一章の続きなので一章後半ということで一つ
「おお、戻って来たか」
……ああ、ムサい。戻った直後に、パンツ野郎二人を目にすることになるとは。
「おかえり。さっきは助かったぞ」
「どういたしまして。食われる前に間に合ってよかったよ」
二人とハイタッチを交わす。どうやら、こっちの方も上手くいったらしい。二人の後ろでキマイラが倒れてる。――あ、ドロップ品回収しないと。
「……うーん、こっちも珍しいものはないな。二人はどうだった?」
もう一頭がドロップしたものを確認したが、特筆すべきものは無い。結構、苦労したのに。
「なんもない。アビポと素材だけ」
「同じく。レアアビもレア武具もなし」
俺が倒したヤツからアイテムを回収し終わった二人が、結果を気にした風もなく言う。まあ、今回はクエストのクリアが目的だったからな。それが果たせただけで十分なんだろう。俺もほぼ同じ気持ちだ。そして、その目的だったキマイラ二頭は、全員がアイテムを回収し終わる頃には光となって消えてしまった。俺たちも、これ以上の長居は無用だろう。
「とりあえず、さっさと服を着るか」
「ああ。この姿で村に行くと、また変態扱いされるからな」
イナコーが強くうなずいた。――そう、クエストの条件が「依頼受注後からターゲット討伐まで防具装備不可」だったからな。おかげで、他のプレイヤーやNPCに白い目で見られた。それというのも、昌明、お前がこんな厄介な依頼を受けたせいだぞ。
「いやー、今回は久しぶりにキツかったな。二人ともありがとう、お疲れさん」
屈託のない笑顔で言いやがって。……まあ、いいさ。たまにはハンデのある戦いもやっておかないとな。これも修行だ。――さて、それじゃ防具装着、と。ああ、やっと落ち着いた。
マイフェイバリットカラー・クリムゾンレッドの鎧に身を包む。といっても、すぐに《スキン(見た目用の装備)》を設定するんだが。やっぱり、外見上は軽装の方がスタイリッシュに見えるんだよな。ゴツい鎧も好きだけど、長剣には断然軽装の方が似合うと思う、俺は。
上半身は紺、下半身は白、一見すると騎士か貴族っぽい洋装でまとめ、そこに真紅のマントを羽織る。うん、これでいい。そう、長剣を装備してるときはこれくらいでいいんだよ。
「あ、また中二病な格好してる。自分の顔と相談もせずに」
「うるさいぞ、昌明。ゲームなんだから、中二だろうとノープロブレムなんだよ」
俺の中二スタイルを指摘する昌明だが、実際はこいつも大概だ。似合ってないという意味で。
「漆黒の重鎧。かっこいいのになぁ、着てる本人がなぁ。…………ふ、かわいそ」
「ああん⁉ 漢の装備にケチつけるってか。上等だよ、オモテ出ろやオモテェ!」
「もう、出てんだろうが! 大体、漢の装備とか言いつつ、兜にだけ《ステルス(防具が見えないようにする機能)》使ってんのは何なんだよ、ああ?」
「は? なんか文句あんのか。あるんなら言ってみろや、中二病患者!」
「女々しいんだよ! 漢を名乗るなら、いっそ全身ステルスにしてマッパになるぐらいの気概を見せてみろってんだ! 顔だけ出すなんて半端な真似しやがって、このナルシストが!」
ま、本当にそんなことしたら《ギルドポリス(有志による警察的機関)》に即刻突き出すがな。
「おい、うるさいぞ。キマイラ君たちが亡くなったばかりなんだから、もっと静粛にしなさい」
俺たちの中で一番顔の良い男が、西部劇風の装備に身を包んで窘めてきた。残念だが、似合っていると言わざるを得ない。そうだな、その点は素直に認めよう
「「ち、リア・ミツル(充)が」」
昌明と声のハーモニーを奏でる。これで、崩壊しかけていた俺たちの友情は修復された。協力して断罪すべき大罪人が目の前に存在するためだ。
「ねえちょっと、奥さん。あの方さっき、キマイラさんに食べられかけてた人じゃない?」
「あらまあ、ほんとだわ! どうしてあんなに、しれっとした顔ができるのかしら」
「それはきっと、あれよ。鶏並みの知能しかないのよ。頭がナッツなのよ」
「なるほどねぇ。男前なのに頭は残念なんて、不憫だわ~」
「ええ、もう本当に、カ・ワ・イ・ソ・ウよね☆ ……ふ、ふふ」
「「あははははははは! あーははははは! は、はあ、あー、おもしろかった」」
笑うと健康に良いっていうのは本当だよね。スッキリした。爽快な気分だ。――でも、笑う門には福来るっていうのは嘘だったようだ。
「おーし、よく言った。お前ら武器を取れ。二人まとめて血祭りにあげてやる!」
愚かな、憎しみは憎しみを呼ぶだけだというのに、銃なんぞに頼りおって野蛮人め。
「落ち着け、イナコー。そして、真に責めるべきは誰かを、もう一度よく考えるんだ」
「は? お前ら以外に誰がいるんだよ」
「いるじゃないか。お前も、よく知ってるはずだぜ?」
「……言ってみろ。一応聞いてやる」
「お前が真に責めるべき存在。それは、運営だ!」
そう、このゲームには致命的な欠点がある、没入感を高めるため、自分の姿がそのままアバターになってしまうという空前絶後の青天の霹靂的な欠点だ。……課金すれば話は別だが。
「……はあ、言うと思った」
「しかし、真理だ。お前もそう思うよな、昌明?」
「まったくだ。俺も本当は、ゴリマッチョでダンディな男でプレイしたかったのに」
「そうだよな。俺だって、百八十センチの八頭身スーパーイケメンでプレイしたかったよ」
……だったら課金しろよって話だが、他に不都合がないせいで結局その気にならん。
「そういえば、皆意外と課金してないよな。俺たちだけじゃなくて、他のプレイヤー連中も」
「別に意外じゃないだろ。そもそも、運営が課金させようとしてこないんだから」
「あ、それ俺ずっと気になってたんだけど、このゲーム、どうやって採算取ってるんだろうな」
知らん。知らんが、CVギアを更に普及させるための販促費用として割り切っている部分はあると踏んでいる。とはいえ、何かしらの方法で稼いではいるだろう。テレビCMやネット広告、果ては街頭広告で、毎日派手な宣伝を続けられるんだから。
「ま、俺らが考えることじゃない。それより、早く村に戻ろう。いい加減、体力を回復したい」
回復アイテムが尽きてるせいで、さっきからずっと死にかけの状態だからな。
「そうだな、それには賛成だ。なんだけど……」
「なんだ、イナコー。やり残したことでもあるのか?」
下手したらゴブリンにも負けるかもしれないこの状態で、一体、何を躊躇してるんだ。
「いや、どうやって帰るんだよ?」
「はあ? そんなもん、馬に乗ってに決まって――」
あ、たどり着く前に死ぬか。森と洞窟と草原を抜けなきゃいけないんだもんな。
「……なんでこのゲームには、ワープシステムが無いのでしょう」
「さあ? 作った人に聞きなさいな」
このゲームの欠点二つ目。ワープという概念が存在しない。死んだときは最後に立ち寄った町や村に飛ばされるが、ペナルティとして、その場に金とアイテムを半分置いていくことになる。後で取りに来いって? 面倒くさいわ。他のプレイヤーに盗られとるわ。バカ運営が。
「仕方ないな。二人とも、呼ぶんなら馬車かタクシーかヘリ、どれがいい?」
「馬車とタクシーは無理だろ。あの狭い洞窟は通れねえよ」
「イナコーの言う通り。ま、高いけどヘリになるわな」
安全、確実、迅速、でも高い。それがヘリコプター。しかし、背に腹はかえられん。道中で野垂れ死ぬよりはよっぽどマシだ。
「じゃあ呼ぶぞ。言っとくけど、お前ら割り勘だからな」
「分かってるから、早く呼べ」
イナコーめ、生意気な口を。やはり、キマイラに食わせるべきだったな。次はそうしよう。
さて、どこの会社が一番安いか。《DCT》――要するに小型のパソコン――を開いて情報にアクセスする。ヘリでの送迎を請け負っている会社やプレイヤーの名前が画面にずらっと並ぶ。ブルジョワどもだ。大体は、リリース直後からこのゲームをプレイしている連中だ。やつらは、中世真っ只中の時代に放り出され、交通手段は徒歩か馬か、たまに船というような状況で、わずか数か月の間に、この世界の産業を数百年分も進歩させた功労者様たちであり、廃人どもだ。
まあ、四月から始めた俺からすれば、プレイしやすい環境を整えてくれた人達だから一応感謝はしている。しかし、発達してる地域としてない地域の差が意味不明なぐらい開いてる上に、世界観がもうワケ分からない。現代風のビルが立ち並んでる都市から一歩出たら、グリフィンやワイバーンが飛び回っているという、神秘の魔境が広がっていたりする。
「――あ、ここ安い。たけのこヘリコプター運送会社だって。呼ぶわ」
それでも、廃人連中がいなかったら、このDCTも普及してないわけだから、やっぱり有り難くはあるな。……初心者狩りされたことは忘れねえけどな。そのうち見つけ出して、正々堂々と闇討ち仕掛けてやる。覚えとけよ、《Luna》とかいうゴスロリチビ女。
「――よし、位置情報送信完了。これですぐ来るだろ」
「オーケー。それじゃ、俺は馬に帰るよう言ってくる」
昌明が、森の中に避難させている馬たちのもとへと走っていく。借り物だからな。死なせたら弁償しなきゃいけない。自動で帰巣する状態にしておけば、その心配はいらないのだ。
「……現実だったら、こんな霧の中には来てくれないんだろうな」
「ヘリがか? まあ、そりゃそうだろうな」
突然、イナコーが現実に思いを馳せ始める。どうしたんだろう。リアル彼女が恋しくなったのかな。男のくせに情けない奴だ、爆発すればいいのに。
「俺が爆発させてあげようか?」
「……なんで? いきなりどうしたんだ?」
「いや、別に。気にしないでくれ」
冗談は置いておいて、もう来るはずだな。近くを飛んでたみたいだから。
「――っと、音が聞こえてきた。おーい、昌明。早く来いよ!」
「おーう! 今行く!」
昌明が戻ってくると同時に、ヘリも降りてきた。安いだけあって、定員五人の小型ヘリだ。しかし、小さくてもローターはうるさいくらいに回っている。
もしかしたら、湖に落ちるなんてお茶目をやらかすんじゃないかと思ったが、杞憂だったな。
「HAL様ですね? たけのこヘリコプター運送会社の者です。お迎えに上がりました」
「どうもご苦労様です。こっちの二人と一緒に、《ビグラット村》までお願いします」
「かしこまりました。ではどうぞ、お乗りください」
操縦席から降りてきたお姉さんに促されて、二人と共にヘリの後部座席へと乗り込む。ゲームとはいえ、シートベルトをしないと怒られるので、きっちり締めておく。
「……鎧着てるのにシートベルトって、凄い違和感あるんだけど」
「気にしたら負けだぞ。俺は気にしていない」
「お前は中二なだけで普通の服装じゃねえか」
「シートベルトは着用されましたね? では、離陸いたします」
機体がゆっくりと浮き上がっていく。さっきまで立っていた場所が霧に隠れ始め、代わりに、澄みきった青空が視界に入ってくる。
「……上からだと、湖の様子が全然分からないな。完全に霧に包まれてる」
「本当だ、すげえ……。パイロットさん、よく着陸できましたね。さすが、プロだ」
「ありがとうございます。この辺りの地形は把握しているので、見えなくても平気なんですよ」
凄いことをしれっと言うお姉さんだな。昌明がますます感心している。イナコーはなにか聞きたそうな顔でうずうずしてるけど、なんだろう。
「あの、失礼ですけど、パイロットさんはNPCなんですか?」
何を聞いてるんだ、こいつ。それを知りたいなら、識別機能をオンにすればいいだけなのに。……いや、違う! わざとだ。俺には分かる。こいつ、話のタネをまいてナンパしたいだけだ。目がそう言っている。あれは、ギラギラと輝く野獣の眼だ。しかし、そうはさせんぞ。
「もう、人前で無知をさらして、イナコーは本当に仕方ないなあ。それはシステムで判別がつくんだよ? ごめんなさいね、お姉さん。こいつ顔はいいんですけど、頭は悪いんですよ」
いつも一人だけモテやがって。なにがナイスガイだからGuyだ。くたばれ。
「えー、なんでいきなり俺をバカ扱いするんだよ、ハル君。……おい、なぜ邪魔をする?」
最後だけ小声で喋った。やはり、ナンパ目的か。
「んー、何か間違ってるー? 文句を言う暇があるならゲームの機能ぐらい把握しときなよ」
穏やかな口調に建前を託し、睨み合う目で俺達は本心を語る。
(ハル、邪魔するな。俺はきれいなお姉さんを見つけたら話しかけないと死ぬ病気なんだ)
(うるせえ、ボケ! そんな頭のおかしい病気があってたまるか!)
「――ふふ。いえ、失礼しました。構いませんよ。たまに聞かれますから」
なぜか、お姉さんが微笑んだ。もしかすると、ナンパ野郎に慣れているのかもしれない。
「ということは、プレイヤーですか?」
「はい、基本は探索や戦闘に従事しているんですが、興味があってこの仕事も」
ということらしい。このゲームは色んな遊び方をする人がいるが、そういや、政治家がいるって知った時は衝撃だった。俺も気が向いたら、農業にでも手を出してみようかな。
「なるほど。きっと、戦う姿も凛々しいんでしょうね。そうだ、今度ご一緒――いった!」
イナコーの耳を引っ張る。次は、殴って黙らせようと思う。
「ありがとうございます。ぜひ、いつか誘ってください」
「いつかなんてそんな。そうだ、パイロットの仕事が終わったらすぐにって言うのはががが!」
社交辞令も知らん厚かましい男に左手でアイアンクローをお見舞いする。心配するな、俺が代わりに超模範的な答え方をしておいてやる。
「ええ、いつか必ずお誘いしますよ。楽しみになさっていて下さい」
「はい、お待ちしていますね」
よし、完璧だ。さて、話すのも疲れたし、外の景色でも見て和もう。左手はそのままに。
「――ああ、いつの間にか平原まで来てたんだな」
森や洞窟が、もうあんなに遠い。馬だと時間のかかる所もヘリだとすぐだな。それに、陸地を走ってたんじゃ見えないものが色々見える。――ん?
「おい昌明、こっち見てみろよ。サイクロプスと戦ってる奴らがいるぞ」
「え、どこ? おー、ほんとだ。頑張ってるなー。あの装備だと、初心者かな?」
「多分な。戦い方もそれっぽいし」
このゲームにはキャラレベルやジョブが無く、装備はあえて弱い物を付けるという人もいるため、戦闘初心者かどうかを見分けるのは立ち回りを見てというのが基本だ。
「……いだ、いだだだ、っと。ちょっと待て。そいつらの後ろの方、岩陰に誰かいるぞ」
自力で左手を引き離したイナコーが指摘する。見ると、スナイパーライフルを構えて寝そべる男がいた。十中八九、初心者狩りだろう。憎むべき敵だ。撲滅、殲滅、抹殺せねばならん。
「どうかされたんですか? なにか、珍しいものでも?」
「あーいや、《PK》をしようとしてる奴が見えたもんで」
「え、本当ですか? なら、ギルドポリスに連絡した方が……」
「そうですね、初心者狩りっぽいですし、通報しときましょう」
DCTを開いて、必要事項をパパっと入力する。ギルドポリスは優秀だからな。ものの数分で駆けつけるだろう。悪いな、PK野郎。お前はしばらく留置場行きだ。精々、裁判で弁明を頑張ってくれ。
「――しかし、初期プレイヤーの連中は本当に凝り性だよな。ゲームの中に、警察組織や裁判所を設置するなんて」
「ん、ああ、そうだな。まあ、運営が放任主義なせいだろ。親がだらしないと、子がしっかりする的な」
「俺たちは運営の子供かよ。……そういえば、結局、ハルはルーナっていうプレイヤーのことを通報しなかったよな。初心者狩りされたのに」
「俺はいいんだよ。自分でやり返すんだから」
そうしなきゃ気が済まん。この三か月、あのイカれた高笑いが耳について仕方がないんだ。
「そうだ。この手でヤツを抹殺する。俺の目標の一つだ」
「物騒だな。犯罪者の素質を感じるぞ」
「失礼なことを言うな。正義は常に俺にあるんだ。なんの問題もない」
まあ、目撃者が出ないようには気を付けるが。
「――あ、ハル、イナコー、もうビグラット村見えたぞ」
「なに、もう着いたのか。馬とは比べ物にならんな」
おお、確かにあれはビグラット村、産業革命に置いて行かれた村の一つ。リリース当初から大して変化もしてないんだろうな。極端に貧しくはないが、裕福でもない。要するに、ただの田舎だ。石造りの建物――教会や民家、それと家畜小屋――が合わせて三十棟ほどと、小さな畑や牧草地が点在している。昌明に連れてこられなきゃ、気にも留めなかった村だ。
「ビグラット村にはヘリポートが無いので、少し手前ですが、ここで着陸させていただきます。どうか、ご容赦下さい」
「いえ、全然問題ないですよ。ありがとうございました」
村の入り口の少し手前、平坦になっている地点を目指して機体が下降していく。周囲には、人や魔物の姿はない。風に揺られる野原があるだけだ。……いざ降りるってなると、若干名残惜しいな。滅多に乗るもんじゃないし。
「――と、着いたな。降りるか」
あ、その前に金払わないと。
「すいません、いくらですか?」
「はい、それでは、十万五千エールいただきます」
ということは、一人頭三万五千エールか。たかが二十分そこいらのフライトで、とんでもない値段だ。……まあ、それでも他よりは安いんだから、文句は言えんな。
「おいお前ら、三万五千ずつだぞ」
「はいはい、言われなくても分かってるよ。ほら昌明、お前も出せ」
「ほいよ。あー、ワイの財布から金が消える。また、銀行から下ろさないと」
「ビグラット村には銀行ないけどな。依頼の達成報告終わったら、どっかでかい町行くか?」
しかし、そこまで行くのにまた金がかかりそうだというのが、なんともシビアな話だ。
「――いや、やっぱり止めとく。手元にあるとすぐに使いそうだし」
ケチくさいこと言いやがって。カジノで散財した挙句、金を下ろすどころか借りなきゃいけないほど追い詰められてた頃のお前はどこに行ったんだ。おー、嘆かわしい。
「はい、パイロットさん。これで、丁度だと思います」
「ありがとうございます。――確かに、丁度いただきました。領収書はご入用ですか?」
「いえ、結構です。それじゃ、ここまでありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。ご利用ありがとうございました。どうぞ、お気をつけて」
シートベルトを外し、一番左側に座っている昌明が扉を開く。
「それじゃ、パイロットさん。またいつか」
「はい、そのときをお待ちしています」
「ありがとうございました。また、よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ。必要とあれば、いつでもご利用ください」
昌明とイナコーが順々に降りていく。最後に、俺ももう一度お礼を言っておこう。
「それじゃ、改めてありがとうございました。失礼します」
「お疲れ様でした。冒険、頑張ってくださいね」
笑顔で送り出してくれるお姉さんに会釈をし、俺もようやく地面に足を降ろす。後部座席の扉を閉め、二人と一緒に、ヘリが飛び立っていくのを見送った。
「あー、なんか戻って来たって感じがするな」
「そうだなあ。別に故郷ってわけでもないのにな。愛着があるわけでもないし、昌明以外は」
「まったくだ。よくもまあ、こんなど田舎の村を見つけ出したもんだよ」
「お前ら、ほんと風情を理解しないな。小さな村で清貧な暮らしを送る人々に、感銘を受けたりしないもんかね。あ~あ、まったく嘆かわしい!」
こいつ、自分の仕事に俺たちを巻き込んでおいて。というか、このバカは自分が依頼を受けた理由を忘れてるんじゃないだろうか。不純の塊のような動機だったろうが。
「……まあいい。それより、さっさと村に行くぞ。HPも回復しなきゃいけないしな」
村の入り口を目指して歩き出す。そこは小高い丘の上、なだらかな起伏に沿って足を動かした先にある。といっても、ほとんど目の前だから五十メートルも歩かないんだが。
「この時間、依頼人はちゃんと村にいるんだろうな?」
「大丈夫、きっといつもの場所にいるから」
いや、いつもの場所って言われてもお前にしか分からねえよ。俺はこの村に来たの今回で二回目なんだぞ。いや、もういい。村に着けばわかることだ。
草を踏みしめる感触に浸りながら丘を登り切ると、直後に村の入口へと到着した。
「着いたな。で、彼女はどこにいるって?」
「村の中央だ。教会前の広場、花が植えられてる所にいる」
「よし、なら早く行くぞ」
「あ、だったら、そっちは二人で行ってくれ。俺は回復アイテムを買って、宿の手配をしておくから」
「お、そうか。ありがとう、任せる」
イナコーと別れ、二人で教会前へと向かう。その途中、冒険者らしき男や、走り回る子供、干し草車を引く水牛と農夫などとすれ違った。その中の誰がNPCで、誰がプレイヤーなのか、もしかしたら全員NPCかもしれないし、プレイヤーかもしれない。俺は、それを確認する気にはならなかった。必要がないし、何より無粋だからな。
「……教会前、ここか」
以前、というか数時間前に、初めてこの村に来たときは訪れなかった場所だな。本当に、ちょうど村の中央辺りだ。白い教会と円形の広場、そこに丁寧にガーデニングが施されている。生憎、植物には疎いせいで、花や草木の種類は分からんがな。
「えっと、それで依頼人は、と……」
ああ、いた。あそこで水を撒いてる金髪の娘だな。それじゃあ、早速昌明を行かせて――
「リッ! ゼッ! ちゃああああああああん! 来たよー!」
…………耳に響いた。バカの叫び声と、どたどたとうるさい足音、そして、それに驚いた依頼人の声が。一緒に行こうかと思ったが、やめておいた方がいいな。俺の世間体のために。
「リゼちゃん、依頼達成して来たよ! それはもう、完璧すぎるほどにスマートに! 完全無欠に! いやあ、リゼちゃんにも見せたかったなぁ、俺の勇姿を」
勇姿? ネコパンチで死にかけてた姿がか? 全力でツッコミたいが、ここで口を開いたら負けな気がする。会話を聞くことに徹しよう。
「――もう、びっくりしたじゃないですか! 急にあんな大声で、……私の名前を呼ぶなんて」
「あ、いや、ごめんね。驚かす気はなかったんだよ。リゼちゃんを見つけて、思わずはしゃいじゃってさ。ほんと、悪気はなかったんだよ? 怒らないで?」
「べ、別に怒ってはいないですよ? 《☨幻想宗主☨The☆ミラージュマスター》さんが悪戯好きなのは、いつものことですし。それに、……イヤじゃ、ないですから。ああいうの」
「そ、そうなんだ。それなら俺も、……安心、した」
「………………」
「………………」
「えっと……。――あ、そうだ! お礼を渡さなきゃいけないですよね。依頼を達成していただいたんですから」
「え、あ、ああ、そうだね。でも、俺は別にお礼なんて……」
「はい、どうぞ! お約束の三万二千エールです。確認してください」
「あ、えっと、うーん、……いや、やっぱりお金はいらないよ。好きでやったことだし」
「え、そんな、だめですよ! ちゃんと、受け取ってください! あんな危険な依頼を成し遂げてくださったんですから」
「いや、そう言われても……。あ、ほら、俺金には別に困ってないっていうかさ、だから――」
「だめです! 私が納得できません!」
「…………それじゃあさ、お金の代わりに、何か別の報酬をもらうっていうのはどうかな?」
「べつの? ……いいですよ。私に用意できるものなら、なんでも」
「……じゃあ、俺のことを昌明って呼んでもらえないかな」
「え、《☨幻想宗主☨The☆ミラージュマスター》さんのことをですか? いいですけど……、それは、どうして?」
「昌明こそが、俺の本当の名前だからだよ。リゼちゃんには、そう呼んで欲しい。それが、俺にとって一番の報酬になるんだ」
「………………」
「……駄目、かな? 無理強いする気は――」
「あ、や、違うんです! 私、うれしくて……」
「嬉しいって、え、それじゃあ!」
「……はい。私の願いを叶えていただき、本当にありがとうございました、昌明さん!」
「リ、リゼちゃ――」
はい、カット。もう限界。さ、今の会話には、一体どれだけのツッコミどころがあったんだろうな。多すぎて、数えるの止めちまったよ。ただ言えることは、あいつは勝手に報酬を拒絶した挙句、NPCの女といちゃつき始めたという事実だけだ。思えば二週間ほど前、六月の中頃に、あいつが「たまには、それぞれソロプレイでやってみないか?」なんてことを言い出した時から、怪しいとは思ってたんだ。しかし、まさかここまでイタイタしい事態に発展していたとは、流石に予想できなかったよ……。
――いや、待てよ。もしかして、周りから見た俺は、あいつと同じくらいイタかったりするのだろうか。たしかに、自分でもちょっとアレな言動をしてるかなとは思っていたが。ああ、考えるだに恐ろしい。いくらゲームでも、さすがに生き恥ものだぞ。
…………そういえば、今日は土曜日だったな。学校の宿題、まだ終わってないな。
「……勉強するか。ログアウトしよ」
その前に、あのバカとイナコーにメッセージだけ送っておこう。まずはバカ宛に「おい、☨幻想宗主☨The☆ミラージュマスター、略してミラ枡。NPCの好感度稼ぎもたいがいにしておけよ。俺は一度ログアウトするが、夜にまた来る」これで良し。
次はイナコーに「宿を取らせておいてすまんが、俺は一度ログアウトする。夜にまた来るから、そのときはよろしく。――追伸、このメッセに気づいたら、村の中心にある教会まで行ってみてくれ」作成完了。
二つのメッセ送信と同時にゲーム終了。ログアウト開始。
「――ああ、空が青い」
視界が歪んでいく。音が遠くなっていく。この時だけは、肌で感じている空気や自分が立っている大地が作りもので、ここがゲームの中なんだということを実感させられる。数秒の後、俺の意識は断絶する。そして、もう一度目覚めたとき、俺は――
「ベッドの上でした、と」
CVギアを取り外し、ベッドから降りる。軽く伸びをしてから、窓の外を見た。
「まだ昼だな。現実の空も青い。……ふう。さて、と」
とりあえず、宿題に取りかかろうか。