二章
夕陽が沈んでいく。眩い朱から深い藍へと、景色が色を染めていく。一日の終わり、夕飯の席に着く俺の耳に、テレビのニュースが聞こえてきた。
「……なお、窃盗の容疑で逮捕されたこの男は、人気ゲーム【Eosphorus】に熱中していたことが分かっており、一部の有識者からは、ゲームによる悪影響の表れだとする声も挙がっています」
なんだ、また老害どもが喚いてるのか。ゲームで犯罪者が生まれるなら、この世界はとっくに犯罪者まみれだろうに。まったく、仕方のない連中だ。
「……ねえ、貴治」
「ん、なに?」
テレビから目を離して食事を進めようとすると、向かいに座る母親が話しかけてきた。
「あんたがいつもやってるゲーム、今テレビで言われてるヤツじゃない?」
「……まあ、そうだけど。それがどうかした?」
「やめた方がいいんじゃないの? お昼のワイドショーなんかでも評論家の先生たちが批判してるのをよく聞くし、危ないゲームなんでしょ? なにかあったらどうするの」
何をトンチンカンなことを言ってるんだ、このお母様は。自称評論家どもの言うことほど、当てにならんものは無いというのに。しかし、俺がそれを説明したところで、ワケの分からない反論をされるのがオチというもの。ここは、我が家の大黒柱に頼るとしよう。
「親父、母さんになんとか言ってくれよ。心配性で困ってるんだ」
「ふむ。まあ、そう言うな。お前を思ってのことだ、少しは聞いてやれ」
「ええー、マジで言ってんの? 勘弁してくれよ」
「ほら、お父さんもこう言ってるんだから、あのゲームはやめておきなさい。それに、もうすぐ期末試験じゃないの? 一年生のうちからちゃんと勉強しておかないと、大学受験なんてすぐなんだから」
出たよ、出ました。二言目には勉強・試験・受験、もう耳にタコができるっての。
「心配しなくても、勉強もやってるよ。今日もさっきまで、宿題その他をこなしてたんだから」
「……それならいいけど。でも、あのゲームが危ないってことに変わりはないでしょ? やめておきなさい」
いやだから、危なくないって。くそ、どうやって言い聞かせようか。――ん? ち、こんな時にメールか。誰か知らんが、後だ後。今は母さんを説得せねば。
「母さん、よく聞いてくれ」
「なに? 真面目な顔したって――」
「親の背を見て子は育つ、古い諺の一つだ。俺は、この諺が今でも通用する真実だと思ってる。親父と母さんの背中を、尊敬する二人の立派な背中を見ながらここまで来た。ゲームに触れている時間なんかよりもずっと長い間見続けてきたんだ。俺はまだ二人の様にはなれていない。けど、いつだってそれを目指してる。今までも、これからも」
「……貴治」
「だから、見守っていて欲しいんだ。ゆるぎなく、真っ直ぐに歩き続ける俺の姿を」
「…………」
ふ、感動して声も出ないようだな。こういうこともあろうかと、前々から対策を練っていたのだ。くくく、この素晴らしい頭脳の冴え、自分でも恐ろしいぜ。
「さ、あんまり喋ってると、折角の美味い飯が冷めちまう。早く、食っちまおうぜ」
それに、早くゲームがしたい。下がってたモチベも無事回復したことだしね。
「じゃああんた、中学生の時に書いてたあの変なノートはなに?」
「ぶふぉぁ⁉」
「確か、自分には魔族の血が流れていて、いずれ世界を征服し、その後には神様とたたか――」
「ちょちょ、ちょっと待て! な、なぜそんなことを知っている!」
俺の過去最大の黒歴史。あれはすでに焼却済みの、忘却の彼方へと追いやった記憶なのに。
「放り出してあったのが見えたのよ。で、あれはなに? ゲームの影響なんじゃないの?」
「違う、断じて違う! あれは男なら誰しもが経験する、一時の過ちというものなんだ。なあ、親父! 親父だって、そういうことあったよな?」
「……ふう。いや、俺には覚えがないな。あ、母さん、ご馳走様。今日も美味かったよ」
「はい、お粗末様でした。お風呂沸いてますから、お先にどうぞ」
「ああ、ありがとう。入ってくるよ」
あ、逃げた。逃げたぞ。絶対、経験してるはずなのに。
「それで、話の続きだけど」
「――待て、分かった。この件については、明日じっくりと話そうじゃないか。その代わり、今日は見逃してくれ。イナコーや昌明との約束があるんだ」
「稲葉君や東風谷君と?」
「ああ、母さんも、息子に約束を破るような人間にはなって欲しくないだろ?」
「……そうね。分かったわ」
「おお、ありがとう母さん! 恩に着るよ!」
ふむ、オカンは「約束」という言葉に弱い、と。今度からはこの手で行こう。
「でも、今日だけよ。それと、あんまり遅くまでやらないこと。いい?」
「ああ、了解した」
というわけで、さっさと飯をかっこむ。最早、一秒たりとも無駄にはできない。明日は一日、頭の固い母親の相手をしてやらねばならんのだからな。
「……よし、ご馳走様。じゃ、俺は早速部屋に戻るから」
「ほどほどにね。あと終わったら、ちゃんとお風呂入って、歯も磨くこと」
「はいはい、分かってるって。じゃあな」
では、ダッシュだ。即刻、階段を駆け上がり、俺を待つCVギアのもとへと急ぐのだ。
「……到着。さあ、では早速飛び立とうかな」
――とその前に、さっきメールが来てたな。確認しておくか。
「えっと……、なんだイナコーからか」
なになに、「ハル、夜に来るって言ってたよな? 俺とミラ枡は今から行くんだけど、俺たち《リヨブールの町》にいるんだよ。ハルはまだビグラット村だろ? タクシー手配しておくから、ログインしたらそれに乗ってリヨブールまで来てくれ。《アベンチュリーの宿》で待ってる」
「なるほど。あいつら、リヨブールにいるのか」
昨日まで、俺とイナコーが拠点にしてた町だ。今日になって、昌明が助けてくれと騒ぐから、山越え谷越え、ど田舎のビグラットまで足を運んでたんだが、ようやく戻れるというわけだ。となれば、こうしちゃいられない。早く行こう。
「はい、CVギア起動、ベッドにダイブ、CVギアセット。おっけ、ログイン開始」
――意識が遠くなっていく。視界が白へと染まり、電脳空間を駆け抜けるような感覚が訪れる。どこまでも突き抜けられるような高揚感、それが尽きると、今度は急速に意識がはっきりし始めた。地面に立っている、風のそよぐ音や川のせせらぎが聞こえる、日差しの暖かさがこの身を包んでいる。そして、目を開くと――
「ふう、ログイン成功」
場所は教会前、ログアウトしたときと同じ。しかし、状況は異なっている。村人たちが、こぞって教会に集まってきている。
「朝の礼拝の時間か。ということは、夜時間が終わったばかりだな」
ゲーム内の一日は、現実時間に換算すると大体六時間ほどだ。つまり、俺がログアウトしてから丸一日近く経ってるってことだな。
「――よし、じゃあ村の入り口に向かうとするか」
イナコーが手配したタクシーが来ているはずだ。それに乗って、早くリヨブールに行こう。
「あ、そういや、HPをまだ回復してないんだった」
うーん、どうするか。ここでアイテム買って回復してもいいんだけど。
「……まあ、いいや。向こうに着いてからにしよう」
別に途中で戦闘があるわけでもないし、今はリヨブールに急ぐとしよう。
「――あ、ハルさん!」
ん? 今の声はたしか……、あ、やっぱり。
「えっと、リゼちゃん、て呼んでいいのかな? それとも、何か別の……?」
「いえ、どうぞお好きな呼び方で。……ところで、あの、お一人ですか?」
「え、それはまあ、見ての通りだけど」
「あ、そ、そうですよね。すいません、変なこと聞いちゃって……」
――ふむ、しまった。俺としたことが、なんて気の利かない返答をしてるんだ。
「ひょっとして、昌明に会えなくて寂しい、みたいな感じ?」
「ええ⁉ な、なんで、じゃなくて、そんなことない、こともないんですけど……」
うん、昼も思ったが、あいつ相当《好感度》上げてるな。本当、何をやってるんだか……。
「――あ、そういえばさ、リゼちゃんはどうしてあんな依頼を昌明に出したの?」
「え、あ、それは……、昌明さんに好きな男性のタイプについて聞かれて、それで……」
……俺は、基本的に人のプレイスタイルに文句は言わない。しかし、これは流石に余興が過ぎるんじゃなかろうか。あいつ、本当に何やってるんだ。この子と恋人にでもなろうってのか。
「ありがとう、よく分かったよ。俺は今から昌明と合流するんだけど、あいつに会ったら、リゼちゃんが寂しがってたって言っておいてあげる。そんじゃね!」
「ええ⁉ あ、いや、その……、よ、よろしくお願いします! どうぞ、お気をつけて!」
行くぞ。もう、ささっと行くぞ。でもって、昌明にひとこと言ってやろう。
「着いた。さて、タクシーはどこだ……」
――ああ、いた。スポーツカータイプか。結構、値が張るのを手配したな――って
「どうも、HALさんですね? 自分は爆走タクシーのもんです。お迎えに上がりやした」
な、なんだこの、グラサン・革ジャン・スキンヘッドの、いかにもなガチムチアニキは。
「あ、えっと……」
「さ、早くお乗りになってくだせえ。お二人に、急ぐよう言われておりますんで」
「は、はい。分かりました」
ま、まあ見た目がどうあれ、タクシー運転手に変わりはないんだしな。気にせず乗ろう。
「あ、後部座席ないんですね」
「はい、なんでどうぞ助手席に」
うわー、どうしよ。気にしないって決めたそばから、緊張感アゲアゲ状態なんだけど。
「シートベルトはしっかりお締めになって下さいね。それと、こちらの品をお二人から預かっております。どうぞ、お受け取り下せえ」
「あ、どうもありがとうございます」
おお、何かと思ったら《体力全快ドリンク》。あいつら意外と気が利くな。早速いただこう。……ふう、よし。これでHPは完全になった。
「御準備はよろしいようで。それじゃ、発進しますぜ」
――お、でかいエンジン音だな。一体、どれくらいのスピードが出――
「おうわ!」
いっつー、頭打った。
「大丈夫ですかい? これから先かなり揺れますんで、しっかり踏ん張っといてくだせえ」
「いや、踏ん張れって言われても……、え?」
なにこの車。速度計の表示おかしいんだけど。最高時速六百八十キロってなってるんだけど。
「あの、この車ってタクシーですよね?」
「ええ、そうです」
「これの他にも、同じ車がたくさんあるんですよね?」
「ええ、会社に戻れば十数台ほど」
頭おかしいんじゃないのか。どんな会社だよ。いやたしかにね、このゲームには法定速度も馬力規制も存在しないさ。それは分かってるよ? でもね、いくらなんでも限度ってものがあると思うんだよね。時速六百キロ以上で走る車なんて、もうそれ車じゃないよ、ミサイルだよ。
――ああ、平原に通った一本の砂利道を、タクシーが爆音を唸らせて走っている。幸いと言うべきだろうか。辺りに障害物となるものは存在しない。しかし、それをいいことに、隣に座る御方はどんどんアクセルを強めている。揺れてる、めっちゃ揺れてる。凄い勢いで景色が流れてる。気持ち悪い、つーか尻が痛い。
「こんなにスピードの出る車が仕事道具なんて、運転手さんたちも命懸けですね」
「それがいいんでさあ。何も考えず、限界を超えたスピードに身を任せる。最高の快感です」
おい、あんたタクシー運転手だろ。客のことくらいは考えろや。……まさかと思うがこのスピード狂、プレイヤーじゃないだろうな。一瞬だけ、識別機能をオンにしてみよ。
「…………あの、失礼なんですけど、もしかして、リアルでは暴走族だったりします?」
えー、識別の結果、黒でした。プレイヤーでした。おそらく、現実ではヤク――
「あ、いえ、現実ではちゃんと働いてますよ。八百屋の息子なんです、私」
ザではありませんでした。すいません。やっぱり、人を見た目で判断してはいかんね。うん。……ところで、今から山道に突入するわけなんだけど、アクセルを弱める気配がないのは何故なのかな。チキンレースでも始める気なのかな。――はい、只今の時速五百六十キロオーバー。小枝はバチバチ鳴るし、車は相変わらず揺れるし、登ったり下ったりするし、あっという間に谷に突入したかと思ったら、連絡橋は落ちてるし――って、え?
「げ⁉ 運転手さん、前! 前見て! 橋! 橋、落ちてます!」
「心配いらねえ! 来るときもそうだった! いくゼ、ニトロブースター、ゴォウ!」
ゴーじゃねえぇぇ! く、車が空を飛んで……!
「あーばばばばばばば!」
「ヒャッハー! お客さん、もうすぐですゼー!」
く、空間が湾曲していく。あ、昔の記憶がどんどん流れて――
「――はい、着きました」
「……は、はあ、そうですか。ど、どうも」
キマイラと戦うよりもずっと恐ろしかったぞ。なんてタクシーなんだ。
「あ、い、いくらですか?」
「はい、一万二千エールになります」
やっぱ、結構高いな。普通のタクシーの倍くらいか。
「はい、ちょうどです」
「はい、どうも。ありがとうございました。またのご利用、お待ちしております」
「ええ、それじゃあ……」
……ふう。死にかけたが、あの距離を二十分とかからず来られたんだ。よしとしよう。
――さて、ここが赤煉瓦に彩られた町・リヨブールだ。平屋が主だったビグラットとは違い、三階から四階建ての建物が多く、住民や他所から訪れる者の数も段違いだ。また、商店街も発達しているため、商人や俺のような冒険者にとって、この辺りでは一番便利な町だろう。
「あいつらがいるのは、アセンチュリーの宿だったな」
場所は東側の大通りだ。ここからだと、中央通りをまっすぐ抜けてから右折するのが、一番行きやすい。歩きだとそこそこ遠いが、ま、いいだろう。
「ほんじゃ、行くとするか」
石畳の道を歩き始めると、すぐに街の喧騒が聞こえてきた。大通りを行き交う人々、露天商の客引きの声、あちこちを忙しく駆け巡る何台もの馬車、およそ目に映る全てが活気に溢れている。近代化している部分もあるが、全体としては未だ中世を脱してはいない。俺がこの町を拠点に選んだ理由はそこにある。勿論、それなりに便利だということもあるが、俺のイメージ通りのファンタジー世界の町だからという点が一番大きい。ま、探せば他にもあるんだろうが、《日本》から飛行機で来た後、それっぽい町を検索したら、ここが一番近かったんだよな。
「――お、噴水広場が見えてきた」
となると、この町の目玉もすぐそこだな。というかまあ、さっきからずっと見えてるんだが。
「コロッセオ、闘技場か。本当にでかいよな」
町の中心に設置された腕自慢が集まる場所、それがコロッセオだ。他のプレイヤーやNPCと個人戦や団体戦なんかをするわけだが、賞金が掛かってるだけに、どいつもこいつもガチで殺しに来る。観客は観客で、誰が勝つかを賭けたり、野次を飛ばしたりと、うるさいことこの上ない。俺も何度か訪れはしたが、あそこは最早、戦闘狂とギャンブル狂の巣窟だ。
「外から見てる分には、結構上品な建物なんだけどな。――ん?」
広場にやけに人が集まってる。屋台も出てるみたいだが、今日はなにか……、あ、バザーの日か。ちょうどいい、折角だし、覗いて行こう。
「おーおー、賑わってる賑わってる」
子供から老人まで、色んな人が参加してるみたいだな。出品されてる物は、結構ありきたりな物が多いけど、でも、皆この雰囲気を楽しんでいるんだろう。祭りのような空気、人混みはうっとうしいが、活気があるのはいいことだ。……とは言ったものの、毎回思うことだが、ここでバザーを開いてて、コロッセオから出てくる荒くれ者共に目を付けられないのだろうか。
「――ん? 今……」
噴水の向こう、コロッセオの方に、何人か見覚えのある子供が走って行ったように見えたが。
「いや、見間違いだ。放っておこう」
……なんてことが言えない良い人なんだよな、俺って。中身が大人ならともかく、マジモンの子供がコロッセオなんか行ったら泣き出すこと間違いなし。夏場に鳴き喚くセミが如しだ。
「あ、すいません、後ろ通ります」
はいはい、お婆ちゃんもお兄さんも申し訳ありません。急いでますのでね。――よし、人混みは抜けた。さて、あいつらはっと……、いた。
「おーい、そこのちびっこ魔法少年&少女五人! そこでストップ! 直ちに止まりなさい!」
大声で呼びかけると振り向き、きょとんとした後、俺を指差して駆け寄ってきた。
「あ、やっぱりハルだった! 変な格好してるから絶対そうだと思ったぜ!」
やっぱり、見間違いじゃなかった。近所のチビどもだ。ピッカピッカの一年生だ。
「言葉は正しく使え。変な格好をしてるんじゃない。似合ってないだけだ」
「ほんとだ。あはは、全然似合ってないね、おにいちゃんの服!」
「やかましいわ、ちびっこ! いちいち確認せんでよい」
子供と言うのは正直なものだが、特にこの少年少女二人はいつも思ったことを言う。
「ハルおにいちゃん、今日はどうしたの? ぼくたちと一緒に遊んでくれるのー?」
「ふ、すでに五人の勇士は揃っているが、貴様が付いてきたいのなら我も吝かではぁあうあう」
「誰が貴様だ。呼んだのはお前らに忠告してやろうと思ったからだ」
「ひあいひあい、ごめんあひゃーい。おにいひゃん、はにゃしてー」
変な(びょうの)喋り方をする少女のほっぺたがのびるのびる。親は今のうちに矯正しておかないと、この道は茨の道だぞ。鋼のメンタルを有する者だけが踏み入れることを許された暗黒の世界だ。
「忠告? ハルさん、私達に何か伝えたいことがあるということでしょうか?」
五人の中で一番落ち着いた少女が、大人びた所作で問いかけてくる。
「ああ。あの建物には近づくな、って、これ前にも言った様な気がするな……?」
「言った言った、二回くらい言った。もう聞き飽きたぜ――いってぇ⁉」
お仕置きの拳骨一発、もちろん泣かない程度の絶妙な手加減を加えている。
「だったら近づくな。その歳でトラウマ作りたいのか」
筋肉ダルマのオッサンたちが血飛沫飛ばしながら殺し合ってる危険な場所。当然、リアルに死ぬわけではないが、そのリアリティは現実そのものだ。本気でガキの行く場所じゃない。
「でも、あそこに行くと強くなれるんでしょ? お父さんが言ってた!」
「ぼくたち、強くなりたいでーす! ね!」
「無論だ。我が闇の《フォース》、更なる深淵の境地へと辿り着かねばならぬゆえな」
子供は素直で可愛いというのは、どこのバカの台詞だったかな。全く、素直じゃないんだが。
「強くなりたいって、なんでよ? 戦い以外の遊び方だって山ほどあるのに」
「私達、皆で色んな所に行ってみたいんです。巨大な山や大海原、未だ見たことのない所に」
「そうそう、そーいうこと。で、そのためにもっとステータスを上げようぜってなったわけ」
なるほどな。好奇心や向上心があるのはいいことだ。しかし、それとこれとは話が別。
「ならまず、パーティ全員が大杖装備っていうのを変えた方がいい。全員が《フォース》型武器なのはバランスが悪いぞ。何人かは《アーツ》型の武器にするべきだな」
基本、物理系の武器はアーツ型、魔法系の武器はフォース型という呼称をされる。それは単純に、物理系の武器でいうところのアーツが、魔法系の武器ではフォースという名称だからとう理由と、両者の仕様が異なっているからという理由がある。
「ほう、それは初耳であるな。兄者よ、それは真か?」
「誰が兄だよ……。もちろん、本当の話だ。全員が一緒に詠唱してると、その間にモンスターに攻撃されたり、フォースを使った後、全員まとめてスタミナ切れになったりしたことないか?」
アーツ型は、クールタイム制が採用されており、武器ごとにセットできる数は五つまでというのが特徴だ。対して、フォース型は詠唱を行い、同時にスタミナを消費して発動するのが特徴で、セットできる数は十までとなっている。セットできる数が違うのは、フォースは全属性に対応したものがそれぞれ用意されているため、アーツより種類が多いからだろう。例えば、チビたちが装備している大杖だけでも、使用できるフォースは四十種類を超えている。
「あー、そういえば、いつもみんな一緒にやられてたかも?」
「そうね。そういったケースが多かったように思うわ」
「てことは、武器を変えたらそうならねえってわけか。こいつはありがたい情報だぜ!」
「ふ、我はこのマジックワンドを変えるつもりはないがな。運命を共にする存在なのだ」
どうやら、闘技場から興味を逸らせられたようだ。武器の話で盛り上がり始めている。
「よーし、じゃあじゃんけんするぞ! 負けたヤツが武器を変えるルールだ!」
「いいよー! ふっふっふ、わたし、じゃんけんで負けたことないんだよね」
「あ、ぼくもだよ! ぜったいに勝てる方法を知ってるんだ!」
「ふぇ? あ、あの、わ、我はこの杖を手放す気はないと言っておるのだが……」
「なら、貴女が負けたときは私が代わりに変えるわ。それで心配ないでしょ?」
「え、う、うむ。そうであるな。じ、実に大儀であるぞ、凛々しい娘よ。……ありがとう」
こういうのを、微笑ましい光景と言うんだろうな。ああ、子供って素直で可愛いなあ。
「武器を買うなら、そこのバザーを利用しろよ。普通より安く買えるぞ」
「おー、さんきゅー! よし、じゃあ行くぞお前ら! ハル、またなー!」
「う、うそ、一回で負けた」「ぜ、ぜったい、ぜったい勝てるって教えてもらったのに……」
「やったー! 我の勝ちー! これこそ運命の導きよな!」
「えっと……。運命というか、二人揃って後出ししたのは何だったのかしら」
一番生意気なチビを先頭に、皆がバザーの方に駆けて行く。ふ、リアルと変わらず元気な連中だ。ちなみに、生意気な少年と落ち着いた少女以外の三人は生粋の外国人だ。現実では基本的に母国語を話している。だが、ゲーム内ではシステムの一つに同時自動翻訳機能があるため、異なる言語を話す者同士でも支障なく会話が可能となっている。世界各国の人間が一堂に会するこのゲームでは、必須機能の一つだろう。俺にとっても有難いシステムだ。
「――さて、俺も行くか。東通りは……、あっちだな」
大通りの中でも、東通りは一番冒険者向けの店が多い。武具屋や鍛冶屋、《技能屋》が密集している上に、雑貨屋や貿易商が扱っている商品も、探索や戦闘向けの物がほとんどだ。宿に関しても、冒険者の需要に応えた結果、安宿が乱立している。倉庫兼体力回復用の拠点という機能さえ果たしていれば、その他のサービスは必要ないという連中が多いからな。
「おー、いるいる。同業連中が山のように」
王国騎士風のお堅そうな奴ら、盗賊風のチャラい連中、むさくるしいオッサンどもが歩道を闊歩し、馬車道では、大勢の客を乗せた辻馬車や、武器や防具などを積んだ荷馬車がひっきりなしに駆け回っている。ああ、このファンタジックな雰囲気、最高だ。けど、浸ってる暇もない。宿に行かないとな。あいつらが待つアセンチュリーの宿は、東通りの中でも三本の指に入る人気の宿で、俺も滞在拠点にしていた。また、「宿」と銘打ってはいるが、実際は色々な店が集まった複合施設だ。イメージとしては、ホテルと百貨店を同じ建物の中に押し込めたようなものだな。宿の料金は比較的高めだが、店を求めて出歩く手間を省けるのは便利だった。
「――ほい、着いた。あー、なんか久しぶりな気がする」
地下含みの全七階建ての建物。煉瓦造りなのは他と同じだが、一つの建物としては最大級の大きさだ。三階以上が宿泊施設で、地下に酒場と賭場、ホール型の地上一、二階にその他の店が集まっている。ちなみに、エレベーターはあるので、最上階の部屋を割り当てられたとしても、歩いて上るなんて面倒なことはしなくていい。
――さて、それじゃあ入ろうか。