来てもらったって感じで……」
「別にいいんじゃない? Sラン武器二つ持ちなんでしょ、あの子? そんなのがパートナーなら、大抵の敵は楽勝だよ。俺も練度Sにしただけで喜んでる場合じゃないな」
こいつら人の話聞いてねえし。おかしい。俺はパーティリーダーのはずなのに、三人の中で一番偉いはずなのに、まったく敬われている気がしない。
「ちょっと、アンタたち! せっかく私が面倒な説明してあげたっていうのに、まさか二人揃って聞いてなかったとか言わないでしょうね!」
おい、今二人って言ったぞ。自分の相棒はナチュラルに特別扱いしていくスタイルか。
「やだな、ルーナちゃん。俺もミラ枡もちゃんと聞いてたよ。な?」
「ああ。二人共かなり主観が入ってたけど、要はどっちもどっちって話だったな」
「そうそう、どっちもどっち。てわけで、過去の事は水に流して、五人で仲良くやろうよ」
イナコーがへらへら笑ってなだめようとするが、銀髪は眉間に皺を寄せたままだ。
「はあ⁉ なんでアンタら下等な野蛮人共と、私達がよろしくやらなきゃなんないのよ!」
「あ、あの、ルーナちゃん! 私も喧嘩するより、みんなで仲良くした方がいいと思うな」
「……ネイ。ま、まあ、ネイがそう言うなら、私も涙を呑んであげてもいい、かな」
いや、チョロ過ぎだろ。というか、何勝手に水に流そうとしてやがるんだ。俺は認めんぞ。
「お前ら俺を差し置いて和解しようとしてんじゃ――!」
「エー、御歓談中失礼シマス。ソロソロ三角海域ニ突入シマスノデ、御準備ヲ願イマス」
……俺が喋るタイミングで館内放送、だと。あのチビクマ、狙ったんじゃないだろうな。大体、準備も何もこちとらいつでも臨戦態勢だっつうの。――ん?
「なんだ? いつのまにか、辺り一面暗雲まみれじゃねえか。さっきまで青空だったのに……」
しかも、心なしか海が荒れ始めてるような気が……。いや、気のせいじゃない。明らかに波が高くなってる上に、風も強くなっている。――と、加えて、雨と雷が発生か。
「海域に近づくだけでこれなら、踏み入った時には何が起こるんだ?」
自然と、思ったことが口に出た。すると、ヤツが反応を見せてきた。
「え、なに、アンタ初挑戦なの? それも、何が起こるかの下調べも無しで来たわけ?」
「うるさい、独り言に入って来るな。俺は和解した覚えはないんだ。気安いぞ」
「アンタの意思なんてどうだっていいわ。私が気にするのは、私とネイの気持ちだけよ」
清々しい位に気に入らない女だ。ここまでくると寧ろ心地よい。何の気兼ねもせずぶち殺してやれる。脳内で殺人シミュレーションを行っていると、ヤツが嘲笑を含んだ笑みを浮かべた。
「で、本当に何も知らないなら情報提供してあげるけど、どうする?」
「なめるな。お前の協力なんぞ死んでも受けん」「あっそ、じゃ――」
「が、お前がどうしてもと言うなら聞いてやらんこともないぞ」
さっさと背を向けて去ろうとする銀髪の肩を掴んで、俺に助力する機会を与えて見せる。しかし、ヤツは悪魔的に邪悪な笑みをこちらに向けて、口を開いた。
「ククククククク、いいわよ? それじゃあ、二つに一つね。一つ、土下座して地に頭をこすりつけ『情報をお与え下さい』と私に頼む。二つ――」
銀髪が二つ目を口にする前に、嘲るように振るわれている二本の指を掴み取る。
「お前なんぞに下げる頭はない。答えは一つだ」
力づくで情報を吐かせる。腰を低くし、抜剣の構えを取る。
「……せっかくの慈悲も、アンタには無駄か。馬鹿は死んでも治らないらしいわね」
憐れむような、喜ぶような、複雑な表情。確かなことは、銀髪も戦う気になったということ。
「ぬかせ。そう言うセリフは、俺にもう一度勝ってからにしろ」
互いに、最早一片の淀みない敵意をぶつけ合う。その時だった。今日幾度目かになるけたたましい警告音が鳴り響き、暗い海中から得体のしれない何かが海水を打ち上げながら出現した。