続続&続続
「ロビーって一階だったよな?」
「いや、そっちは到着ロビー。出発ロビーは二階にある」
なるほど。なら、エスカレーターで二階に降りればいいわけだ。……にしても、人が多い。なんなんだ、こいつら。本当に目的があってここにいるのか。
「今日はイベントの日だっけ? それとも、いつもこんなもん?」
「最上階の九階で、アイドルがライブやるって書いてあるぞ。そのせいじゃないか?」
「ああ、アイドルか。ゲームの中でも人を熱狂させるんだから、凄い職業だな」
でも、中身がオッサンだったらとか考えないのかな。……気にしたら負けか。
「――で、ロビーに着いたわけだが、どこ行きに乗ればいいんだ?」
チェックインを受け付けてるのは結構ある。あの中のどれかだろうか。
「《フロリダ》の《ヨコハマ空港》行き。もう、電光掲示板に出てるだろうから探してちょ」
はいはい、横浜横浜……。
「――は? なに、《フロリダ》のどこだって?」
「いやだから、ヨコハマだよヨコハマ。《フロリダ州》のヨコハマ」
「『ヨコハマだよ』じゃねえよ! なんだよ、フロリダ州の横浜って! 意味わかんねえよ!」
「本当にそういう名前なの。ほら、ここ」
うわ、本当にヨコハマって書いてある。誰だよ、こんな紛らわしい名前つけたヤツ。絶対、日本人だろ。町の名前くらい、ちゃんと考えて付けろよな。
「ミラ枡、それって現実だとどの辺りなの?」
「マイアミじゃないかな。アメリカの地理はうろ覚えだけど、多分そのあたり」
マイアミ、天下のマイアミビーチか。アメリカ南部の東海岸に面した土地、フロリダの端っこだな。しかし、冒険に行こうと言っているのに行き先はリゾート地、これ如何に。
「あらちょっと、ハルちゃんじゃない!」
ん、なんだ今の野太い声は。聞き覚えがあるような気がするが、もしかして……。
「――おお、やっぱり! 店長じゃないですか!」
「そうよ、もう久しぶり~! 元気にしてた?」
「もちろん、俺はいつだって元気よ! 店長こそ、元気だった?」
「ミー? 見ればわかるじゃない。今日も絶好調よ!」
うんうん、相変わらずのゴリマッチョだ。安心した。
「けど、ハルちゃん。もしかして、この町に来るのあれ以来? もっと、頻繁に来てよ~。日々、改革に勤しんでるんだから。ネコメイド喫茶の数も増やしたのよ?」
「いや、ごめんごめん。でも俺、今はファンタジーを楽しんでる真っ最中だからさ。この町は方向性が合わなさすぎるよ。なんで、そのうちってことで一つ」
「もう、相変わらずなんだから。約束よ? ――ところで、これからどこか行くの?」
「そうそう、後ろの二人とちょっと《フロリダ》までね。店長は? 旅行?」
「ううん、友達の見送りに来てただけだから、これから帰るところ。でも、《フロリダ》かあ。たまにお邪魔するけど、どの町も素敵だから、是非楽しんできて」
「ありがとう。冒険が終わったら、見て回ってみるよ」
「うん、それじゃあね。後ろのボーイズも、楽しんできてね!」
「あ、はい。ありがとうございます!」
「どうもでーす」
うーん、やっぱりあの人はいい人だな。今度会ったら、遊びに誘ってみよう。
「なあ、ハル。今の人は? 俺と昌明がいない間に知り合ったのか?」
「この町に初めて来たとき知り合った。お前がナンパ、昌明が駅ビルを堪能してる間に」
「ああ、そういやバラけて動いてたな。で、どういう人なんだよ? あの筋肉さんは」
「メイド喫茶の店長アンドこの町のトップ。町の名前を付けたのもあの人だ」
ちなみに、ネコメイドシティとは、ネコ耳着けたメイドさんの都市という意味ではない。猫とメイドの都市という意味だ。よって、メイドさんと同じくらい猫がいる。あ、ほらそこにも。
「へえー、凄い人と知り合ってたんだな。ていうか、メイド喫茶行ってたのか」
「違う。散歩してたら知り合って仲良くなった。今度会ったら、改めて紹介する」
今は時間がないからな。ヨコハマ行きの飛行機もチェックインを受け付けているようだし、さっさと搭乗ゲート行って、ジェットに乗り込もう。煩わしい税関は無いんだ。よって、パスポートも必要ない。金属探知機もX線検査もない。剣でも銃でも爆弾でも持ち込み放題だ。
「昌明、航空券を発行するぞ。で、さっさと飛行機に乗る」
「心得た。よし、ものども俺に続け」
――チェックイン終了。奥に進む。待合室に用は無い。そのまま搭乗ゲート、ボーディングブリッジ渡って、飛行機に乗る。席探す。座る。終わり。
「離陸開始だな。向こうまでの所要時間は?」
「二十分だって」
素晴らしい。現実なら十時間以上はかかるだろうに、これは流石と言う他ない。
「電車気分で飛行機乗って、世界中を好きに渡り歩く。現実も、いつかはこの世界に追いつけるのかね。そうなってくれたら、外国の女の子と知り合う機会が増えるのに」
「それは、俺達が生きている間には難しいかもな。単純に考えて、こいつは現実の飛行機の三十倍のスピードで飛ぶわけだ。時速二万五千キロ以上ってことだな」
「二時間足らずで地球一周できるねー。流石、世界中を一日に何十往復もできるだけのことはあるよ。そのおかげで、チケット代も安くなって有難い限りですわー」
加えて、機内食なんて必要ないし、CAさんも一人二人しかいない。業界は価格破壊中だ。
「そういえば、図らずとも俺の希望が叶えられたな」
「なんだ、イナコー。なにか願い事でもしてたのか?」
「いやほら、覚えてないか? 《日本》を出るときのことだよ。ハルが『もう妖怪退治は飽きた。この国を出て、ファンタジーの本場に行くぞ』って言い出した時のこと」
「ああ、覚えてる覚えてる。そしたら、お前は《アメリカ》の方がいいと言い出して、昌明は中東方面がいいとか言い始めたんだったな。結局、じゃんけんして俺が勝ったけど」
熾烈な争いだった。誰かが勝てば、残りの二人が後出しだと難癖をつけていたせいで、いつまで経っても終わらなかったんだ。そうして最後は、殴り合って勝ったヤツがじゃんけんに勝ったことにしようという話に落ち着いたんだよな。ああ、懐かしい。
「てことはさ、この後は俺の希望である中東に行ってくれるってことで、オーケー?」
「なんだよ、お前リゼちゃんの所に帰るんじゃないのか?」
「もちろん、リゼちゃんも連れて行くんだよ。決まってるだろ」
決まってるのか。そうか。ま、パーティの枠はあと二つ余ってるから、別にいいけどね。
「それにしても、時差がないのは便利だよね。感覚狂わずに済むし」
「一日が六時間しかないからな。再現したところでどうすんだよってなったんだろ」
再現してないと言えば、通貨が世界共通だな。そっちは変更も可能だろうけど。
「うーん、そろそろ着陸か。飛行機は速いのはいいんだけど、景色を楽しめないのが難点だよな。青い空と白い雲しか見えない。すぐ飽きる」
「二十分で済むだけマシだと思えよ、ハル。暇つぶしに、雑誌でも読むか?」
「いや、いいよイナコー。お前が読んでな」
どうせ、もうすぐ着く。そろそろ高度が下がって、ヨコハマの都市が見える頃だろう。
「……どうやらヨコハマは、イメージ通りのリゾート地みたいだな」
「え、そうなの? 俺にも景色見せてくれ。――お、ほんとだ。豆粒にしか見えないけど、ビーチに大勢の人が集まってる。あー、ここもリゼちゃんと一緒に来たかったな。そうすれば……、あ、そうすりゃリゼちゃんの水着が拝めたんじゃねえか! しまった! 痛恨のミスだ!」
「お客様、お静かにお願いします」「あ、すいません」
俺にとっての痛恨のミスは、こいつと友達になったことかもしれないな。さ、バカは放っておいて着陸準備だ。離陸時と着陸時はベルト締めないと、俺もスッチーさんに怒られるからね。
「――で、着陸して、またもやブリッジ渡って、ゲート通って、一階ロビーにまで来たわけですよ。なんだけど、ここからどうするの? タクシー? バス? 徒歩?」
「徒歩でも行けるけど、入り口にタクシー停まってるからそれ乗ろう。で、ヨットハーバーまで行ったら、例の三角海域まで連れて行ってくれる店があるらしいから、それ探す」
「よし決まりだ。行くぞ、二人とも。まだ日は高い。よって、次の朝時間を待つ必要はない!」
――ヨコハマ。街に出ずとも、ここがリゾート地であることは容易に感じ取れる。人々の明るい話し声や色彩豊かな服装、エントランスの外に並び立つヤシの木やその周囲で煌く新緑の草花、そして、どこまでも青い空から降り注ぐやわらかな陽光が、この都市の性質を伝えてくれているのだ。空調の効いたこの建物を出たなら、常夏のさわやかな空気が俺を出迎えてくれることだろう。…………と、思っていた外に出るまでは。
「暑ッ! 蒸し暑ッ! なんじゃこりゃあ!」
「マジ暑いっスね……。リゼちゃん連れて来なくて良かった。こんな辛い思いさせられない」
「……忘れてた。ごめん、二人とも。夏のフロリダは、日本と同じで高温多湿なんだよ。だから、ゲームでもそれを再現してるんだと思う。どの程度かは分からないけど」
いや、冗談でしょ……。観光どころじゃないぞ、この暑さ。さっさと財宝かっさらって、過ごしやすいリヨブールに戻らないと、蒸し焼きにされちまうぜ。
「とにかく、早くタクシーに乗ろう。船を出してくれる店の名前は?」
「《ヨコハマクルーズ~地獄行き専門店~》で、略称はヘルショップ」
「はいはい、ヘルショップね……。じゃ、行こう……」
連れて行ってくれるなら、ヘルでもヘブンでも何でもいいわ。それより暑い……。
「お兄さん、三人。ヘルショップまでお願い」
「はいよ。それじゃ、お乗りください」
――ああ、生き返った。俺は今、冷房の偉大さを再認識したよ。っと、そうだ。生き返りついでに、鍛冶屋の大将に武器をヘルショップへ配達してくれるようメッセージを送っておこう。
「じゃ、車出しますね。……それにしても、お兄さんたちも物好きだね。服装や目的地からして冒険者なんだろうけど、どうしてわざわざこの時期に? 今蒸し暑いでしょ、ここ」
「いやー、俺が言い出しっぺなんですけどね、気候の事をすっかり忘れてまして」
「あ、なるほどねー。いや、三角海域行くにしても、他の冒険者さんたちみたいに四、五月辺りに来ておけば良かったんじゃないの、なんて余計なこと思っちゃったもんだから」
ん? 今この兄ちゃん、三角海域がどうのって言わなかったか?
「……ねえ、運転手さん。三角海域ってさ、実は結構有名な所だったりするの?」
「そりゃもちろん! ヨコハマに来る人達の半分はそれ目当てだからね。さっきも言ったけど、四、五月、特に五月の頭は凄かったよ。冒険者さんたちが一斉に押し寄せてきたからね」
……つまり、俺達は流行に乗り遅れた後追い組ということか。我ながら見事な情弱っぷりだ。
「ま、その理由は交通網が整備されたのと、大手攻略サイトがあの海域について大きく取り上げたからだろうね。ビーチ目当てでも色んな国から人が来るけど、あの時期はその二つがバッティングして、空港や港がパンクしかけてたよ。で、今は小康状態って感じ。海域に行こうとする人は珍しいし、ビーチにいる人たちの大半はヨコハマの住人だからね」
「今観光客が少ないのはやっぱり、蒸し暑いからっていう理由ですか?」
「そうじゃないかな。十一月くらいになれば過ごしやすくなるだろうから、また増えると思うよ。――あ、ほら、見えてきましたよ、お客さん。あれがヘルショップです」
なるほど。いつでも来られるのに、わざわざ蒸し暑い時期に来るバカがどこにいるんだって話か。……ここにいるけどさ。ま、それはともかく、やることは変わらない。あの水平線の向こう側、更にその海底にある神殿、の中にある財宝を頂く。胸躍る冒険と共にな。
「――――じゃ、運転手さん。ありがとうございました。お陰様で、無事店まで来られました」
「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございました。またのご利用、お待ちしてますよ」
……で、この一見ダイビングショップにしか見えない店が、海域まで連れて行ってくれるわけだ。どうにも締まらない気がするが、とにかく店に入るとしよう。
「すいませーん、やってま――」
「へい、らっしゃい! 三角海域目当てのお客さんだね? はいはい、三名様ともどうぞこちらに! 今ならすぐに船用意できるからね! で、これ料金表。前払いでよろしく!」
な、なんだこの威勢のいい、というか、やたらと必死さを感じる姉ちゃんは。
「はあ、それはいいですけど……。あの、もしかして暇だったんですか?」
「…………」
黙った。目を逸らした。図星か。聞かない方が良かったか。
「……そんなこと、ないよ? お客さんが減って人を雇えなくなったとか、船のローンや管理費用を払えなくて困ってるとか、そんなこと、全然ないよ?」
おい、マジか。そんなレベルか。経営破綻寸前じゃねえか。
「……なあ、昌明。この店マズいんじゃねえか? 他の所にしようぜ」
「いやそれがさ、三角海域行きの船出してる店で検索したら、引っ掛かったのこの店だけだったんだよ。まあ、探せば他もあるかもしれないけど、なあ?」
「ああ、探してる間に日暮れたらどうするよ? 確かに不安な店ではあるけど、次の朝までこんなクソ暑い所にいなきゃならないよりはマシだろ。それに、店員さん俺の好みだしさ」
最後のはともかくとして、他は一理ある。……けどなあ。
「あ、あの、お客さん方? ご心配はいりませんからね。うちのクルーザーは潜水機能完備の超一級品ですし、それにほら、こっちのチビロボが目的地まで上手く運んでくれますから」
「ドウゾ、ヨロシクオ願イシマス」
なにこのクマ型ロボット。ぬいぐるみじゃん。マスコットじゃん。頭にでも載せろってか。
「あの、お姉さんが操縦するんじゃないんですか?」
「え、いや、それはちょっと……、怖いと言うか、二度と行きたくないと言うか……」
もうちょっとやだ、この人。ただならぬポンコツ臭がするんですけど。
「ええ、そうでしょうとも。貴女のような美しい方に荒波は似合いません。あ、どうぞこれ僕のカードなので、三人分、これで支払いをお願いします」
「え、あ、はい! ありがとうございます!」
「さ、それでは早速行きましょうか。クルーザーまでは、案内して頂けるんですよね?」
「はい、もちろんです! どうぞ、こちらです。ついて来てください!」
え、なに勝手に金払ってんの? なに勝手に話進めてんの? なに頭にクマ載せてんの⁉
「俺たちも行こうぜ、ハル。いいじゃん。イナコーが奢ってくれたんだから」
……はあ。ま、昌明の言う通りか。ウダウダ言うより、俺もついて行こう。
「――で、これがそのクルーザーか。確かに立派だな。安心した」
「うん、俺も。百人近くは乗れそうな感じだけど、やっぱ他に客はいないんだな」
見た感じだと、高速船と思ってよさそうだ。しかし、これ採算合ってんのかな。客三人だと、動かすだけ損なんじゃないのか。なんて、この船長さんには聞かない方がいいんだろうな。
「それじゃ、私はこれで失礼しますね! 後の事は、チビロボに聞いてください」
「ええ、ではまた後で。帰って来たら、話の続きをしましょう」
なんの話だよ。ていうかあのクマ、チビロボが名前なのかよ。ここの連中のネーミングセンスはどうなってるんだ。ついでに、イナコーの女癖の悪さもどうなってるんだ。
「おい、イナコー。お前、次から次へとほんとに飽きないな」
「え、いやあ、好みな感じの人を見るとついね。ま、いいじゃんいいじゃん。早く乗ろうぜ」
「……それもそうだな。で、そのクマを操縦席に置けばいいのか?」
「そうらしいよ。操舵手の人に逃げられたから、ロボット買ったんだって。あ、あと、検索であの店しかヒットしなかったのは、余所の店が休業中だからだってさ。客が集まらないせいで」
「ウチノ御主人ハ、ソレヲ好機ト捉エタヨウデスガ、完全ニ裏目ニ出マシテ……」
客を独り占めしようとしたら、独り負けになったってか。皮肉な話だ。でも、それならそれで、観光クルーズでもやればいいのに。といっても、客が少ないのはそっちも同じなのか。
「じゃ、イナコーはそいつを操縦席に連れて行ってやってくれ。俺と昌明はデッキにいる」
「了解。俺もすぐ行く」
――ふう。なにはともあれ、これで出発できる。しかし、この平穏そのものな水平線の向こうに、恐ろしい海域があるわけか。早くこの目で見てみたいもんだ。いざ、魔の三角海域へ。
「おーい! ちょっと待った! お客さん二人追加―!」
と、思ったらこれだ。もう何でもいいから、早く出発させてくれよ。――ん?